その叫びはひどく辛く
「青春テイスト」シリーズ、第3弾です。
最近、幼なじみの様子がおかしい。
家が隣同士になって早15年、貧血で気を失ったなんて話聞いたこともなかった。
どちらかといえ女子らしい女子を侍らせている、男女タイプ。ひとつ下の俺の学年にすら、そのハーレムのクオリティの高さは漏れ聞こえてくるほどだ。
女にもてる女、という定義がその実女子校じゃなくても通用するというのは、あいつを知っているからこそ得られた知識である。
そんな女が、誰よりもか弱く、女らしい部分を持っていると理解すらしているのは、きっと俺の他にはいない。
部活中に倒れた彼女が来るのを駅のホームで待ったのも、眠れないという彼女に肩を貸したのも、彼女を想っているからだとどうして気付かないのか。
こんなにも分かりやすく誘導しながら、それでも俺は自分の狡さを自覚せざるをえない。
出来れば言ってほしい。
もう何年も弟扱いされ続け、好きだという言葉も親愛として流され続けた俺にとって、最早それは意地になっていた。
ここ最近、やっと自分の気持ちを自覚しはじめた彼女にこれは負担でしかないだろうと分かっていても、それでも俺には譲れないことだった。
俺のことで悩み続ける、彼女が愛しい。
眠れないほどの不安を取り除けるのは自分だけだということに、強い喜びすら感じる俺はおかしいのだろうか。
全部知ってるよ。
お前が何を不安に思ってるのか。
縋るように指を絡めた時、どうして寝たフリをしてたのか。
何に見えるのかと問うて、どう答えてほしかったのかも。
そう、彼女に吐露してしまいたい気持ちすら必死に抑えながら、俺は一体何がしたいんだろう。
どちらからともなく離れた手の平に、彼女の体温が滲む。
俺と彼女が幼い時から変わらない、馴れ親しんだこの街に、確実に変わりつつある自分達を知られるのはどこか気恥ずかしく。
いつもよりも少し足早に歩く彼女もそうなのかもしれないと思うと、少し笑えた。
もう辺りは薄暗い。
住宅街から溶けだす淡い光たちが彼女を誘うように揺れる。
――求められれば応えると。
それも言い訳でしかないとは分かっているのだ、本当は。
◇ ◇
実は過去に一度だけ、もう止めてしまおうかと思ったことがある。それも、つい最近。
この高校に入ったのは偶然ではなかった。
彼女のためと言えば聞こえはいいが、結局のところ俺以外の奴の傍で大人っぽくなっていく彼女を、遠くから見守ることがあまりに苦痛だったという、中学最後の1年間の結論がそこだった。
彼女は案の定、一歳年下の生意気な幼なじみがまさか自分と同じ高校に入ってくるとは思っていなかったらしい。
元々俺が、自分よりも学力が高いことを知っていての学校選びだったのだろう。昔のことを色々と暴露出来る立場にある俺を、友達に近付けたがらない習性も理解していた。
そして部活も、中学時代と変えることはなかった。彼女の影響で始めたバスケだということは、実は誰にも言っていない。
計画は驚くほど上手く行った。
彼女は視線をこちらへ向けるようになった。時々同じ電車に乗って、家の数歩前まで一緒に帰るようになった。
そんなある日、だった。
それはふとした瞬間、彼女を視界の端に認識したとき覚えた違和感。
久し振りに満面の笑みを浮かべているのを見て、珍しいと視線をそちらへ移した俺は、一瞬目を見張った。
彼女が、心底楽しそうな笑みを同学年の男に向けている光景は、まるで対等に、彼女達にしか分からない話題で盛り上がっているその光景は、それ一つで俺の心を抉った。
絶対に埋められないものが、昔からネックだった。
それを埋めるための努力は何でもした。
同級生達よりも、先輩達よりも大人っぽく振る舞い、身長を伸ばすために効くと言われた方法はすべて試した。
それでも、1年の差は埋められない。
彼女とどうやっても共有することの出来ない、その時間は大きい。
だから、あの告白には、揺らいだ。
「好きです」と告げた瞳は真っ直ぐで、少し恥じらうように伏せった顔は可愛らしかった。
そういえば他の部員達が、可愛いバレー部員がいると噂していたのを思い出す。
埋められないならいっそ、諦めてしまおうか。
1年という壁に、屈伏してしまおうか。
――少女を使って。
狡い自分が顔を覗かせ、けれどそれを悟らせないように少女の話は聞いた。
入学式のときからずっと好きだったと、突然こんなことを言って申し訳ないと、必死に言葉を紡ぐ少女は純粋に微笑ましかった。
押し付けがましくなく真っ直ぐに伝えられる好意に、あの時の光景がフィルターをかけ、いっそこの好機に飛び付いてしまおうと……そんな邪な想いの縁に、そっと別の思考が乗った。
微笑み方が、彼女に似ている。
少女の存在をずっと知っていたと言外に示した時に浮かべた、嬉しそうな微笑みのつくり方が、彼女そっくりだった。
だけど眼は彼女よりも少し大きく、背は彼女より少し低い。
髪は彼女よりも随分長い。
声は少女の方が少し高く、肌の色はどちらかといえば彼女の方が白い。
そして、はっとした。
少女を見つめながらも、想いの中心には彼女しかいないことに気付く。
彼女を基準にして、俺は少女を見ていたのだと、認めざるを得なかった。
最早縛られて動けないところまで自分はきていたのだと、気付いたのはまさにその瞬間。
なぜ今まで気付かなかったのかと、問うのすら馬鹿らしい。
負けようとした俺は、本当に愚かだったと今では分かる。
罪悪感で満たされた胸を引き摺りながら、今までにないほど丁寧に断った告白は、けれど俺の中の何かを確実に押し上げた。
諦めるものかと。
誓ったのは自分自身にではなく、もしかしたらその少女にだったのかもしれない。
◇ ◇
彼女の様子がおかしくなったのは、思えばあの時期からだった。
眼を合えば逸らされ、頬は隠しきれず赤い。
――俺じゃなくても分かる。
声高に好きだと言ってしまえれば。
今この瞬間にも抱き寄せてしまえれば。
浮かんだ考えを振り切るように、2歩分前を歩く彼女に並ぶため歩速を速めれば、彼女は驚いたようにこちらを見た。
「なに?」
「別に?」
薄く笑って顔を覗き込むと、怪訝そうな表情を浮かべた顔はやはり赤くなっている。
「顔、赤いけど」
「夕陽のせいよ」
「もう空、3分の2は紫だから」
「3分の1はオレンジよ」
「太陽とか先っぽしか見えてないし」
そして会話は、俺の応戦で途切れた。
いつものように舌戦になりかけた雰囲気が、彼女の涙で遮られた。
「どうした?」
「なにが」
「なんで泣いてんの」
「泣いてない。汗」
「うそつけ、どうやったら目が汗かくんだよ」
「……なんで」
唐突に変わった彼女の声音はどこか縋るようで、震える言葉は甘く俺の耳に染み込む。
まるで、好きだと言われてるみたいな。
「なんでさっき……手離したの」
潤んだ瞳が、誰でもない俺を見つめて。
手の平に未だ残る柔らかな感触が、鼓動を急かした。
「じゃあお前は?
どうして手繋いだの?」
一瞬で歪んだ表情に、俺はかつてとは違う諦めを感じた。
それは甘くて、苦くて、そして……
涙の伝う頬に、キスを落とした。
驚きに眼を見開いた彼女に、意識せずとも穏やかな笑みが浮かぶ。
「答えは、同じじゃねーの」
大粒の雫が、もうひとつだけ堕ちて、次の瞬間――
柔らかな塊が、俺の腕の中に収まった。
はい、最後の最後に彼目線、「その叫びはひどく辛く」でございました!
実はこの小説、「その憂いはひどく甘く」の執筆の時点で「愛し人」という仮題がついていたんですが、ネタ帳にあった「その憂いはひどく甘く/その嘆きはひどく苦く/その叫びはひどく辛く」の方がハマるんじゃね!?と急遽変更しましたところ、その題名に見合った物語がポンポンと浮かんできたわけです♪
我ながら、それぞれの題名に結構ハマっていたんじゃないかな~と思います(笑)
ちなみに、この作品には「辛く=彼女の涙」という作品と題名のリンクがあります。
どうでもいいですがw
正直、最後に彼視点を持ってくるのは非常にきつかったです。
前作2つどちらにも絡めなければいけないという部分がかなりネックになりまして、流れを作るのにまず一苦労しました(++;)
結果的には、まあご想像通りにはなったと思います。
彼も彼女の事が好きだったんですね。
まあ、それはかなりフラグをたてていたので皆様お分かりになったと思いますが(*´∀`)
そしてそして、皆様お気付きになられましたでしょうか?
全編通じて、一切登場人物の名前が出てきておりません!
考えるのが面倒くさかったとかそういうわけではなく、そういった作品の形態にも挑戦してみたいなーという作者の無謀な試みの産物でございますので、どうぞお許しくださいませ☆
最後になりましたが、これまでの3作品を読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
もしリクエストがありましたらこのシリーズはまた書いてみたいと思っておりますので、続編、または別人サイドなどなどのご要望、どうぞなんでも仰ってください♪
なるたけお応えします。
では、またいつかどこかでお会いできることを祈って。