(マリーの母親)
「みなさん、わたくしは――パトリシア・アレン、……十七歳です♪」
大陸国家ティマイオス宗教界のナンバー2、パトリシア枢機卿の第一声だった。
「「「「!!!!」」」」
四人は言葉もなく、唖然とした表情を向ける。
「あら、『オイオイ』って、突っ込んでくれないの? マリーちゃん、お母さん寂しいわ……」
娘に、すねた表情を見せていた。長い銀色の睫毛が瞬いていた。
「ほ、本当にマリーさんのお母さんなんですか? お姉さんぐらいにしか見えないです」
カイトは、ポカンと開けていた口から喋り出す。目の前の女性は、本当にマリーと同じ年齢ぐらいにしか見えないのだ。
「あなたが、カイト・アーベルくん――勇者の少年ね。ジョーとはちっとも似ていないのね。でも、可愛いわ。顔は、お母さんの好み♪」
アゴの下に右の人差し指を当てて、物欲しそうにカイトを見る。玉座から少し腰を浮かし、身を乗り出して彼を見る。
「お母さま! 未成年のカイト君に、よよよ、よこしまな感情を抱かないで下さい!」
ガマン出来なくなったマリーが、一歩踏み出して母親のパトリシアに文句を言う。
「分かった分かった、分かったわよマリーちゃん。この子がマリーちゃんの、いい人なんでしょ。お母さん、息子が欲しかったのよね。カイト君を息子替わりに猫かわいがりしてあげるわよん♪」
アゴに当てていた指をカイトの眼前に向け、上に向けて誘惑する。猫のアゴ下を撫でる仕草だ。
爪の先が長く伸び、尖っている。こいつは、家事には向かないだろうな――アンナの横に立つクロエは思っていた。先ほどから腰の後ろで手を組んだままだ。
クロエは同時に、近衛兵団の戦士たちの技量を計る。八人の戦士と、八人の魔法使いを同時に相手にするのは骨が折れそうだ。
だが、カイトの横のアンナ・ニコラの魔法で、瞬殺だ――そんな結果を導き出す。
(ぞわわ!)
一方のカイトは、首筋に感じるくすぐったさで、首をすくめる。
マリーの母親のパトリシアから、完全にロックオンされていたのだ。
「カイト君が驚いて戸惑っていますわ、お母さま。カイト君は、正統なる純血の青色人を見るのは始めてでしょうから」
隣に立つマリーは、カイトの右手を優しく握ってきた。
「う、うん、不思議です。マリーさんのお母さんは、こんなにも若々しいのですか?」
カイトの正直な言葉に、満更でも無いとの表情を浮かべるパトリシア。
「母の現在の年齢は、三十七歳です。青色人は、十七歳で成長と老化が止まってしまうのです。死ぬまで、この姿形で留まり続けます」
カイトの手を引っ張って、自分の胸の近くに持ってくるマリー。
彼は体のバランスを崩し、マリーにもたれかかった。
「コホン!」
わざとらしく咳払いをするアンナだった。先ほどから、終始憎々しげな表情を浮かべている。
マリーとその母親に、ペースを乱されっぱなしだったからだ。
「三十七歳って……。女の子は三十歳を過ぎると、十七歳と名乗っても良いのです! わたくしが、そう決めたのです!」
己の主張を曲げないパトリシアだった。
娘のマリーを、切れ長な目で射すくめる。
「もう! お母さまたら、例の『十七歳教』ですか? そんな宗教なんて邪教です! 邪道な目的で、独りよがりで、正しくない考えです。おじいさまの教皇猊下に、異端として認定してもらって、取り締まりを強化します!」
毅然たるマリーの言葉。
(あ……)
母親に、苦労してるんだな――そんな同情した目をマリーに向けるアンナ。
「フッ……」
その時、母娘のやり取りを聞いていたクロエが鼻で笑う。
「な、何が可笑しいのですか?」
マリーが当然の質問をクロエに向ける。言った後に、プックリとホッペを膨らませ、口を尖らせる。
「いや、すまない。笑うつもりは無かった。仲の良い親子だな――と、思っただけだ。オレ……いや、ワタシは、家族とこんな風に言い合える関係では、無かったからな」
(クロエさん……)
カイトは心配そうな顔を向ける。実の父親のアンドレ・ブルゴーとの別離。親子の別れは残酷なモノだ。
そう思って自分の事を振り返るカイト。父が、妹が、九年前に居なくなって、寂しかったが悲しくはなかった。
父の替わりにアンドレが居たし、自分にはもっともっと大切な存在が――。
(姉ちゃん!?)
アンナと目が合って、カイトは顔をうつむける。
そうだ、そのアンナにも家族が居たはずだ。
アンナの家族。
今は、どうしているのだろうか?
(ボクは、姉ちゃんの家族になれたのだろうか?)
カイトは、そんなことを考える。
アンナと過ごした十年間。色色と虐められたりもしたけれど、大切な思い出がいっぱいで、宝物の日々だった。
「あら、金髪のあなた。わたくしと何処かで合わなかったかしら?」
四人の顔をそれぞれ見つめていたパトリシアは、アンナの時に止まりそう言った。
「い、いいえ、は、始めてお目に掛かります。パ、パトリシア猊下」
(あ、アンナ姉ちゃん!?」
カイトは驚く。パトリシアに向いたアンナは、下アゴを付きだして前髪をフーフー吹いていた。金髪美少女のしゃくれた顔を見て、笑いそうにもなる。
「そうかしら、見た顔なのよね。わたくしがお会いした、アレクサンドラ・ニコラエヴァ女王陛下にそっくりなのよ。あの凛々しいお顔を、もう少し若くした感じ。そうそう、ご長女のオリガ殿下に瓜二つだわ。遠縁とかでもないの?」
「ち、違いましゅ……フーフー」
受け口のまま、息を吹く動作を止めないアンナ。額が汗で濡れ始め、せっかくのサラサラの金髪が広いおでこに貼り付いていた。
「そう――」
残念そうなパトリシアの言葉。だが、鋭い目はアンナをとらえたまま離さない。
「それよりも、お母さま。わたくしたちを呼んだのには、理由があるのでしょう。長々と無駄話をしてしまいました。今は、一分一秒でも時間が惜しいのです」
マリーは一歩踏み出し、決心したように言う。胸の前で、右手の拳を固く握る。
「ヤダ、マリーちゃん。久しぶりの親子の対話を、無駄とまで言うのですか? お母さん――悲しい」
両目に手をやって、泣き真似をするパトリシア・アレン枢機卿。
「お、お母さま!」
「冗談よ、冗談。マリーちゃんが今年も特別校外実習の旅に出かけると、学園長さんに聞かされてね、心配なのよ。今回は、お母さんも協力したいと考えたの。前回は、色色と大変だったのでしょう? お金の面とか、金銭関係とか、キャッシュ不足とか、お足が出たとか……」
(金の問題しか、無いんかい!)
しゃくれ顔のままのアンナは、そのまま突っ込みたくなった。
「ジャ、ジャ、ジャーーン♪ 何でも買える、カーード♪」
パトリシアは青い法衣のたもとから、黒色の小さな札を取りだした。王立学園の学生証程度の大きさ。制服の胸ポケットにすっぽり入るサイズだ。
(何だ、アレ?)
カイトは初めて見る品に、興味津々である。
「学生の身分である以上、そんなものは必要無いんじゃないか」
クロエは胸の前に腕を組み、マリーに向けて言った。
パトリシアが差し出したのは、大陸国家ティマイオスで現金の替わりに金銭の精算を行えるカードなのだ。
高価な買い物をする場合に、大量の現金を用意し持ち運ぶのが不便な為だ。
もっとも、カードで決済を行えるのは、貴族を始めとした高貴な身分の人物だけなのだ。
「そうですわ、お母さま。わたくしも少しですが現金を持っていますし、領収書を添えれば、後で学園で清算が出来ます」
マリーはキッパリと言う。
「まあまあ、持って行きなさい。このカードを相手に見せるだけでも、効果は抜群よん♪」
パトリシアはウフフと笑い、カイトを指定して手招きで呼び寄せる。
カードには、使用出来る金額の限度に応じてランク分けがされている。パトリシア持つブラック・カードの使用可能金額は、無制限なのだった。
「あ、はい」
カイトは不用意に枢機卿猊下に近づいたので、お付きの近衛兵団たちにギロリと睨まれた。
彼らのように見よう見まねでひざまづき、カードを受け取る。
「あ、そうそう、マリーちゃん。わたくしは見てみたいわ、みんなが転移魔法で消えるところをね♪」
アンナに向けてウインクするパトリシア枢機卿。
「あの、わたしたちの手荷物が……」
「お持ちしています。マリーさま」
マリーが振り向くと、執事のサイモンが四人分のナップサックを持って立っていた。これだけの荷物で冒険の旅に出るのだった。
執事はいつの間にか消え、いつの間にか戻っていた。
この時も、気配は感じなかった。
(このジジイ、ただ者では無いな)
大戦士のクロエは、そう感じ取る。
――午後三時二十五分。
四人が輪になって手を繋ぐ。
「姉ちゃん、その街に行った事があるの?」
「ええ、休日を利用しては、大陸の主な街を色色とね」
カイトに聞かれ、渋々と答えるアンナ。
「それが、寮に現れない理由ですのね」
「あー、まあね」
「あの街は、治安が悪いと聞いたことがあるぞ」
「ま、大丈夫でしょ」
マリーとクロエの質問に、適当に答えるアンナ。
「じゃあ、お母さま」
後ろに、ふり返り言う。
「いってらっしゃい、マリーちゃん♪」
玉座に座ったまま、娘に手を振るパトリシア。右手をユラユラと振り、揺れる法衣のたもとを左手で押さえる。
「では、ミヨイ湖畔の街『タミアラ』へ、転移!」
アンナが叫び、四人は忽然と消える。
少しの風がおこり、パトリシアの青い法衣の裾がヒラリと揺れた。
特に感慨もなく四人の居た場所を見つめるのは、パトリシアだった。
「ねぇ、サイモン」
足を大きく組み、右太ももの上に右手の肘を乗せる。
アゴを上げ首元に右手を当てて、執事を呼ぶ枢機卿。
「何でしょうか、お嬢さま」
サイモンもかしづく。彼は、元々はパトリシアの執事であったのだ。彼女の方がマリーよりも付き合いが長い。
「あの、金髪娘の素性を徹底的に調べあげて――」
「アンナ・ニコラなる生徒は、マリーさまのご学友ですが」
「――知ってるわよ。隠された秘密を調べ上げるのが、あなたの本来の姿でしょ」
「超級職業『隠密』のわたしには、造作も無い事です」
執事のサイモンは深々と頭を下げる。彼の職業は、表向きにはタダの『盗賊』となっている。
「マリーちゃんの、将来の邪魔になるようだったら――殺しちゃっていいわよ♪」
自分のアゴの下を、右手で撫で上げるパトリシア。
ウフフと笑い、首元のネックレスの青い宝石を見る。
彼女の隠された顔だ。政敵はこうやって葬ってきた。
「了解しました」
音もなく消えるサイモン。
超級職業『隠密』の彼を使い、教皇の権力を盤石にしてきた。
「さーて、楽しくなって来ちゃった♪ お父さまには、ナイショにしないとね♪」
パトリシアは爬虫類のような細長い舌を出し、上の階の教皇・チャールズ十三世の玉座の方向を見やる。
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