(第二の敵!)
◆◇◆
――『アナスタシア』陵墓三階相当部分、大広間。
「見て下さい! 腕が下がっていきます」
マリーが指差す先では、床から伸びた黒い手のオブジェ――その右手に相当する部分が床へと引っ込んでいく。
「気を付けるんだ。何かのギミックが働くかも知れぬ」
クロエは用心し、周囲への目配せを怠らない。
「金の味に、銀の武具。さて、今度はどっちかしらね?」
アンナは腕を組み、胸を持ち上げながら行く末を見つめる。
「ピ、ピィ?」
アンナの背後にピッタリと寄り添うピーちゃんは、パタパタと必死に羽ばたきながら部屋の中を飛び回っている。
「右側の壁を見ろ! 開いて行くぞ!」
クロエが指差すまでもなく、三人はゴゴゴと大きな音を立て開く右の壁を眺める。
「凄い! 光り輝いていますわ」
マリーはフラフラと、魅入られたように近づく。
「コイツは……」
クロエもそこまで言って、絶句する。
右壁の全面が開いて、新しい部屋が出現した。20メータルほどの奥行きの部屋。その床の上には、たくさんの古今東西の金銀財宝が並ぶ。
「ヒュー。これは『アナスタシア』金貨じゃない! 一枚が額面で1万ゴールドの価値。ここだけで、何万枚あるのかしらね。国家予算に匹敵する金額だわ」
口笛を吹いて、アンナが部屋に踏み入った。
1メータルほどの横幅の宝箱。そこから金貨を取り出して見る。若かりし頃の、伝説の女王の横顔が浮き出している金貨。どことなくアンナに似ているその顔。
「本物ですかね? 王立の博物館に展示されているのを見たことがありますが、こんなに安っぽい光沢だったでしょうか――」
マリーも一枚を宝箱から取り出した。
「――お、重い」
金貨の重量に圧倒されるマリー。
「『アナスタシア』金貨の多くは、400年前に海を使って移送中に、嵐に襲われて船ごと海中に没したと聞いた。当時の王がサルベージの部隊を派遣したが、強力なモンスターに阻まれて達成できなかったとの話だ。元々は、ニコラエヴァ王家の財産なのだから、この場所に戻ったのも当然だろうな」
クロエは足の踏み場もなく積み上がったお宝の山を見る。
「四千年前に征服した民族の、黄金を使った装飾品を溶かして、この金貨を作ったと聞きましたわ。特に、黄色人と赤色人の旧王族の城の宝物庫は空っぽにされたという話ですね。二つの種族に共通しているのは、偶像崇拝。信仰する神々を、黄金の像にして彼らの都の中心部に配置していたと聞きました。金の女神像です」
マリーの属する教皇派の宗教では、徹底した偶像崇拝の禁止を行っている。
唯一にして絶対の造物主。そして、民族の危機に出現するとされている救世主。その到来を待って、数千年。
青色人の信じる宗教。それを拾い上げて、白色人と他の民族をまとめ上げることに成功したのが、伝説の女王の『アナスタシア』であった。
その後、青色人の宗教はティマイオスの国教となる。
「これは……先代のアレクサンドラ女王が頭に載せていた王冠だ。女王の死後に、この場所に戻ったのだな」
クロエが宝の山の中から無造作に持ち上げたのは、宝石の埋まっている銀色の小さなティアラだった。
お札になった肖像画が、頭に飾っていた。
アンナは一瞬動きを止めて、見入ったが――。
「アタシたちの目的は、伝説の防具『エメレオン』を見つけ出し、回収して学園長に届ける事。この場所には、無いようね」
冷たい口調になり、言い切るアンナだった。
マリーはジッとアンナの様子を見ている。
「もう一本の腕が引っ込めば、防具のある部屋に出られるのでしょうか?」
マリーは、元の大広間に引き返し、床から生えている長い黒腕を見る。
しかし、いつ見てもおかしな造形であった。
黒い左腕の手のひらに、自分の右手をかざすマリー。指の長さを比べてみると、明らかに異常であった。人間の腕ではないように思える。
「オイ! やめろ!」
クロエが叫んだが、遅かった。
シュン!
大広間へ侵入した細長い階段の真向かい。
大きな壁の一部が開いた。1メータル幅で、高さが2メータルほどの細い通路への戸が、上へと跳ね上がっていた。
ゴゴゴ――同じく音を立てて、黒い左腕が床へと下がっていく。
「次の部屋への入口か。『炎の鎧』装備!」
クロエがゆっくりと歩き出す。先ほどのような、モンスターの出現を警戒する。
「そうですわね。『ブロークン・アロー』装備!」
マリーも用心のために、大きな弓矢を出現させる。
二人が先行し、アンナはゆっくりと後ろを続く。
クロエが大きな体をナナメにして、通路に入る。マリーは長い弓をもてあましながらも、通路に踏み入る。
「うむ。どちらかが、落っこちると思ったけどね」
アンナもゆっくりと足を進める。
通路は思ったよりも短い。5メータルほど進むと次の部屋に出る。
「待て! 何か居る」
クロエは後ろのマリーを制して、一人進む。マリーの方は途中で弓がつかえて、往生していた。
クロエが、部屋へと一歩踏み出した瞬間だった。
「オマエハ、ナニモノダ?」
声がした。クロエはキョロキョロと部屋の中を見渡し、声の主を捜す。
小さな部屋だった。5メータル四方の広さだった。天井も5メータルの高さであった。視線を這わす。
声の主は直ぐに見つかる。
「ん?」
思ったよりも小さな相手だ。クロエは注目する。
床に這う、一匹の白蛇。長さは1メータルも無い。一般的なよく見るヘビと、さほど大きさは変わらない。
「モウ一度、問ウ。オマエハ、ナニモノダ?」
白蛇は、鎌首を持ち上げて口を開いた。
クロエが足で踏みつぶしてしまえそうな小さな相手だ。
油断した。
「オレの名は、クロエ・ブルゴー。ティマイオス王立学園の高等部三年だ」
うっかり答えてしまった。クロエの周囲に白い霧が出現する。
「なんだ、これは? オイ! マリー!」
振り返り叫ぶが、後ろに続いていた彼女の姿は、白い霧に阻まれて見えない。
いや――様子が、おかしい。
「オマエノ目的ハ、ナンダ?」
足元の小さなヘビ。ソイツがクロエの鎧の右足首に絡みついてきた。
「くそ! 体が動かぬ……」
首を上げて部屋の中を見渡す。白い霧は晴れていた。晴れていたがおかしな場所だった。
床も壁も天井も……先が見えない程の大きな空間内に、クロエは一人ぼっちで置かれていた。
「マリー! アンナ! どこに行った!? オレの声が聞こえないのか!」
大声で叫ぶ。遠くの方からこだまが返って来た。
どこか、別の空間に放り込まれているのか。
「オマエノ目的ハ、ナンダ?」
白蛇は、黒い舌をチロチロと出し、クロエにもう一度問うてくる。右足首から膝へと移動していた。依然、手足は動かない。
「目的? そうだな、この遺跡からニコラエヴァ王家の秘宝の『エメレオン』を発見して持ち帰る。お前は遺跡の守護者なのだな?」
クロエの質問には、黙るヘビ。
「オマエノ目的ハ、ナンダ? 生キル目的トハ、ナンナノダ?」
しつこく聞いてくる。答えない以上は、解放してくれなさそうだ。
「生きる目的だと? オレは、大戦士として自分の技術と精神とを磨き上げたいと考えている。学園を卒業後は、故郷に戻って母親の面倒をみたい。そうだ、そうだった。この大陸のどこかにいる父親を捜し出したいと思っているな。アイツを探し出したら、一発ぶん殴ってやるんだ」
クロエは右手で握り拳を作り、見つめる。
「ソレガ、オマエノ生キル目的カ?」
「そうだ。そして、いざ大陸の危機になったら、どこからでもどこへも駆けつけるつもりだ」
正面を向いて答える。
「おっと」
やっと体が自由になった。右足にまとわりついていたヘビが消えていた。
だが、真っ白な広大な場所に置き去りにされたままだった。
やがて。
「シクシク、シクシク」
子供? 泣き声が、背後からした。
ゆっくりと振り返る。
「お前は! なぜ、この場所に居る!?」
クロエには見覚えのある少女の顔だった。
◆◇◆




