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勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル05「グダグダの 諸国漫遊 珍道中」
31/95

(墓守の街)

 ――午後三時二十六分。

 ミヨイ湖畔の街、タミアラ近郊。


 ドスン!


 大きな音がして、四人は着地した。毎度の事だった。転移魔法の難点は、目的地への到着時にある。同時に、防御上の最大の弱点となる。


(何だろ、懐かしい感じ)

 カイトは出現した場所を見渡した。

「こ、ここは――どこなのですか?」

 薄暗い場所、マリーは顔を上げて様子を伺う。

「馬小屋よ」

「え?」

 アンナの声にカイトは抜けた声を出す。


「馬、居ないよ」

「居ないから、転移場所に選んだんでしょ。アンタはバカなの!」

 アンナはチョッと頼りない、弟勇者を叱る。


「何か、匂いますね」

 鼻を摘むマリーの鼻声。

「まあ、馬小屋だからね」

 当然だとの、アンナの声。暗がりで、苦笑いを浮かべていた。


「早くどいてくれないか、嫌な予感しかしない。いや、嫌な感触が背中からお尻にかけて広範囲に渡ってあるんだが……」

 三人の下敷きになっていたクロエが、苦情の声を上げる。

 クロエの背中の下で、ネチョネチョとなんともいえない不快な音を立てていた。


「ご、ごめんなさい。でも、何処に立ったら? 暗くて様子が分からないのです」

 マリーは、カイトを後ろから抱き抱えるような体勢になっていた。カイトの背中に、マリーの豊満なおっぱいが当たっていた。

「明かりを点けようか?」

 指の先から小さな炎を出しているアンナ。

「やめてよ、姉ちゃん! 馬小屋は、燃えるモノで一杯だよ」

 大声をあげて抗議するカイト。ほんの少し見えるだけでも、馬の寝床にする干し藁や、エサの干し草がたくさん積んであった。

 何でも燃やしてしまうアンナ。

 過去にも、カイトの制服を焦がされたし、色色と大切な品を燃やされた恨みもある。

 お年頃のカイトも、女性の裸の載った本を持っていたりするが、目の前で灰にされた。

 その時の、高笑いを浮かべるアンナの姿。単なる美術作品集であったが、台無しにされた。



「エエイ! もう、ガマンならん!」

 そう言って無理矢理と立ち上がるクロエ。


「「「え?」」」

 ベチョ、ベチョ、ベチョ。


 三人の声と、嫌な音が同時に響く。



「もうー、臭い臭いですわ! この匂いを何とかしてください、アンナさん!」

 バン!

 ――と、馬小屋の扉を開けて外に駆け出すマリー。

 彼女は、制服の胸の部分を馬の糞で汚していた。

 板を打ち付けているだけの粗末な扉。隙間から、外の光りが漏れていたので、それを頼りに真っ直ぐと進んだのだ。

 扉を開け、外に飛び出たマリー。

「ああ、もう! 馬の糞だらけの将来の女王さまも、どうかと思うわよ」

 アンナは取り乱しているマリーの足を、拘束魔法でからめ取る。

 見えない紐が出現し、マリーの両足首に絡みつく。


「べちゃ」

 情けない音と共に、マリーは水たまりに顔面を突っ込んでいた。馬小屋の外では、雨が降っていたのだ。

「むー」

 顔を上げた彼女は、泥で顔面が真っ黒色だった。


「あはははは、あきゃきゃきゃきゃ」

 手を叩き大笑いするアンナ。笑いながら外に出る。

「ね、姉ちゃん、笑っちゃ……会長さんに、し、失礼だよ」

「そう言う勇者さまは頬が引き吊って、今にも笑い出しそうだぞ」

 クロエが指摘し、カイトは頭を掻く。その二人は外に出て、天を仰ぐ。灰色の雲が広がっていて、シトシトと雨が降り続いていた。


 ――その時。


 バシャ!!


 馬小屋の前のデコボコ道を、屋根の上にたくさんの荷物を積んだ幌馬車が、高スピードで駆け抜けていく。馬車の車輪は水たまりの泥水を大量に跳ね上げて、立っている三人を泥だらけにする。


「ざまあみろ――ですわ。おほほ。人を笑った天罰ですのよ!」

 泥で真っ黒の顔を上げてマリーは言った。白い歯を見せて笑う。


 ベシャ!


 馬車を追いかける数頭の馬。その一頭が、ヒヅメで泥水を掻き上げて、マリーの顔に掛ける。

「ハイヤ! ハッ!」

 カウボーイ・ハットを被る、馬上の男たちはあっという間に駆け抜け、見えなくなった。


「プッ、ペッ! 泥が口の中に入りましたわ。ジャリジャリします。ペッ!」

 泥だらけのまま、立ち上がるマリー。王立学園高等部の制服は、ドロドロのベチャベチャの台無しにされていた。


「き、着替えは、無いよな」

 頭から泥水を被ったクロエは、馬の糞だらけの自分のナップサックを見る。手荷物も一泊分しか持ってきていない。下着の替え程度だ。


「姉ちゃん、アレ! 馬車が落としていったよ」

 カイトが指差す先、道路脇の草むらには布張りの高そうなトランクが落ちていた。

 馬車での旅行者が使う、大きくて頑丈なトランクだった。

 先ほどの幌馬車は、荷物が過積載気味だった。幌の内部も人や荷物で満載の様子だし、ロープで荷物を固定してあったが、悪路ゆえ移動の最中に結び目が緩んだのであろう。

「そういえば、何か様子がおかしかったですわね。いやに、慌てた様子でしたし」

 マリーは馬車と馬の向かった方向を見る。

 灰色の雲の下、大きな湖が見える。これが目的のミヨイ湖なのだ。

 綺麗な円形をしている。これで観光客も誘致しているのだ。

「馬車の御者も、追う馬上の男たちも、顔付きはお世辞にも良いとは言えなかったな」

 クロエが言った。抜群の動体視力で、高速移動をする人物の顔を識別していた。

「あの街に関係あるのかな」

 と、カイト。緩やかに下っている道。丘の上に立って、遠くを指差していた。


 湖畔に、大きな街が見える。雨は小降りになっていているが、霧の掛かる街。

「あれが、タミアラよ」

 アンナが指差す。

「随分と、遠いな」

 クロエが言うのも無理は無い。馬小屋のある場所から、街までは2キロメータル以上の距離がある。


「タミアラに直接、転移したんじゃないんですの!?」

 泥だらけのマリーが抗議する。綺麗な顔に付いた大量の泥と糞を手でぬぐい、地面に振り落とす。

「いやだからさ、行った事のある場所にしか転移できないのよ。この街は、ノーマークだったからさ。この馬小屋近辺しか、マーキングしてない」

 アンナは答える。

 カイトの家の地下室に大陸国家ティマイオスの全図が掲げてあり、アンナは自分の行った場所にバツ印を付けていた。

 しかしそれだけを見ても、以前のカイトにはさっぱりピーマンであった。何の印なのか、理解出来ないのであった。

 アンナは、大陸の主要な都市ほぼ全てに足を運んでいた。


「それよりも、着替えようよ。何か無いの、ジャージとか?」

 カイトは他の三人を見る。ブンブンと首を振る勇者のパーティーメンバー。

 最初の冒険は、のっけからつまずいてしまっていた。

 着る服が無いので、出かける事も出来ないでいた。



「アラ、着替えならあるわよ」

 雨はほとんど止んでいた。馬車の落とし物のトランクを開けて、何かないか漁っていたアンナが、目ざとく見つけ出したのだ。

「よろしいのですの? 他人さまの落とし物ですわよ」

 マリーが注意する。

「まあ、借りるだけなら良いだろ。それにティマイオスの統一道路交通法でも、水たまりの水を跳ね上げて歩行者を汚した場合は、馬車側に損害賠償の責任が生じるからな」

 クロエが説明する。

 法的にも根拠を得て、罪悪感の薄まる一同。


「アソコの小屋で着替えようか。幸い雨も上がってるし、裏には井戸があるから汚れた服を洗濯するとよい」

 アンナが指差した先には、今にも崩れそうな掘っ立て小屋があった。彼女は、この辺りの事情にも詳しそうだった。


 このボロ小屋は、アンナとアンドレで買い取っていたのだ。

 もしもの時の、緊急待避のセーフハウスが大陸全土に用意してある。

 アンナとアンドレは、王宮から避難したときに着ていた服やアクセサリを、お金に換えていた。

 アンナの着用したシルク製のパジャマは高く買い取ってもらい、アンナやアンドレの変装用の服を購入し、馬を借りるお金にした。

 特に、アンナが頭にしていた象牙製の白カチューシャは、高額で買い取りされて、アンナやアンドレの活動資金の原資になっていた。

 アンナの五歳の誕生日に、母のアレクサンドラ女王から直接にプレゼントされた品。いつか、買い戻そうと考えている思い出の宝物。



 ――午後三時五十三分。

 タミアラ近郊、掘っ立て小屋。


「えぇー!! これを着るのぉー!」

 カイトの不満の声。粗末な小屋のため、外にまで漏れ聞こえて来る。

「洗濯は終わったぞ。今は晴れ渡っているから、軒下に干していれば明日の朝には乾くだろう」

 パンパンと手を叩き、ブラジャーとパンツ姿でクロエが入って来た。飾りのない純白の下着だ。動きやすいように配慮されたデザインの実用的な肌着。

 カイトは、クロエのあられも無い姿を真正面に見てしまい、思わず顔を逸らしていた。

 しかしクロエは、父親のアンドレに似て働き者の娘なのだ。


「いいじゃない。多分、似合うよん」

 パンツ一丁で立ちすくむカイトの困った顔を見て、下着の上にタオルを巻いているアンナは、嗜虐的な笑顔を顔に貼り付かせていた。



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