(クロエの戦い)
◆◇◆
「カイト、この試合をよく見ておくんだよ。このまま勝ち進めば、決勝で必ず当たる相手だからね」
カイトに渡されたタオルを奪い、自分の体操服の首に巻くアンナだった。
「うん……」
カイトは、マギーにおかわりされた水を飲みながら正面を見る。
Aステージでは、トーナメント表でカイトの正反対となるBブロックの第一試合が始まっていた。
この大会一の注目選手、三年格闘Aクラスの大戦士、クロエ・ブルゴーの登場だ。
昨日出会った、アンドレの娘だ。
彼女は鎧を着けていなかった。半袖体操服に緑色のブルマ。長い赤い髪の毛を、後ろで縛ったポニーテールにしている。
取り敢えずは剣を持つが、彼女が授業で使う訓練用の刃の付いていない、安全な模造剣だった。
「やー!」
対戦相手は二年生の格闘Bクラスの女子生徒。無防備な相手に戸惑っていた。自分は頭の先からつま先まで銀色の防具での完全防御だった。
顔の部分も覆われて、素肌ののぞいた部分など皆無なのだ。
ただし防具は重すぎて、女子生徒の動きは緩慢である。片刃の大ぶりな剣を構えるが、こちらも重量があり肩より上には持ち上げられない。
「うむ」
そう言ってクロエが利き足とは反対の左足に重心を移す。右足を後ろに回し、地面を蹴る。
一瞬だった。
ビーン!
クロエが相手の懐に踏み込んで、片刃剣をたたき落としていた。剣が地面に突き立っている。
「試合終了! 勝者、クロエ・ブルゴー!」
マリーが宣言し、会場中から歓声が沸き上がる。観客の皆が立ち上がる。瞬時に決着が付いていた。
負けた方は兜の仮面を上げ、呆然と自分の右手を見る。クロエが動いた途端、勝敗は決していた。痺れる右手を振る。
剣を叩き落とされてから後、しばらく経って痛みが襲ってきたのだ。右手を掴み、膝を落とす。
「どう? 強敵でしょ」
どうよ?
――って具合のアンナの顔。
「どうって言われても……。イヤイヤ、勝てないよ。学園最強の戦士さんなんでしょ。ボクなんて、剣を持つ手が折られてしまう」
カイトは震え、自分の肩を抱く。ポッキリと折られてしまう、尺骨と橈骨を想像し、身震いする。
「大丈夫よ。カイト君は相手が間合いに入る前に、倒してしまいますわ」
自信満々のマギーは、震える彼の手を取って優しく握ってやる。
「や、あの……」
一回戦での勝利は、アンナの空力魔法のお陰だ。素早い空気の移動で、一瞬の真空を作り出し、相手の剣を切り落としたからだった。
「ま、堂々としてなさい、勇者さま。立っていれば勝てるんだからさ」
アンナはバンとカイトの背中を叩き、二回戦へと送り出す。
「トトト」
カイトはバランスを崩し、転びそうになる。




