(盗賊の頭目登場!)
「なあ、ロイドはん。アンタは、この酒場の地下で、違法カジノを経営しているからのぅー。そっちの売り上げが無くなる方が、大変なんやろ?」
背後から少女の声がして、アンナとクロエは驚き振り返る。
「オマエは!」
クロエが声を上げる。見知った顔であるのか、少し警戒を解く。
「この声は、ミーシャ・フリードルさん。あなたが、どうしてこんな街に……」
マリーも振り返り、言った。
「フリードル?」
聞いた名前と、見たような顔付きなので、カイトは舞台袖から一歩踏み出してしまった。
それに、少女の言葉は、カイトの聞いたことのない地方の方言だった。
「兄ちゃん! 動くんやないで!」
「いてて、いてて」
一瞬にしてミーシャに背後に立たれ、カイトは右手を後ろにねじ上げられる。華奢な女の子に容易に押さえ込まれる、ポンコツ勇者。
ミーシャは、黒のタンクトップに黒のホットパンツというスタイル。肌は白く、短く切った白髪を横で結んでいる。緑の瞳の幼い顔の少女だ。身長も150センチメータルもない。
猫科の動物を思わせる、やや吊り上がった目。カイトが学園で会った大占い師に、どことなく風貌が似ていた。
「カイト!」
アンナは叫ぶ。
一瞬だった。
少女の出現は、本当に瞬間の出来事だったのだ。ステージの奧に突如出現し、カイトの背後の位置まで、5メートルを瞬時に移動した。
ステージの奧には、踊り子の控え室しかない。外から控え室に行くにはステージの横の通路を突っ切るしかない。その通路は、ステージからは丸見えだ。
普通の人間が、気付かれずにステージ奧に現れる事は不可能なのだ。
「に、兄ちゃん!?」
ロイドが驚きの声をあげる。カイトとミーシャの二人の顔を見比べている。
「そうや、こんな可愛い格好しているけど、この子は男の子やで、証拠を見せてやろうか?」
ミーシャはロイドに向けて、カイトのスカートをめくって見せた。フリフリのフリルの下には、水色のトランクスをはいていた。
「オトコ……。こんな可愛いのにオトコ……。オイラの純真な恋心を返してくれよ」
男物のパンツを見て、酒場の主人の心が萎える。別の部分も萎えていた。
「み、ミーシャ・フリードルさん。あなたは、大占い師のサーシャさんと、ご親戚なんですか?」
カイトは、勇気を振り絞り聞く。始めて聞いたその声が、少年そのものだったのでロイドはガクリと床に手を突く。
「ああ、サーシャは、ウチの曾オバアや。あのチンチクリンの婆ちゃんと、学園で知りあったんじゃろ。オバアは入学式の一日だけ働いて、一年分の収入を稼ぎよる。インチキや、インチキ。詐欺師や、詐欺師。流石のウチも、よう真似出来ひんわ」
ミーシャは呆れたように言った後、フーと溜息を吐く。
「ひ、曾おばあさんなんですね。そう言うミーシャさんは、な、何をなされているんですか?」
カイトは恐る恐る尋ねる。相手の機嫌を損ねないように細心の注意を払う。
何しろ、右手を背中で決められて、カイトの首筋には鋭利な刃物が押しつけられていたからだ。逆らったら、スパっと切りつけられてしまう。その為に、アンナも手を出せないでいた。
「そいつは、大盗賊だ。レベルは確か、学園の卒業時には60あった」
吐き捨てるようにクロエは言った。
「学園?」
「ええ、手癖が悪くて、問題の多い生徒さんでした。卒業式の当日に、学園長さんの指輪を盗もうとして、反対に撃退されたのですわ。その後、卒業を取り消されて除籍になっています」
マリーはカイトの質問に答える。
「じゃあ、マリーさんとクロエさんが校外実習で一緒に行動していた盗賊さんて……」
カイトはミーシャの顔を見る。
「そうや、ウチや。その学園長やけど、相当エゲツナイでぇー。10本の指にはめてる指輪は、どれもこれも、よだれの垂れるほどの凄いお宝や。国宝モンを個人で所有しているんやで。指を切り取って盗もうとしたら、反対にフン捕まって、人には言えないようなエゲツナイ事を、あんな事や、こんな事をされたんや」
ミーシャは、ニハハとあっけらかんと笑いながら言った。
「え、エゲツナイ事ですか? あの、優しそうな学園長さんが?」
「そやで、18禁の凄いことをされたんや。何が優しいもんか! ウチの貞操を奪われてしもたんやで。これは、盗賊の名折れや! いつか、仕返ししてやる!」
プリプリと怒り出すミーシャ。思い出して更に腹を立てたのか、その場で地団駄を踏んでいた。そして、奥歯をギリギリと噛み鳴らす。
「18禁……。貞操……」
何事かを想像し、顔を赤らめるカイト。
「十五歳のカイト君に何を吹き込むんですか! いい加減なことは言わないで下さい。ミーシャさんは学園長さんに捕まって、学園の時計台から拘束魔法で逆さまに吊された。その時に、失禁したと聞かされましたわ」
マリーは、今年の三月の卒業式の時の、騒動の顛末の一部を語る。
「恥ずかしいやんか。乙女の純情を汚されたんやで。そうや、オマエらは学園の生徒やったな。ウチにされた仕打ちの仕返しをしてやろうか? な、兄ちゃん」
カイトの首筋を、長い舌で舐めあげるミーシャ。
(ヒ、ヒィー)
カイトは声にならない悲鳴をあげる。首筋からお尻にかけての、うぶ毛が全て逆立つ。
「カイト!」
「カイト君!」
アンナとマリーが同時に叫ぶ。
「お、お頭!」
ロイドの酒場に、息せき切って駆けつけたブッチ。ハァハァと肩を激しく動かして息をする。ここまで、走ってきた証拠だ。瞬発力はあるが、持久力のないデブの特徴そのものだった。実際、彼の走った距離は30メータルもない。ロイドの酒場の二軒隣が、黒頭巾団の本拠地の遊技場だ。
「なんだ、ブッチか。オマエが集金から帰って来ないから、心配してみれば、これや。オマエ、後でお仕置きな。それから、オメエら! この連中をフン縛れ!」
ミーシャが命令すると、ブッチ以下黒頭巾を頭に巻いた連中が大挙してロイドの酒場に入って来る。
「おかしら?」
カイトは、ミーシャの顔を見る。
「そうや、ウチはこの街を仕切る、黒頭巾団の頭目や」
フフフと笑い、ミーシャはやっとカイトを解放する。
「そんな事をさせるか! ステイタスカード……うん?」
クロエは自分のカードを呼び出そうとして、動作を止める。
「あれ? わ、わたくしのカードも!」
マリーも慌て、バニーガールの衣装のアチコチを探していた。胸の谷間をのぞき込む。
「うん、やられたね」
アンナ一人は慌てずに、ミーシャの方を向く。
「そうや、ウチの仕業や」
大盗賊レベル65で盗賊団の頭目、ミーシャ・フリードルはパーティー四人のステイタスカードを奪っていた。
ジャーンと言って、重ねたカードを四枚見せる。
「ステイタスカードを、他人が取り出せるとはね。呆れることがたくさん起こるな。ここ数日で、もうお腹がいっぱいだよ」
クロエはあきらめた表情で、ミーシャを見る。
「ステイタスカードの摘出が出来るのは、大占い師だけ……まさか、ミーシャさん?」
マリーは何事かに気づいた様子であった。
「そや、学園では大盗賊で通してたんやけど、入学前には大占い師のレベル42に達していたんや。ステイタスカードには色色と秘密がある。大占い師は、ステイタスカードの職業欄もチョチョイといじれるんやで」
そうやって、ミーシャはアンナの顔を見た。彼女は右の人差し指を、クイクイっと曲げている。
「そうなんだ。それは朗報」
アンナは意味ありげな笑みを浮かべていた。
「んー? コッチの金髪姉ちゃんも知ってるで。入学式の日にオバアに頼み込んで、99あったレベルを46と少なく申告させたんやな。そりゃ、インチキやん」
オバアとは、ミーシャの曾祖母の大魔法使いのサーシャ・フリードルのことだ。サーシャは学園新入生のステイタスカードの授与と、クラス分けの権限を持っている。
ミーシャは、アンナがステイタスカードを偽造できることを知っていたのだった。
「ミーシャさんに聞きたいわん♪ ステイタスカードの隠されている秘密を洗いざらいね」
アンナは右の人差し指をクルリと回し、ミーシャを拘束魔法で押さえた――。
――つもりだった。
そこには、反対に縄で呪縛され、酒場の床に這いつくばるアンナの姿があった。




