(クロエの過去)
クロエが女の子を苦手になった原因は――十一年前にさかのぼる事になる。
娘のクロエの王立学園初等部の入学式を前にして、父親のアンドレ・ブルゴーは王宮の警護隊長に抜擢された。
赤色人の由緒ある家系のブルゴー家。
クロエたちの家族は、王都とは遠く離れた赤色人の都に住んでいたので、父親のアンドレは単身赴任となった。
当時五歳のクロエは、父親が遠くに行ってしまう事に泣いて抗議した。
しかし、王宮の、ニコラエヴァ王家の警護に嬉々として向かった父の姿を見て、王家の皆を呪ったクロエ。
父は事あるごとに、王家の姫君たちを「可愛い可愛い」と褒め称えていた。
そして、初等部入学式の日。
王立学園の初等部の制服は紺色のセーラー服であった。女子も男子も同じ紺色の短パンをはく。セーラーの白い襟には紺ラインが二本入り、白色のスカーフをしていた。
頭には、白い水兵帽子を被る。なんとも可愛らしい水兵さんたちが、初等部の講堂で並んで椅子に座っていた。
クロエの席の隣に腰掛けていたのは、事もあろうかニコラエヴァ王家の第三王女のマリヤだった。
その、女の子らしい可愛い姿にも嫉妬した。水兵帽からのぞくサラサラの金髪をお下げにしていた。それが似合いすぎていて、悔しかった。
幼い頃から男勝りに育てられた自分。父は、自分は可愛くないのだ。自分よりも、王家の姫さまたちに心変わりしたのだ。
――父に捨てられた!
「あの……私は、マ、マリヤ・ニコラエヴァといいます。あなたの、お、お名前は、く、クロエさんですよね……お、お友達になりませんか?」
少しオドオドしながら差し出された、小さな右手。
相手の眼を見る。
クロエの故郷の空の色、綺麗な青色の瞳だった。
クロエは、その手を払い大声で叫んだ。
「父さんを返せ!」
金髪碧眼の美少女はビックリし、体が固まる。やがて、両目に涙を浮かべていくマリヤ王女。
いまにも、こぼれ出しそうだった。
ヒックとしゃくり上げた。
周囲の大人たちが、慌てて駆けつける。
マリヤ王女は、入学式の会場から連れ出されていった。
――翌日。
マリヤ・ニコラエヴァが学校を辞めたと聞かされた。でも、自分が悪かったなどと、クロエは少しも思わなかった。
そんな事で、簡単に辞めちゃうなんて――なんて弱くて、なんて脆い子なんだと感じた。
そして、その二年後。
マリヤ殿下は、王宮とそこに住まう全ての人々と、破滅の運命を共にする。
初等部には試験休みはない。
あの日――初等部に通い、寮に入ったままだったら、マリヤ殿下は死ぬことはなかっただろう。
王宮の警護隊長の父親も、その時に死んだと思っていた。王家に、王家の姫たちに殉じたと信じていた。
二年前、高等部入学式――その日までは。
大占い師のサーシャ・フリードルが、クロエが『大戦士』であることを嬉々として告げる。
その事に、クロエはちっとも驚かなかった。父と同じ『大戦士』の道を進むのは、当然の事と考えていた。
その時、渡されたステイタスカードに、新着アイテムが届いていることに気が付く。
何とそれは、ブルゴー家に代々伝わる家宝の『炎の鎧』であった。前の持ち主は父親であったが、アイテムの持ち主が死ぬと次の継承者に自動的に譲渡されるのだ。
王宮破滅の時期の父の継承者は、父の実兄の伯父のアランであった。だが、伯父には『炎の鎧』は移譲されていない。
それは、父親の生存を意味する。
大陸のどこかで、父のアンドレは生きている。
だがそれまでの期間、父親は母や娘の自分に一度も会おうとはしなかったのだ。
今度こそ、父に捨てられたと実感した。
十五歳になった王立学園高等部の入学式。その日に、家宝の『炎の鎧』が譲渡されていた。父は生きていて、娘の自分に譲ったのだ。
何故、合おうともしない!
もっともっと、腹立たしかった。
「……ですのよ、クロエさま。カイト君が勇者さまとは意外でしたが、お友達として、クラスメイトとして、今まで通り接して行きたいと考えております」
(つらつらと、ペラペラと、全く良く喋る娘だな)
クロエはうんざりした顔で、目の前のマーガレットの顔を眺めていた。
「どうしました?」
「いや、食事が終わったのでな」
紙ナプキンで口元を拭くクロエ。
「じゃあ、私とカイト君の交際のお力添えになってくださるのですね。クロエさまが協力なされるのならば、百人力……いいえ、千人・万人力です!」
マーガレットの目がキラキラと光る。
(どういう流れで、そんな話になったのだ?)
クロエは考えようとしたが、やめた。こういう輩が、一番タチが悪い。
「男女交際は、本人たちの自由だ。そこにオレ……いや、ワタシの介入する余地は無い。勇者の彼に取り入って、良い目に合おうとの魂胆だろうが、生徒会長のマリー・アレンが狙っているのだろう? 彼女の言い分には正当性があるし、家柄では誰も勝てん。何よりも、生徒代表のアンナ・ニコラは実の姉ではないのだろう。十年も一緒に暮らした仲だ、そこに割って入るのも難しいぞ」
「そんなことはありません! 仮に、二人がカイト君の妻になったとしても、可能性は低いでしょうが、第三夫人の座を狙うだけです!」
クロエの言葉にむくれるマギーだった。ムキになって反論している。彼女の本心が、透けて見えるというものだ。
「可能性の問題なら、このワタシも勇者さまの花嫁候補だ。可能性的にはゼロではない。何といっても勇者と大戦士は攻撃の要になるからな。一緒のパーティーになれば親睦を深めることになり、もしやの関係もあり得るぞ」
「え?」
思わぬライバルの出現に警戒するマーガレット。
こんな筋肉ゴリラ女が?
――そんな表情だ。
ソバカスだらけの顔で、睨みつけて来た。大きくて垂れている目が吊り上がる。途端、顔付きが凶悪になった。
(これが、この娘本来の姿だな)
クロエは思う。
「アハハ、冗談だ。真に受けるな。そんなに睨むと可愛い顔が台無しだぞ! アハハ!」
クロエは空っぽになったトレイを持って、食堂の配膳所に食器を戻しに向かう。
クロエは思う。
(ああ、やっぱり女の子は苦手だ)




