(ブルカ・マルカの告白)
「まあー、光栄ですわ。あの、高名なるアレクサンドラ・ニコラエヴァ女王陛下のご息女と、お間違え下されるなんて。確かに、ワタシは肖像画のオリガ第一王女さまに顔立ちが似ているかと思われますが、全くの人違いです。アナスタシアさまは十年前に亡くなられています。学園長は、勘違いをされている」
アンナの顔色は元に戻り、スラスラと淀みなく語っていた。
彼女が以前から用意していた言葉。何度もリハーサルされた言葉。
「さすがは、アン王女殿下。頭の回転も速くていらっしゃる。でもこれから、僕の言葉を聞くと、嫌でもご自分のご身分をご自白する事となりますよ」
「自白? どういう意味ですか?」
アンナは胸の前で腕組みをして、学園長を睨みつける。カードを右手に握りしめたままだ。学園長の慇懃無礼きわまりない言葉に、少し腹を立てていた。
「まずは、ステイタスカードの隠された秘密――これから語りましょうか。僕の推理としては、アナスタシア・ニコラエヴァ殿下は名前欄を偽造して、アンナ・ニコラなる架空の人物に成りすました。そしてレベル欄も操作して、過少申告をする。今はレベル50と表示が出ていますが、現状で既に最高のレベルの99に達していますね。だからこそ、カード偽造なる高度な魔法を駆使できるとも――言える」
「何をおっしゃりたいのですか?」
アンナの突き放すような冷たい言葉。
「君は知らないのですね。カードのいじれる項目は、それだけじゃない。性別を操作すれば女性にもなれる――とね。ステイタスカード起動!」
学園長は組んでいた右手の二本の指を伸ばす。人差し指と中指に挟まれて、瞬時に現れるカード。
アンナは、彼がただ者ではないと知る。
「性別項目、年齢項目、書き換え」
ゆっくりと言った。
「こ、これは……」
アンナは驚いて二三歩下がる。これ程の驚愕の出来事は、彼女には久々だった。
「どうですか? この顔に見覚えはありませんか、アン王女殿下」
女性の声だった。顔かたちだけでなく、身長や体格もすっかりと変わる。
子供時代のあだ名を知る人物は限られている。アンナは、学園長の言葉を真実と知った。だが、自身の身分を明かすわけにはいかない。カイトやアンドレ、多数の人々に迷惑を掛けるからだ。
「アンナさん。君は、あくまでも違う――と言い張るのですね」
「そ、そうです」
「では、一つの真実をお伝えしましょう」
「真実?」
「ええ、ニコラエヴァ家の王女殿下の、みなみなさまに関する真実をね」
「…………」
アンナは口を真一文字に結んで、黙って聞いていた。
「オリガ第一王女殿下、タチアナ第二王女殿下のお二人は、揃って王位継承権を四女のアナスタシア王女殿下に譲ろうとした。なんとも姉妹愛溢れるお話のように聞こえますが、実態はかなり違っている」
「え?」
アンナは、初耳だ――そんな顔を向ける。
「アレクセイ皇太子殿下がお生まれになるまでは、お二人は王位継承権の一位と二位だった。でも、お二人にとっては三女のマリヤ殿下は、眼中になかった。なんと言ってもマリヤ王女殿下は、お頭が、お悪くて、いらっしゃたからね」
「な、何ですって!?」
アンナの顔が見る見ると険しくなる。意思の強そうな太い右眉が上がる。
「僕が家庭教師として、魔法の講義をしていても、中庭でさえずる小鳥の方が気になるようなお方でしてね。部屋に迷い込んだ蝶々の方に関心が移ってしまう、集中力の足りないお方でした。まあ、ハッキリ言いまして『バカ』ってことですよ」
その時、学園長室の照明が強く明滅し、消えた。魔法力で天井自体が白く発光していたのだが、その魔法力が打ち消されていた。
バチバチとアンナの体から放電現象が起きて、彼女の身体が青白い光りを放っていた。
「マリヤ王女殿下を『バカ』……と、おっしゃるの……ですか」
「ええ、そうです」
若い女の姿のブルカ・マルカは表情を変えず、淡々と話を続ける。
「次女のタチアナ王女殿下は、平民との結婚を考えてらっしゃった。当時、付き合っていた学生のマルク・ボウマンは、商人の家柄の長男だった。平民と結婚するには、王家の身分から外れるしかないですからね。彼女は自分の恋愛、いや、私利私欲と勝手な都合を優先して、王家を見捨てたんです。小さな妹に、全責任を押しつけたんです」
「そういった事情も……あったでしょうね」
アンナの金色の髪の毛が、電光と共に立ち上がる。
「長女のオリガ王女殿下は、もっと、やっかいだった」
「やっ……かい?」
首を捻って聞く。アンナの頬の筋肉が痙攣する。
「ええ、彼女は特殊な趣味の持ち主だった。正確に言いますと、同性愛者なのですよ。同性愛は、法律的にも宗教的にも禁止されている。そのため、結婚や出産を望まないオリガ殿下は女王への就任を拒んだのです」
「そんな証拠は……ありません」
アンナの低くしわがれた声。
「証拠はありますよ。証人は僕なのです。オリガ殿下が愛した女性は、王宮の魔法護衛部隊隊長の――ブルカ・マルカ男爵――そう、僕だったのです。でも、アレクサンドラ女王陛下は、二人の交際を認めませんでした。ま、当然ですけどね。あー、証拠もありますよ、二人が裸で抱き合う姿を見せましょうか? 監視アイテムによって撮影された画像をお見せしましょう。性的倒錯者のオリガお姉さまの、あられもない姿を」
勝ち誇った表情でアンナを見上げるブルカ・マルカ学園長。いつの間にか男の姿に戻っていた。
「…………まれ…………まるんだ」
「え? 何ですか? 聞こえない」
学園長の机の上の羽ペンが氷結し、コトリと落ちる。
「黙れ! と……言っているんだ!」
怒りで、アンナの顔がわなないていた。
「アンナ君は、ニコラエヴァ王家とは、全く関係ないのでしょ?」
「黙れ、黙れ! 今、決めた。お前を殺す! 姉たちを……姉さまたちを侮辱する人間は、決して許さない!」
アンナはステイタスカードを持つ右拳を強く握りしめ、学園長の顔の前に突き出す。
怒りに震えていた。
「ホラ、僕の言った通りに、君の方から勝手に自供したじゃないですか。自分がアナスタシア第四王女殿下であると、白状したも同じだ」
「言いたいことは、それだけか……。言い残すことは、他に無いか……」
アンナの声が震えていた。
「ええ、そうですよ。では、ステイタスカード偽造の件をお認めになるのですね、可愛い可愛い、アン王女殿下」
ニヤリと笑い、歯を見せる。
「お前を、この世から消し去る! 死体を、骨さえ残さずに焼き尽くす! 命乞いは認めない。王家を侮辱する行為は大罪だ。不敬罪の有罪者に対する最高刑は――死刑だ!」
「おっと、ヤバイヤバイ。僕は、絶体絶命の危機的状況だね。裁判にもかけられずに有罪で死刑とは、こりゃまた乱暴ですね。でも、ここで殺されるわけにはいかないのですよ」
「パチン」
学園長は、空いている左手で指を鳴らす。
「!」
アンナは驚く。指一本を動かせば、よいだけだった。一言「電撃魔法」と唱えれば、よいだけだった。
それだけで、大出力の電撃で相手を黒こげにし、火炎魔法で灰も残さず焼き尽くす予定だった。
魂があるのなら、零下二百七十三度の絶対零度の凍結魔法で氷らせて、地獄の最下層に落とすつもりだった。
仮に、地獄があるとするならばだ。
「体がビクともしないでしょう、声も出せないでしょう、アン王女殿下。世の中に上には上がいるのですよ。その事実を知ったのは、良い経験だったと思いますよ。今後に活かすとよい」
学園長は椅子から立ち上がり、アンナの元にゆっくりと歩み寄る。
アンナは唯一動かせる眼球のみで、相手の動きを追う。
「六歳の小さな女の子だった殿下が、まあ、まあ~ご立派におなりになられて。特にお胸などは、お姉さまのオリガ殿下を遥かに凌駕されている」
ブルカ・マルカ学園長は、右手でアンナの制服の左胸を持ち上げていた。砂金の詰まった革袋であるかのように、丹念に重さを確認している。
「おお、怖い怖い。目が血走っていますよ。オリガ殿下は生前、よく言ってらっしゃった――四女のアンは、賢くて優しくて勇気がある。けれど、気が短くて堪え性の無い所は、直さないといけない――とね。オリガ殿下の言った通りだ。僕の挑発に、ヒョイヒョイと乗ってくる。何て、チョロいんですか、チョロすぎですよ。学園のチョロインさん♪ アハハ、アハハ」
学園長は、アンナの左胸を右手のひらで何度も持ち上げて、弄んでいた。
「さて、ここからが本日の本題です――」
真顔に戻る。
「――君には今後、僕の言う通りに働いてもらいたい。難しくはありませんよ、弟のカイト君と一緒に、出された課題をクリアしてもらうだけ。優秀で有能な君には、たやすい事でしょう。ま、くれぐれも僕の寝首を掻こうとは、しないことだ。僕の本当の職業と、現状レベルを教えてあげようか?」
自信ありげな彼の顔を、アンナの青い瞳は追っていく。
「僕の職業は『大魔導師』で、レベルは99。君には、聞き覚えはないでしょうね。上級職業の更に上に、『超級職業』が存在するのです。あ、失礼しました。高度な拘束魔法を長時間駆使し続けると、体に障害を発する場合があるのでね」
「く……」
アンナはやっと体を動かせるようになる。が、『大魔導師』の使う拘束魔法の影響で、体のアチコチが痺れていた。
そして、アンナの体の発光現象は収まり、部屋の照明が復旧する。
「な、何をさせたいの」
両手首を回しながらアンナは聞く。自分の体が正常に動くか、確認をしていた。
手を開いたり、閉じたりもする。
「君の覚悟を確認出来ました。僕を殺そうとしたのは、本気でしょう? これからの任務は熾烈を極めます。人を殺す覚悟の無い人間に、ティマイオスの暗部を知ることは、耐えられないでしょうね」
「ティマイオスの暗部?」
「ええ、歴代王家が隠し続けて来た秘密です。ま、君は追い追い知ることになる。その先にあるのは絶望かも知れないが、残された希望は……」
カラン♪ カラン♪ カラン♪ カラン♪
廊下から伝わって聞こえて来た、ベルの音。
「この音は……」
アンナは顔を上げる。
「そう、残された希望はカイト君。彼だ……」
学園長は椅子に深く座り手を組み合わせる。そして、ニヤリと笑った。
◆◇◆
――午後三時十五分。
王立学園一階、相談室。
ハンドベルをかき鳴らすサーシャ・フリードルの姿。椅子の上に立ち上がり、ベルのハンドルを両手でしっかりと掴んで、頭上に持ち上げ激しく振っていた。
「大当たりぃ~! 大当たりぃ~! 勇者さまの誕生じゃあ!!」
大声を張り上げる。
「勇者? ボクが?」
カイトは驚き、目を丸くする。
ついにカイトに告げられた職業名は「勇者」だった。
次回より、レベル03「学園の ヒロインさまは 大賢者!?」をお送りします。