ドラマなんかでよくある話
今から話す出来事は ドラマなんかでよくある話
「こっち向いてよ」
その一言が言えないんだ
しつこく連絡して 嫌われるのが怖いんだ
忙しいのは知ってる 会えないのだって分かってる
けれどせめて 気持ちだけでもいいからこっち向いてよ
「大好きなんだ」
それ 私に向かって言ってよ
どの車のラインが綺麗だとか 分かんないし興味ない
けれど車の話をする時のその顔が好きだから
私は車に嫉妬しながらも その話を聞き続けてるの
「遊びに連れてってよ」
それすら言えないんだ
仕事で疲れてるんじゃないかなって気を遣うんだ
本当は一緒に出かけたいんだよ
あなた自慢の 私には理解不能の 素敵なラインの車でさ
ねえ分かってるの?
私の気持ち知ってるの?
もしかして私 都合のいい女ってやつになってるの?
教えてよ 答えてよ けど自分からは怖くて聞けない
一緒の家に住んでる恋人なのに どうしてこんなに距離が遠いの?
ああもういいよ 家出してやる
もしかしたら浮気しちゃうかも
ほら 引き留めるなら今のうちだよ?
……気付いてないか 私の考えてることに
ドラマなんかでよくある話だ
「実家に帰らせていただきます!」
帰ったところで どうしようもないけどさ
どうしよう 迎えに来てくれなかったら
別れる? 別れられる?
好きなのは 引きずってるのは 私の方なのに?
家を出て一週間経った 迎えは来ない
……そういえば 実家に帰るって伝えてない
いやでも今更 あいつになんてメールするんだ?
『家出しました 実家なう』
送れるわけないわ どうしよう
私が実家にいるんだって 気付いてくれないかな
考えてくれないかな 私を連れ戻すこと
ドラマなんかでよくある話
女が諦めた頃 迎えに来るんだよ
「悪いな 迎えに来るの遅れた」
なんてこと言って かっこよく登場してさ
残念ながら そんな事は起こらないみたいだけど
降参だよ やっぱりダメだ
帰ろう あの家に
私やっぱり 好きだもん
仲直りできるかな
ちゃんと笑えるかな
何か買っていこう 彼が喜びそうなもの
……で、小さなラジコンしか思い浮かばなかった
ちょっと可愛くラッピングしてもらって
ちょっと可愛い袋に入れてもらって
これで一緒に遊べないかな なんて
隣に座れるのなら なんだっていいから
ラジコンの入った袋片手に歩く
イヤホンをつけて 彼の好きな曲を流して
彼はラジコン相手でも 「綺麗なライン」とか言うのかな
そんなこと想像しながら歩いてた
赤信号
気付かなかった
いきなり道路に飛び出す形になった私
視界の右に見える車
猛スピードでこっちに突っ込んできてて
私 轢かれる 確実に
なのに頭は冷静で なぜか時間が止まったみたいで
「ドラマでよくある話だな」なんてことを思った
ここで後ろから 彼が手をひいてくれるんだ
ギリギリのタイミングで私は立ち止まって
目の前を車が通り過ぎて
「何してんだよ 危ないだろ」
なんて言われて
ドラマならよくある話
けどやっぱり そんなにうまく話は進まない
止まらない時間
止められない足
止められない車
私の後ろには誰もいない
腕を引っ張ってくれる人はいない
私 轢かれるよ 確実に
ラジコンの入った袋が がさりと音を立てた
空気を切り裂くようなブレーキ音
私の隣を通り過ぎた
何かがぶつかる音
壊れる音 割れる音
潰れる 音
私を守るように ブレーキを踏みながらハンドルを切った車は
車道から大きくはみ出し 誰もいない歩道に乗り上げ
電柱にぶつかり その動きを止めた
私にかすり傷一つ負わせることなく静止したそれは
見たことのある車種で
見たことのあるナンバーで
見たこともないくらいグシャグシャになってしまったボディは
彼曰く 綺麗なラインだったはずで
車内の彼は 数秒前まで生きていた はずなのに
あれだけグシャグシャになった車
そこから出てきた紙袋は
袋こそ潰れているけど中身は無事で
それはとても綺麗な指輪で
――ずっと前 そうずっと前に彼とデートした時
キラキラ光るそれを見て
「こういう婚約指輪がいいなあ」
彼の服を引っ張りながら言ってみたら
「けど高すぎるだろ 無理無理!」
と彼に却下されたはずの指輪で
その指輪のために 忙しく働いてたとか
今月の給料で 指輪を買うお金が貯まる予定だったとか
指輪を渡してプロポーズして 私を連れ戻す気だったとか
給料日を待っていたから 指輪を買いに行ったから
迎えに来るのが遅れたとか
それを彼女は知らなかったとか
――ドラマなんかでよくある話 悲しいくらい
ねえ あの日
あなたが私に渡そうとしてくれた指輪は
今 私の薬指でちゃんと光ってるよ
ねえ あの日
私があなたに渡そうとしていた小さなラジコンは
いまだにあなたに渡せてない
ねえ どうして
近づけたはずなのに どうしてこんなに距離が遠いの?