(王立学園・クラス分け)
――午前十時十分。
王立学園中央校舎一階、特別講義室。
新入生全員は担当教師に案内されて、この部屋に入れられた。三百人は収容できる大講義室だ。前方の横長の黒板に目が行く。
「静粛に」
それだけが記されている。
これより、生徒は一人一人別室に呼ばれ、クラス分けがされるのだった。
生徒個人は、これから大占い師にステイタスカードを渡される。本年に十五歳以上になる生徒たちに、始めてカードが授与される儀式だ。
カードに表示される職業別に所属クラスが分けられる。
魔法使いや賢者の属するのは、魔法クラス。戦士や武闘家の属するのが、格闘クラス。踊り子・商人・僧侶・盗賊・占い師などには、技能クラスが用意されている。
一クラスは四十人程度ずつに分けられるのだった。
カイトは緊張する。既にこの大教室では、幾つかのグループが出来ていた。こんなにもたくさんの人々……それも女子生徒を前にして気後れしていた。
「ねぇねぇ、キミさ。アンナさんの身内だというのは本当?」
女生徒が話しかけて来た。女子たちのグループの一番大きな輪、その中の一人だった
「え? あ、うん」
カイトは一瞬考えてから返事をする。この学園に来たときにはカイト・ニコラと名乗ることになっている。
アンドレおじさんが保護者の役割だ。両親のいない二人の引受人という設定だ。
「私たちは、中等部からそのまま高等部に進んだグループなの。時々見かけるアンナさまは、とってもとっても素敵だわ。下級生の私たちの憧れの的なの」
ニッコリ笑って話しかけて来る、可愛らしい小柄な女子生徒だった。
「へー。あの、アンナ姉ちゃんが」
「だって、大魔法使いで、レベル99を約束されているのよ。これって、十年ぶりの快挙なの。当然、弟くんにも期待が集まっているわ」
「カイトく~ん♪」
目の前の少女が属する女子グループの数人が、手を振ってきた。
「あ……」
返すつもりで手を挙げた。
「キャー! カワイイ!」
歓声が沸き上がる。
ボクが可愛い? 何で? カイトは首を捻る。
「マーガレット・ミッチャー、相談室に入りなさい!」
「ハ、ハーイ!」
カイトに話しかけていた少女が後ろを向いて返事する。そうして教室前方の扉から出て行った。カイトは彼女の揺れている金髪のツインテールを見送る。
可愛い子だったな。マーガレット・ミッチャーというのか、同じクラスになれるといいな――そんな事を考えている自分に気が付き、顔を赤くする。
――午後零時十五分。
時計台横の鐘が鳴っていた。四時限目終了の合図だった。
生徒たちは次々と呼ばれて行って、この教室の人数も三分の一ほどに減っていた。職業を告げられてクラス分けが完了した生徒は、そのまま各クラスの教室へと移動する。
「これより、四十五分の休憩に入ります。昼食終了後、午後一時から再開します。集合時間に遅れないように」
女性教員が入って来て、連絡事項を告げる。
「カイト君、学生食堂に行こうか。生徒はカードに印を付けると、それだけで食べられるの。食費は毎月ごとの清算。でも、美味しくて安いんだよ」
先ほどの少女、マーガレットがやってきてカイトを食事に誘う。
「あ、うん……」
「どうしたの、誰かと約束でもあるの?」
「う、うーん」
カイトはキョロキョロと教室内を見渡す。
その時だった。
「キャー!!」
教室前方の入口付近で歓声が上がる。黄色い声というヤツだ。
女生徒たちの目がハートマークになっていて、カイトは驚く。
「おーい! あ、いたいた。カイトー!」
教室をのぞいて、コチラに手を振っていたのはアンナだった。
「アンナ姉ちゃん、声がデカイよ」
カイトはプリプリと怒り出す。この教室中の注目を浴びていたので、注意する。
「メンゴ、メンゴ。じゃ、食堂に行くべ」
カイトの場所に走ってきたアンナは、少年の左腕を取り立ち上がらせる。
「自分で、立てるよ」
カイトは少しむくれていた。アンナにとっては、いつまでも五歳の少年のままなのだ。
「あ、あの! アンナ・ニコラお姉さま。お食事を、ご一緒して構いませんか!」
多少上ずっているマーガレットの声。憧れの上級生を前にして興奮をしていた。
「うん、いいけど……何々? カイトは、早速ガールフレンドを見つけたのかい?」
「ち、違うよ」
顔が耳まで赤くなる。
「アンナお姉さま。マーガレット・ミッチャーです。私は魔法Aクラスに配属になりました。職業は魔法使いで、到達予想レベルは35です。今度の合同授業では、ご一緒出来るかも。そうそう、私はカイト君と仲良くさせてもらってまーす♪」
金髪ツインテールの少女はカイトの右手を取って腕を組む。マーガレットは小さな胸をカイトの右肘に押しつけていた。
「ミッチャーと言えば、子爵の家柄の貴族よね。平民のウチらとは身分が違いすぎますから……」
「イテッ!」
アンナはカイトの右手を奪い返し、少年の右足を左のカカトで思いっきり踏んづけていた。
「でも、仲良くはしてね」
アンナは歯を見せて笑うが、カイトを決して渡さないとの決意を周囲に示す。
「あ、ハイ」
気後れしたマーガレットは、二人の後ろをトボトボとついていく。
――午後零時二十分。
王立学園、大食堂。
先ほど入学式が行われた大講堂の二階が、生徒や教職員用の食事施設であった。
街とは隔離された丘の上に立つ王立学園。初等部・中等部も合同の大食堂。千名以上の人々の食事を全てまかなっている。
落ち着いた色合いの、焦げ茶に着色されたテーブル。それらが整然と大量に並ぶ大食堂。席は殆ど埋まっており、食堂の空気も活気に溢れていた。
「ふえー、人人人で、いっぱいだ」
カイトは驚く。
「こっちよ」
アンナに案内された食堂入口の場所には、高等部の学年別・クラス別に分けられているカードの棚があった。
「ここで、自分のカードに印を付けるのよ。高等部・二年・魔法Aクラスのアンナ・ニコラ。今日の日付の場所に、チェックを入れるの」
アンナは、薄赤のカードを取り出して四月八日のお昼の欄に魔法ペンでレ点を入れる。
ここでも学年別に色分けがされていて、分かり易いと思ったカイトだった。
「私のカード……と、あった!」
何故か嬉しそうなマーガレット。一年生の魔法Aクラスの棚からカードを取り出して、頬ずりをする。
「カイト君のカードは?」
振り向いて聞くマーガレット。
「うーん」
まだクラスの振り分けの終わっていない彼。未分類と書かれた棚に無造作に突っ込まれたカードの束を手に取る。
「私が探してあげる。カイト、カイト・ニコラ。あら、このカード、カイト・アーベルと書いてあるわ。カイト君、これ……」
「うーん、どれどれ。貸してみなさい」
と、アンナ。マーガレットからカードをひったくるようにして奪う。
「え!? アンナさん……」
戸惑うマーガレット。
「ホラ、ニコラじゃない」
アンナが見せたカードには確かにカイト・ニコラとの表示があった。
「あれ?」
首を捻るマーガレット。
「ここで、トレイを受け取って、好きな食べ物を選ぶのよ」
アンナは一人先に進み、茶色い木製のトレイの上に、バターを練り込んだ三日月形のパンをトングで二つ乗せる。
「カイト君、ここはビュッフェ方式なのよ。好きな食べ物を選んで、一律30ゴールドの値段。安いでしょ」
マーガレットは麺コーナーに進み、小麦の麺に卵とチーズをあえた料理を選ぶ。
「へぇー、何を選んでも、どんなに食べても、料金は一緒なんだぁー、へへぇー」
カイトは目を輝かす。
カイトの住んだ村の食事情とは天と地の差、月とすっぽん。もっとも、食事はアンドレの担当であったので、無骨な男の手料理が多かったのだ。そして買い物も殆どしたことのないカイトは、30ゴールドの値段が高いのか安いのか、よくわからなかった。
「ボクはコレとコレとコレと……」
目に付いた美味しそうな料理を、次々と大量にトレイに乗せるカイト。
呆れた顔のマーガレットと、ニヤニヤと笑うアンナの姿があった。食べ放題と聞かされて、初心者の陥りやすい罠にはまっていた。
「先輩、座れませんね」
大食堂のテーブル群を見渡して、金髪ツインテールの新入生マーガレット・ミッチャーは言った。
「一人ずつ、バラバラなら座れるよ」
カイトは目に付いた空席に腰を降ろそうとした。
「カイト、コッチに来て来て」
アンナは彼の右手を取って、引っ張っていく。彼女は、大食堂奧の一段上がった部分の階段を登っていく。
「あ、カイト君、あとでね……」
マーガレットは遠慮して回れ右をする。階段を上がった先のテーブル席、その顔を見て気後れしたのだった。
「どうしたの? 一緒に食事しましょ」
「でも、あ、はあ……」
アンナに誘われて、マーガレットは渋々承知する。
「あ、会長さん」
カイトは、大きなテーブル席で一人食事するマリーの目の前に腰掛ける。
「あ、あらあらカイト君。わたくしを見かけて……と、いうわけではなさそうね、アンナさん」
「この場所は、生徒会のメンバーや成績優秀者が座れる席ですよね」
マーガレットは遠慮がちに言いながらも、カイトの直ぐ隣の席を引き、座っていた。
「ま、そのお友達ならウェルカムなのよ」
アンナは遠回りをして、わざわざマリーの隣の席に陣取った。
「な、どうして隣に……」
「生徒会長さまが、孤独に食事をしていて可哀相に思ったの」
ニコリと笑って、ミートボールにフォークを刺して口に運ぶアンナ。
「隣の子は何者?」
小声で耳打ちする生徒会長。
「ああ、ミッチャー子爵のお嬢様よ」
関心ない風に振る舞う、ニセモノの姉だった。
「何で、二人は仲が良いの?」
「新入生同士で、いいんじゃない」
三日月形のパンをパクパクと二口で食べていた。
「あなたは、ミッチャー子爵閣下のご令嬢なのね」
「ええ、教皇庁主催のパーティにお邪魔したときに、マリー殿下とお逢いしました」
「うーん、そうだったかしら。それよりも殿下はやめて下さらないかしら、学園内では生徒会長でしかないのですから」
マリーはトレイ隅のサラダをぱくつく。
「それよりも、アンナさん。生徒会に入って下さるとの返事は、いつ聞かせてくれるのでしょうかね?」
「あー、そうね。生徒会書記の件は、無し無し。アタシはコレでも色色と忙しいのよ」
アンナはカイトに向けてウィンクする。
「そうですよね。アンナお姉さまは、学業にもスポーツにも秀でていらっしゃるのに、クラブ活動に所属していないんです」
残念がるマーガレットの声。
「クラブ活動?」
「そうよ、この学園では放課後のクラブ活動も活発なの。スポーツや文化的な部活だけでなく、魔法や武術に特化した部活もあるのに、お姉様はどれにも参加していなくて……残念」
そう言って悔しそうに首を振る。アンナがクラブに所属したら応援に繰り出す予定のマーガレットなのだった。
「姉ちゃんは学校終わると、真っ直ぐに家に帰っていたからな」
「え?」
カイトの言葉に、マリーは顔を上げる。
「アンナさんは女子寮に住んでいて……」
「あ、あああ、そうそう。休みの日を利用しては、帰省していたからね。あはは、あはは」
取り乱す彼女を見て、疑惑の目を向ける生徒会長。
「え? あ……うん」
カイトは口に入れたエビフライが凍っていたのでトレイに戻す。そして、睨んでいるアンナと目が合って固まる。
彼女の凍結魔法で、料理を氷付けにしたのだ。
カイトの実家で口喧嘩をした時に、アンナの繰り出す魔法――その意味は「お前、黙れ!」なのだった。