(魔物の正体)
「ふう……。やったか?」
両手で顔を覆っていたクロエが顔をあげる。『炎の鎧』の無防備な部分は顔面だけなので、鎧の小手の部分で防いでいた。
「ええ、ですわね」
ヒュン――音がして、マリーは『ブロークン・アロー』の装備を解き、ステイタスカードの内部に戻らせる。
「ピピ、ピピピピピ」
アンナの背中に隠れていたゼリー・モンスターのピーちゃんは、『ウロボロス』の死体に近づいて行く。
「すごいわね。アレ、見て」
アンナが指差す。死してなお、ビチビチとのたうつ大蛇の頭部と尻尾。ピーちゃんは興味深そうに見つめていた。つぶらな瞳を、爛々と見開いている。
やがて、大蛇の体が青い光りに包まれていく。
「コレは?」
マリーは自分の足元に転がる、『ウロボロス』の内臓の一部を見る。
強く青く光り、徐々に消えていく肉体。
やがて、大蛇の死体は消え去ってしまった。
「カードだ!」
クロエが指差し、部屋の中央に落ちている黒っぽくて細長いカードを拾いあげる。彼女も既に『炎の鎧』の装備を解いていた。
「見せてみそ」
アンナが背後から近寄り、クロエからカードを奪い取る。
「オイ!」
クロエの言葉は無視だった。熱心にカードの表示を見つめるアンナ。
「ねえ、コイツはステイタスカードヤン。へぇ~、モンスターにもカードがあったんヤ。うへぇ~凄いヤン♪」
アンナはミーシャの口調を真似していた。聞きかじって覚えた、ミーシャの出身地方の方言。
そうしてカードの表示を読み上げる。
名 前:ウロボロ子
年 齢:29歳
性 別:女
職 業:大蛇・モンスター
レベル:78
「『ウロボロス』のウロボロ子ちゃんは、アラサーの女の子だったのね。この子はチャンと、お嫁に行けたのかしら? 子供を産めたのかしら?」
ニヤニヤと笑い、アンナは後ろのクロエにカードを渡す。
「うむ、女子しか入れない遺跡なのは、本当だったな。享年二十九歳か、冥福を祈ろう」
クロエは、彼女の属する宗派の独特な祈り方をする。自分の額の中心に、右手の人差し指と中指を押しつける。
マリーを始めとする教皇派の、ティマイオス国教とは違った宗教。
眉をひそめて、その様子を見るマリー。しかし、信教の自由を謳うティマイオスの国家憲法――そのため、何も言えないでいる。
「一部の特殊なモンスターに、ステイタスカードが存在するとは聞きましたが……。こうして、実際に目にすると感慨深いモノがありますね。こういった所は、人間と同じなのですね」
マリーはそう言って、両手の指を組んで祈る。
人間は死ぬと、肉体が消滅し――ステイタスカードのみが残される。
墓地、陵墓には、そのカードが埋葬されるのだ。
だが、長い年月が経つとカードは消え去ってしまう。マリーの属する宗教では――消えたカードは、新しく生まれる人間のために再利用される――と解釈される。
それが『転生』だ。
一般の動物や植物は、死ぬと死体を残し、やがて朽ち果て大地に還る。
しかし、人間やモンスターの一部は死ぬとステイタスカードだけを残し、遺体は消え去ってしまうのだ。
彼女たちが侵入した王家の陵墓。そこには、女王『アナスタシア』のミイラどころか、遺骨も遺灰も残されてはいない。
かつては、ステイタスカードが埋葬されていたが、そのカードは『誰か』のカードとして再利用されたのかも知れない。
「しかし、前世でどんな悪さをすると、大蛇モンスターに転生するのかしらね? ウロボロ子ちゃんは、男でも取って食らったのかしら?」
アンナは、モンスターのステイタスカードをのぞき込む。
「アラ、アンナさん。制服のポケットが光ってましてよ」
「え? ホントだ。アタシのカード?」
マリーに指摘され、自分のステイタスカードを胸ポケットから取り出すアンナ。戦闘に夢中になっていたので、無意識にこの場所に押し込んでおいたのだった。
「新着アイテム……『転生の腕輪』。お、職業欄が光っている。ま……」
言いかけて口をつぐむアンナ。彼女のカードには、新しい職業が追加されていた。それは『大魔導師』。
学園長のブルカ・マルカと同じ『超級職業』で、現状レベルは38であった。
それは、誰にも言えない秘密。
「わたくしは、『大賢者』のレベル98に上昇しています。同じく新着アイテムに『転生の腕輪』がありますね。この特殊アイテムは手首に装備すると、自然に体力と魔法力を回復させます。同時に、治癒機能も備えています」
マリーも、胸の谷間に押し込んだカードを取り出して見ていた。
「おお、オレも『大戦士』のレベル98だ。それに、所持ゴールドも50万を越えているぞぉ!」
クロエは、最後の方は声が裏返っていた。ステイタスカード表面を指で触り、右に滑らせる。以前にはおこなえなかった、パラメータ・モードの画面に入れたのだ。
これも、レベルアップ後の特徴か。
それにしても、50万ゴールドとは大金である。ティマイオスの中級役人の平均的な年収額に相当するのだ。その金額を前にして、大戦士も震えていた。
実際このお金は、自身の所持する銀行口座へと自動的に振り込まれる。
モンスターを退治しても、大量の現金を抱えるわけでは無いのだった。
「ほ、本当ですわ! それにモンスターを倒して希に得られる特殊アイテムは、最終的に倒した本人のみが所有できるはずですが、わたくしも所持しているという現実」
「うむ、それはオレも同様だ。こういった例は、初めてではないかな?」
マリーとクロエの抱える疑問。
「それが、勇者とパーティーを組むという意味なのよ。それに、使える魔法や装備を見てご覧なさい。カイト様々よ、キスしたくなっちゃうわ」
アンナは、さも自分の手柄かのように、高い鼻を更に高くして語る。
「わたくしが使用出来る魔法に、転移魔法と、火炎魔法、凍結魔法が加わっていますわ。装備できる防具にも『炎の鎧』が追加されています」
「オレの場合は、『ブロークン・アロー』が使用出来るようになった。流石に魔法は使えないが、様々な魔法アイテムの登録が可能になったよ」
二人はそれぞれ、興奮しながら喋る。
「そうね、不思議ね。これは勇者のパーティー全員に適用されるの。地下に落とされた、カイトとお猿さんはどうなったのかしら」
アンナは足元を見つめる。この真下の位置に、二人は存在するのだ。
◆◇◆
――『アナスタシア』陵墓、地下一階。
「へっくしょい! ちくしょーい!」
盛大に、くしゃみをする大盗賊ミーシャ・フリードル。
「何だか、寒くなってきましたね。それに、狭いし……」
二人が進んでいるのは地下のトンネル。急に高さも低くなり、四つん這いで進む。
1メータル四方の細いトンネルを、出口を探してさまよっているのだった。
「湖底の遺跡に、寒さ……。コリャ、とんでもない場所に出るかもわからヘン!」
「アイテッ!」
ミーシャが進行を止め、そのお尻に頭をぶつけるカイト。
でも、柔らかくて……マリーの胸の感触を思い出す。
「何や、ウチのお尻に興味津々か? スカートの中をのぞかれるのが嫌で、順番を変わってやったけど……。ウチの臀部に顔を押しつけるのが、目的やったんやな」
「違いますよ!」
「ほうかいな?」
「そうですよ」
「ほな、進もか」
「ええ、そうしましょう」
二人はペタペタと両手を付き、前に歩み出す。
「あの、ミーシャさん。お尻のポケットが光ってますよ」
「何ややっぱり、ウチのお尻がそんなにも魅力的なのかぇ?」
「違います。ポケットの中のカードが光っています」
「ホンマかぇ?」
歩み出して直ぐに止まり、自分のポッケからステイタスカードを取り出し見る。
「おぉ、レベルが上がっとるヤン。それに新着アイテムと……所持金も増えとる。ガッポリ丸儲けヤン!」
通路に腰を降ろし、アグラをかくミーシャ。カードのパラメータ・モード画面に入る。
「え? どうしてなんですか?」
大盗賊に正座しながらピッタリ寄り添い、カードをのぞき込む女体化したカイト。
「こういった任務でな、モンスターを倒すとな、パーティーを組んだ連中は、漏れなくレベルアップして、お金が手に入るんや。見てみ……」
「うわ! 50万ゴールドって……どの位の価値があるんですか?」
ミーシャのステイタスカードを見て驚くカイト。キッチリと50万ゴールドと表示が出ている。
「ウチのオバアが、学園の入学式当日に一日働いて貰うのが100万ゴールドやねん。チンチクリンの婆さんが1年間遊んで暮らせる金額や。ま、ケーキやドーナッツ何かの甘い物に消えてしまうのがほとんどナンやけどな。残りはガッチリ貯め込んでおるで、あの強欲バァちゃんは」
ミーシャの言うオバアとは、大占い師のサーシャ・フリードルの事。
「ボクにもそんな大金が手に入ったんですか?」
カイトは自分のカードをミーシャに見せる。
「うーん。オマエさんは、入学時に銀行口座を登録したかぇ?」
「ハイ、しました」
「お金が入ってヘン! それに、レベルも『00』のままやで!」
ミーシャは興味を失ったのか、カイトのカードを投げつけて乱暴に返す。確かに入学式の日に、カイトの個人口座を作り登録した。そのための銀行員が学園で臨時の出張窓口を作っていた。
「えぇ? お金も無しで、レベルもアップしないんですか?」
「そうや。ウチの方は大盗賊のレベル98にアップアップや。それに、大占い師のレベルも87に上昇しておる。コリャ、未知の職業へとステップアップ出来るかも知れヘン。オマエさんの方は良く分からんのが現状や。勇者とは、面倒くさい存在なのかもな」
「ええー!」
ガックリと肩を落とすカイト。
「ま、イイヤン。先に進もう! このまま地下をウロウロして永久に出られヘンかったら、せっかくのレベルアップもお金も無駄になるからのぅ」
再びペタペタと両手を付いて、動き出したミーシャ。
「ボクにはレベルもお金も無しか、トホホ……」
仕方無く付いていく。
五分位の時間、進んだろうか、やがて二股の分かれ道に遭遇する。
「どっちでしょう?」
四つん這いのカイトが、後ろから声を掛ける。
「ん、待っててな」
ミーシャは、自分の口の中に右人差し指を突っ込み、外に出して分かれ道の両方にかざしている。
「それが、大盗賊の特技なんですか?」
「うんニャ、風が吹いている。コッチや」
右方向を指差し、勝手に進んで行く。唾液を指に付けて、吹いている微細な風の方向を読み取ったのだ。
「待って下さいよ!」
カイトは必死に追いかける。気温は下がっているが、体は温まっているので頭から汗を流す。




