(食事休憩)
◆◇◆
――午後零時二十五分。
王立学園、大食堂。
「おー、いたいた」
アンナは特別席にマリーの姿を認め、直ぐ隣に座る。特別席とは、生徒会メンバーと成績優秀者が座れる食堂の席の事だ。
「何ですの? 毎度毎度、わたくしにまとわりついてきて……。ストーカーですの?」
マリーはプリプリと怒り、既に取りかかっていたデザートの、大ぶりな牛乳プリンをスプーンですくう。
胸と一緒にプリンも揺れる。
「つれない返事だね。愛しの愛しのカイト君を連れてきてやってるんだよ」
「あ、会長さん。審判員ご苦労さまです」
カイトはペコリと頭を下げ、マリーの正面に腰掛ける。
「そんなことはありませんよ。審判は自ら進んでやってますの」
優しげな目を彼に向ける。
(ああ、カイト君が無事で良かった)
彼の怪我だけが心配なのだ。他は、どうでもよかったりする。
「カイト君は、小食ね。それは、午後からの決勝に備えているの?」
カイトの直ぐ隣に座る金髪ツインテールの少女マーガレット・ミッチャーは、彼のトレイをのぞき込む。今日はパンが一個と、何やら見たことも無い料理が乗っかるだけだ。
(また、この小娘ね。全く全く、うるさく付きまとうハエのようね。ブンブン、ブンブンと)
マリーはプイと横を向き、プリンを口に運ぶ。
「おお、それが噂のおっぱいプリンかい? マギーちゃんよ、そのプリンを食べると、お胸が大きくなるんだよ」
ゲヘヘと、ゲスな笑いを顔に貼り付かせるアンナ。セクハラ満載の発言だった。
自分の胸を強調している。今日は全員が体操服姿だ。普段は制服での入場が義務づけられている大食堂。春のこの武闘会と、秋の体育祭だけが特別に体操服での入場が許されている。
「おっぱいプリンとは、何ですか! この食材は、宗教的な厳粛なレシピにのっとり、厳重な管理で作られた、栄養タップリの滋養食なのですよ。成長期の幼児から、体の具合が良くないお年寄りまで、健康的にと考えられた食品に対して、何てことを!」
ドンとテーブルを叩くマリー。
「ま、滋養強壮によろしいから、そんなに立派なお胸になったのよ。マギーちゃんもたくさん食べな!」
アハハと笑いながら、マーガレットに言うアンナ。
「分かりました、お姉さま! マギーは牛乳プリンを一杯一杯食べますわ! まだまだ成長途上ですから、カイト君好みのボンボンの巨乳になってみせます!」
マリーのトレイの二つの牛乳プリンと、豊かな胸とを見比べるマーガレット。
食事途中の彼女は立ち上がり、小走りで食堂のデザートコーナーに向かう。
「と、邪魔者はいなくなったね」
「ええ、アンナさん忠告しますわ。魔法による加勢は、純然たるルール違反です。本来ならカイト君は一発失格ですが、あなたにはお考えがあるのでしょ」
二人は真剣な顔に戻り、会話を交わす。
「まーね。カイトは、優勝者の特権を知ってる?」
「え?」
カイトはアンナに向く。カイトは、出身地名物の小豆を甘く煮てパン生地の中に入れて焼いたあんパンを、パクリと頬張っていた。
「剣術大会の優勝者は、この後、特別校外実習の授業を受けるのです。優勝者が指定したメンバーでパーティーを組んで、学園長の指示した課題をこなすと、成績に大きく加点されます。そして、対象者も大幅にレベルアップをする。昨年はクロエさんとわたくしと、今は卒業している魔法使いと盗賊のパーティーで、特別実習を行いました。アンナさんは、誘われましたのに、断りましたよね」
マリーは隣のアンナを強く睨む。
「ああ、アタシには甘えん坊の可愛い弟がいるからね。泊まりがけの旅行に行くなんて言ったら、すねちゃうからね」
「あま……」
アンナに甘えん坊と言われ顔を赤くするカイト。父と妹が行方不明になっている彼には、身近な人間が旅に出ると言われると、拒否する感情がある。
でもカイトは、アンナとアンドレが転移魔法によって大陸のアチコチに行っていることは知っている。だけど、日帰りなのでそれを黙認している状態だ。
「おかしいですわね。アンナさんは、女子寮に住んでいるのでしょ」
マリーの鋭く刺すような視線。
(ヤベ…………)
そんな顔をするアンナだった。
「何のお話ですの?」
マーガレットが帰って来て、首を傾けて質問する。彼女が持つ新しいトレイには、牛乳プリンが三つも載る。フルフルと三つの山脈が揺れる。
「うーん、なんでもないよ。カイトは巨乳が好きだって話」
「え!」
アンナの言葉に驚き、顔の前で手を動かして否定する勇者カイトだった。
「あ、そうそう。食堂の配膳係のおばさまに何で三個も持っていくのかと聞かれたので、このプリンを食べると生徒会長のマリー・アレンさまの様に、タユンタユンの巨乳になりますの――と、告げたら、おばさまは目を輝かせて、宣伝用のポップを貼り出すと言ってましたわ」
マーガレットはそう言って再びカイトの隣に座る。
「あ・の・生徒会長も推薦! ボイン♪ ボイン♪」
アンナはそう言って、ニハハと笑う。
何て――派手な文字が踊る蛍光ピンクで色取られた紙を想像するカイト。
「あら、カイト君。食事が進んでませんね」
「そうなんだマギー。アンナ姉ちゃんからは、こういう運動大会の時は炭水化物がいいと、タンマリ盛りつけられたけど、赤飯にイチゴジャムを掛けたのは食べられないよ」
赤飯とは、カイトの出身地方で食べられる、慶事の時の小豆と餅米とを一緒に蒸した料理。
急に饒舌になっていたカイトだった。午後からの事を考えると憂鬱になるので、別のことで気を紛らわせたかったのだ。
「甘いのが、エネルギーに直ぐ変わるのよ。脳みそにもよいからね」
アンナが、無理矢理にパン食者用のイチゴジャムを赤飯にタップリと掛けたのだった。頭部に指を持っていき、これこそが正しいのだ――自信ありげに語る。
「カイト君の村では、こういう食べ方をしますの?」
「ううん。これは、食べ物への冒涜だよね」
カイトはブンブンと首を振る。
「そうです! 日々の食べ物が満足に口に出来ない人は、この大陸にも多くいるのです! しっかりと食べるのですよ、カイト君!」
冒涜という言葉を聞き、俄然、ムキになって勧めるマリーだった。
マリーには菜食主義者をバカにする輩よりも、食べ物を大量に残して無駄にする人間の方が許せないのだ。
「ええー!?」
「カイト君、あーん。食べ終わったら、私の牛乳プリンを食べさせてあげる」
マリーの言葉を受けて、赤飯+イチゴジャムをスプーンにすくい、隣の少年の口に差し出すマーガレットだった。
「にぎやかだな」
大食堂の特別席。広いテーブルの離れた場所に一人座るのは、クロエ・ブルゴーだった。彼女は三年生の成績四位だが、三年生の一位のマリーは生徒会長なので除外され、この場所で食事をする権利を繰り上がりで得た。
「相変わらず、殺伐とした殺気だったトレイですのね」
マリーが顔を背け言った。
血の滴るローストビーフに、ガチョウの肝のテリーヌが並ぶ。隣に積み上げられたパンケーキの層には、バターとハチミツがタップリと掛かっていた。
「高カロリーで、スゴイわね。そんなに食べて、昼からは大丈夫?」
「ふん」
アンナの言葉を無視するクロエ。横を向いて、ローストビーフをフォークで口に運ぶ。
午後からの対戦相手の家族とは距離を取って、なれ合いをしないクロエであった。
「近くに座ればいいのに」
「あーむ、あむ」
マリーの言葉も無視し、パンケーキにナイフを入れて、大きな口に十層もある主食を押し込むクロエ。
「ヤッパリ、たくましいですわ。鍛えてらっしゃるのですね」
体操服の盛り上がる二の腕の筋肉を見て。マーガレットの目はハートマークになる。同性に対しては、筋肉もりもりのマッチョも好みなのだ。
「肉を食って何が悪い。今日はこれでも少ない方だ。これからの対戦相手とは、なあなあの関係ではありたくない。それにワタシは、たくましくはない、人のあるべき姿だ」
横を向いたまま、ポツポツと喋るクロエ。
すべてが質問者への返答であったが、当の本人たちはチンプンカンプンで首をひねっていた。




