(魔物登場)
えー、やっと敵モンスターが登場します。
「上!」
アンナが部屋の上部を指差す。バタン――と天井の一部が開き、何かが落ちてきた。
ヒュン!
大きな風切り音。
「避けるんだ! 『炎の鎧』装備!」
クロエは走りながら鎧を装備する。そして、マリーの元にスライディングして駆けつける。
「ぼ、防御結界! し、『真理の盾』」
頭を覆い、しゃがみ込んだまま叫ぶマリー。
グシャリ!
嫌な音がして、落下物がマリーの張った半透明の盾状の結界にぶち当たる。ゴロンとひっくり返り、ウロコに覆われた腹部を見せて床に落ちる。
「へ、ヘヘヘヘヘヘ、ヘビ!」
震えながら言って、マリーが床にお尻を突いた。
「何をしている! 逃げるぞ!」
クロエがマリーの手を取るが、彼女は動かない。
「ご、ゴメンなさい……腰が抜けた。ヘビは……苦手中の苦手ですの」
青白い顔を更に青くして、脂汗を流しながら首を振るマリー。
「コイツは大蛇のモンスターね、遺跡を守護する魔物だわ。クロエ! マリーを抱えて逃げて、アタシが焼き払う! 火炎魔法!」
アンナは声を張り上げ、振り上げた右手を降ろす。
ゴオーーーーー!!!!!
「ギャアアアア!!!!」
アンナの右人差し指からの凄まじい業火の奔流が、床に落ちた大蛇を襲う。チリチリと大蛇の表面が焼かれる音。
緑青色のウロコが燃えて、黒い消し炭に変わる。モンスターの悲鳴と共に、焦げ臭い匂いが漂ってきた。
壮絶なる戦闘開始の合図だ――それを実感するクロエだった。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
クロエはマリーを抱きかかえ、部屋の隅へとジャンプし着地する。見事な跳躍力だった。
「ワタシも戦闘に参加する。援護を頼めるか?」
「はい、任せて下さい!」
クロエにお姫様抱っこされていたマリーは、ゆっくりと床に両足で立つ。足元はおぼつかないが、敵である大蛇の姿を両の目でしっかりと捉える。
大人の人間が一抱えするほどの胴回りの大蛇。白いウロコの腹部を床に這わし、炎から逃れるべくゆっくりと移動を始めた。
「『炎の鎧』、火柱飽和攻撃!」
クロエが攻撃に加わる。アンナの火炎攻撃が何度も繰り返されていたが、遺跡を守護する強力な魔物には通用していない。
遺跡の部屋の壁が、オレンジ色の光りに照らされていた。吹き出す炎の音が轟く。
「この魔物の名前は、『ウロボロス』です! 特徴として、無限の再生能力を備えています。現状のレベルは78で、攻撃力は87! 口から吐き出す猛毒は、何でも溶かす液体です。皆さん、気を付けて!」
マリーは、大賢者の能力で敵の能力を読み取っていた。
緑青色のウロコに覆われた、体長5メートルの大ヘビだ。伝説の魔物『ウロボロス』は、青色人の聖なる使いとされている。教皇の紋章の剣に絡みつくヘビの一方だ。
『ウロボロス』の有する抜群の再生能力は、不老不死の象徴とされている。それゆえ、青色人の神話に取り込まれたのだった。
「コイツが、毒持つヘビか!」
アンナは、クロエの火柱飽和攻撃の範囲の外に転移魔法で逃げる。魔物に向けて、次々と高温の炎の柱が襲いかかっていた。
その度に、身を焼かれる『ウロボロス』だが、強烈な再生能力で防御力の高いウロコが復活していく。
「コイツは、やっかいだ! レベル78とは、とんでもない敵を相手にしてしまったものだ。ここは、いったん退却して勇者カイト君の到着を待とう!」
クロエはやや後退し、後ろにいるマリーを見た。
「逃げられません、クロエさん! 攻撃を続けないとダメなのです。一瞬でも隙を見せれば、『ウロボロス』の猛毒の餌食。仕方ありません、わたくしも攻撃に転じます。『ブロークン・アロー』、装備!」
必死な形相のマリーが叫ぶと、彼女の左手に銀色に輝く大きな弓が現れる。青い薔薇の彫刻が施され、女性らしい装飾のなされた洋弓である。
「出でよ、光りの矢!」
『ブロークン・アロー』とは折れた矢の意味。魔法で作り出した聖なる光りを、矢に変えて無限に打ち出すことが出来るアレン家の家宝。大賢者が唯一装備できる武器だ。
物理的な矢を使用しないので、刀折れ矢尽きた状況でも戦うことが出来る。
そして、聖なる光りは、邪悪なる存在に対して有効な攻撃手段である。
魔物の分厚い装甲をも貫く、抜群の攻撃能力を有している。
シュン!
マリーは右手で矢をつがえ、瞬時に放つ。
弓の弦で、彼女の頬と胸が揺れる。巻き起こる風で、長い銀髪がきらめく。
「ギャア!」
頭部に突き立ち、『ウロボロス』に多大なダメージを与えている。口からは悲鳴が漏れ、赤い眼が益々真っ赤になっていた。
続けざまに矢を放つマリー。魔法力が続く限り、無制限に矢を繰り出せるのだ。
「クロエとマリーは攻撃の手を緩めないで! アタシがチャンスを見て、トドメを刺す! ピーちゃんは、後ろに隠れていて!」
「ピピ!」
アンナはそう言って、真剣な表情で敵を観察する。弱っちいゼリー・モンスターは、アンナの背後にパタパタと羽ばたき、移動していった。
ピーちゃんの実力では、足手まといにしかならないのだ。
「先輩を呼び捨てとは、頼もしい後輩だな!」
クロエの攻撃も熾烈を極める。構えた前傾姿勢の姿のまま、炎の柱を連続で出現させる。
遺跡内の部屋の天井から床にかけて、炎が柱状に何本も出現する。
そして、マリーの光りの矢の連続攻撃により、確実に『ウロボロス』の再生能力は落ちていた。炎に焼かれたウロコの、再生速度が遅くなっている。
「ええ、生意気な後輩ですが、言った約束は守ってくれますから!」
右手に、瞬時として出現する三本の光りの矢。
マリーは次々と矢をセットし、連続でウロコの剥がれた部分を狙い、刺し貫く。
その都度に、大蛇の悲鳴が室内に響く。
「マリー! 『ウロボロス』の目を狙えるかしら? 再生できるのは表面のウロコだけよ! クロエ! 『炎の鎧』の防御能力で、ヤツの毒攻撃を防げる? その時にアタシが、開いた口へ無数の氷の矢を注ぎ込む!」
学園の二年生のアンナは、三年生の二人に命令する。
「人使いが荒い後輩ですわ。目を狙えですって? ――やって見せますわ!」
マリーはつがえた矢で狙いを定める。10メータルは離れた距離。大蛇の目であったも、小さな標的だ。
『ウロボロス』の赤く光る右目、そこに照準を合わせる。
「わかった! 『火柱の盾』、展開!」
クロエは、攻撃に徹していた炎の柱を自分の体の前に集中させる。攻撃用の炎をもってして、防御用に転換するのだ。高さ5メータル、幅4メータルの鉄壁の盾だ。
マリーとアンナはゆっくりと移動し、『火柱の盾』の後ろに立つ。ピーちゃんは、アンナの背中に貼り付いたままだ。
「光りを束ねよ! 『破魔の矢』!」
マリーは、魔法で作る光りの矢を何本も束ね、大きな一本の矢を創出する。
「強化魔法! 『魔法照準』!」
マリーの効き目の左目がボゥ――と青白く光る。大賢者の強化魔法で、構える弓矢の前の空間に白く光る十字の印が出現する。
十字のクロスした部分と、『ウロボロス』の右目の赤い虹彩を照準内に捉える。
「貫け! 『破魔の矢』!」
マリーは、大きな光りの矢を発射する。放たれた矢がクロエの張った炎の盾を通過し、火炎の渦を作っていた。
その時、『ウロボロス』の焼けただれたウロコが再生を終える。
攻撃に転じようとした大蛇の右目に、矢が迫る。
「『火柱の盾』全開!」
クロエが叫ぶ! 盾は部屋の天井まで伸びる。
同じタイミングで、大蛇が大きな口を開いた。濃い緑色の液体が三人の前に迫る。
「ギャーーーーアアアア!!!!」
悲鳴が遺跡の部屋中で反響する。『ウロボロス』の右目には大きな矢が突き立ったままだ。アンナの分析通り、目には再生能力はなかったのだ。
大きな口を開いたまま、絶叫を続けていた。毒液を吐き出した大きな牙が、炎に照らされる。
ジューーーウ!!!
大蛇の吐いた毒々しい液体が、『火柱の盾』に触れ蒸発する。しかし、数滴が炎の盾を越えて飛び散る。
アンナとマリーの前に立つクロエが、『炎の鎧』で直接防御する。
しかし、金属製の鎧表面を溶かし白い煙を上げていた。刺激臭が辺りに立ちこめる。
役目を終えた『火柱の盾』も、同時に消滅した。
「あんがと、さん! 『千本桜』、霧氷の舞! 真打ちは、ここで登場よ!」
両手を腰に当てていた制服姿のアンナは、自分の周囲に瞬時に氷の矢を作り出す。遺跡内部の空気中の水分を集め、固い氷の矢を作り出したのだ。広い室内が、千本もの矢で覆い尽くされる。
「狙うのは、毒有るヘビの、口の中!」
アンナは、右手を上げ――振りおろす。
空中の氷の矢の鋭い先端が、『ウロボロス』の開かれた口に向かう。
「やっちまいな!」
ドヤ顔のアンナは、右手の指をピッ――鳴らす。
シュ、シュ、シュ!
空気の斬り裂かれる音。乾燥した部屋の中を、氷の矢が瞬時に移動する。
「ギャ…………」
声を発して、大蛇が固まっていた。180度の角度で開かれた大きな口の内部に、千本の氷の矢が侵入を企てる。
ミチミチ、パキパキ、ピキピキ――何かが爆ぜようとする音。
ボン!!
『ウロボロス』の腹が内部から弾ける。瞬間的に侵入した千本の氷の矢で、一気に腹圧が高まったのだ。大蛇の異常な再生能力は、体内には適用されない。
ビシャアー!
大蛇が、大量の体液を部屋の内部にぶちまける。
ビチ、ビチ。
内臓の一部が床を転がり跳ねていた。




