(マリーのお部屋)
――午後二時四十五分。
ティマイオス王都、教皇庁アレン宮殿、マリーの部屋。
その場所は、広大なる部屋であった。
乾燥地帯の羊飼いの妻たちが手織りで編んだ、豪勢な絨毯が床に敷いてある。お値段は4メータル×6メータルの大きさで、一枚100万ゴールドは下らない逸品だ。
「ヒュン!」
そこに現れる、四つの丸い影。
「ドスン!」
「ガツン!」
「アイタ!」
「ムニュ!」
四人は床上50センチメータルの上空に現れて、その後に着地する。しかし、落下地点には大理石の上に赤色を基調とした絨毯があった。見事な幾何学模様が編み込まれている芸術品。
敷物はズルリと横に滑り、四人はもんどり打って倒れていた。
「イタイイタイ、イターイ。くそ~、床で頭打った」
頭を振りながら起き上がる大魔法使いのアンナ・ニコラ。金色の髪の毛がサラサラと揺れる。
アンナは大理石の床に、側頭部を直に打ち付けていた。
「よいしょっと……。ここが、次期女王さまの部屋か、国民の血税を使っての贅沢三昧だな」
腰をしたたかに打ち付けた、大戦士のクロエ・ブルゴー。腰骨辺りをさすりながら立ち上がり、部屋の内装にケチを付ける。広さは、学園の平均的な教室ほどの広さがあった。しかも、どうやら寝室だけに使われている形跡なのだ。部屋の隅に天蓋付きのベッドがあるのみ。
同じような部屋が幾つも幾つも並ぶ。
白の大理石の柱が立つ、部屋全体も大理石で覆われた、白亜の宮殿である。
(あれ、何か柔らかいや)
幸い、勇者のカイト・アーベルは体の何処にも痛みは感じなかった。むしろ、顔を埋めているこの温かくて柔らかい感触は……一度、経験した覚えがある。
――二つの釣鐘型の山。
「あら、カイト君。大丈夫ですの?」
絢爛豪華な絨毯の上に、仰向けに横たわるのは、大賢者のマリー・アレンだった。
彼女は、自分の胸に顔を埋めるカイトの頭を、そっと撫でてやる。
「何してるの! アンタのラッキースケベ・エンカウント率は、異常だわさ」
アンナは、抱き合う二人を引き剥がしにかかる。憤怒で、綺麗な顔立ちが醜く歪んでいた。
「イテテ、姉ちゃん。イタイよ」
「そりゃ、痛いでしょね! 髪の毛を引っ張っているんだからね!」
「イタタ、イテテ」
アンナはカイトを引き剥がした後、今度は耳を引っ張って、マリーの位置から遠くへと離していく。
「アタタ、アテテ」
「それよりも、クロエさん。先ほどおっしゃった事は、聞き捨てなりませんわね。わたくしの部屋があるアレン宮殿には、税金は1ゴールドも使われていませんの。大陸全土に散らばる、信者の方々の『浄財』で全てが成り立っています。建設に関しては、多少は国家の援助を受けていましたが、今は全て償却し終わっています!」
毅然たるマリーの言葉。絨毯の上で上半身を起こし、凄い剣幕でクロエに迫る。
「姉ちゃん、『浄財』ってなに?」
カイトは、ようやく耳を離してくれたアンナに向く。
「まあ、寄付って意味だけど。不浄なる財源には違いは無いよね」
アンナは、思わせぶりな表情でマリーに向く。アンナ自身、宗教家に対しては腹に一物を持っている。
いや、マリーの家族には、王家と王宮の滅亡事件の犯人ではないかとの疑いを持っている。
「不浄とは何ですか! 信者の皆さまからの貴重なお布施です。大切に使わさせて貰っています! 全てに、宗教監査の会計検査官の調査が入っていて……」
今にも議論が白熱し、沸騰しそうな場面だった。
「お嬢さま、そして皆さま。お早いお着きで」
いきなり背後から声がして、一同は揃って振り返る。
うやうやしく頭を下げている白タキシード姿の男性。ゆっくりと顔を上げた姿は、白髪を後ろに撫でつけた、オールバックの髪型の白色人の初老男性だった。
同じく鼻の下にも白い立派な髭をたたえていた。
気配無く背後をとられていたので、戦士のクロエはうろたえる。
アンナも、背中に汗をかいていた。制服の下の、シャツの背中を引っ張っていた。
「ああ、サイモン。お母さまから事情は聞いてるのね」
マリーは何でもなかったように素早く立ち上がり、自分の制服の乱れを直す。パンパンと絨毯の赤い繊維をはらっていた。事態は飲み込めているのだ。
「生徒会長さま、こちらのお方は?」
アンナは右手で示し、丁寧な口調で尋ねる。
「執事のサイモン・ペイリーよ。わたくしが赤ん坊の頃より、身の回りの世話をしてもらっているの」
(ひつじ?)
貴族の生活には疎いカイトが首を捻る。「ベー」と鳴く、毛むくじゃらの草食動物を想像していた。
「おお、おお、大金持ちだ。信者たちの怨嗟の声が聞こえるようだわ」
アンナは大げさに皮肉を言って、ツカツカと進む。寝室の出口横にある奇妙なオブジェをペタペタと触っていた。芸術作品らしいのだが、彼女にはその価値が一切理解出来ないでいた。
バシバシと容赦なく銀色の金属製彫刻を叩く。
コレ一つだけで、1000万ゴールドの値段がする先鋭芸術作品だった。
「マリーお嬢さま。パトリシア殿下がお待ちです。皆さまもご案内します」
執事のサイモンは、カイトたちにも丁寧なお辞儀をした。
四人の先頭に立ち、誘導をする。
(殿下?)
アンナは怪訝な顔をする。マリーの母親の正式な役職は枢機卿であって、本来なら「猊下」と呼ぶべき存在なのだ。パトリシアは、夫のマイケル大公に代わって政治の実権を握っている人物だ。娘のマリーを王位に就けるべく算段をしている。
立憲君主制を標榜している大陸国家ティマイオス。国民を代表する議員たちの代議院と、貴族の代表者が議員を務める元老院の二院制政治を行っている。
その政治家たちに、根回しを怠らず、新しい王朝を作るべく画策をしているパトリシア。
アンナは、もっとも警戒すべき相手だとの認識を持っているのであった。
(マリーさんのお母さんか、どんな人だろう)
一方のカイトは、のどかな雰囲気を想像する。マリーを一回り太らせて、更に胸を大きくしたおばさん姿を――。
――午後三時一分。
教皇庁アレン宮殿、パトリシア枢機卿室。
「広い~ぃ!」
アンナは両手を肩の高さに上げて、クルクルと回っていた。
執事のサイモンに案内された場所は、七階建てのアレン宮殿の六階の大広間だった。学園の講堂ほどの広さの場所。開放的なデザインの窓で、白い壁や柱や床に外の青空が反射していた。水色に輝く室内。まるで、水中に潜ったかのような感覚だ。
ちなみに最上階の七階全部が、教皇チャールズ十三世猊下の執務室なのだった。
大広間には、三段の白い大理石の階段を登った先の中央部に、これまた大理石で作られた、大ぶりで背の高い椅子が鎮座していた。
(座り心地は悪そうだな)
硬い石灰岩の椅子は、さぞかし使い難いだろうと思うカイトであった。
「パトリシア殿下、入場」
サイモンが高らかに宣言して、白い大理石で出来た天井まである大扉が音もなく開く。
そして白い鎧姿の戦士や、白い法衣を着る魔法使いたちがズラズラと入場してくる。
その数、十六名。いずれも若くて、美男子であった。人種も様々であるが、パトリシアの権力を使い、大陸全土からかき集めたのであった。
その男たちをウンザリとした表情で見るマリー。彼らに対して、あまり良い感情を抱いてない証拠だった。
パトリシアの酒池肉林の肉欲の相手であるのだ。
男たちは壇上に上がり、玉座に体を向けてひざまずく。彼たちの主人の登場を待つのだった。
パトリシアの近衛兵団の男たちが、首を椅子の真後ろの大扉の方向に向けた。枢機卿の地位では、私兵を持つ事は禁じられている。彼たちは、教皇のチャールズ十三世猊下の直属の親衛隊員なのだが、パトリシアが選別をし、採用して自由に使っている。
椅子の前に立つ四人の生徒たちも、枢機卿の玉座に注目する。
「!」
思ったよりも小柄な女性が入って来て、目を丸くするカイト。
自分より小さな150センチメータルほどの少女だった。青い法衣をまとい、青いハイヒールを履いている。実際の身長は、もっと低いことだろう。
ミニスカの青い法衣であった。スラリと伸びた青白く美しい脚が見えていた。
カイトは、目の前をゆったりとした動作で歩く女性と、目が合った。ニッコリと微笑みをたたえ、彼を真っ直ぐに見ている。
細い首には、大きなアクアマリンの青色の宝石のネックレスをしていた。
青色は、この国の宗教上の神聖な色なのだ。
パトリシア・アレン枢機卿の長い銀色の頭の頂上には、銀色のティアラを付けていた。玉座の前に立ち、下段に立つ四人の学生パーティーを見下ろすパトリシア。
一人ずつ、ゆっくりと顔を確認している。
「うふっ♪」
カイトに向くと、小さく笑っていた。
(え?)
マリーと同じ、緑色の瞳で見据えられ、カイトは体が固まっていた。いや、目の前の人物の顔や姿に驚いていたのもある。




