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ラステネ

はぁ、はぁっはぁっ

私は今、“アレ”からひたすらに逃げています。

汗をぬぐう間もなく、私は必死に走り続けます。

マスターから隣町へ急ぎの言伝を頼まれただけが、こんなことになるなんて…

ギルマスがもにょもにょと街道の様子が…うーむしかし護衛をつければとか言ってた原因がわかりました。

6人も護衛をつけられた時点で嫌な予感はしていましたよ、まったく。

その護衛の方々もあっという間に、“アレ”にやられてしまうだなんて。

あんな大型の個体なんて、この街道で数十年は出たことがありません。

あ…いえ!私はそんな歳ではありませんよっ!ギルドの記録に載っていないというお話です。

そんな…余計なことを考えていたからでしょうか。

「あっ…うっうぅ…」

私は情けない声を上げ、木の根に躓いてしまいます。

急いで立ち上がって逃げないと…数分後にはヒトノミ狼の腹の中です。

しかし、立ち上がり後ろを振り返ったのがよくありませんでした。

足が痺れてしまったように動きません。

そんなに怪我はしていないはずです。どうしてでしょう。

“早く逃げなくちゃいけないのに”

私は悟ります。

…ああ、これが恐怖ですか、と。

私が躓いた間に“アレ”、“ヒトノミ狼”は私との距離を詰めていました。

なんでも名前の由来は、唾液に含まれる特殊な毒で眠らせた獲物を、その大きく裂けた口で丸呑みにすることから「一呑み」とついたとか。しばしば人を狩ることから「人呑み」とついたんだとか。

今から逃げても、もう間に合わないでしょう。

…頑張りましたが、どうやら私ができるのはここまでのようです。あとは天命を待つしかありません。…非力なギルド職員にしては頑張りましたかね…?。願わくば、あの人たちが逃げられていて街に情報が伝わっているといいのですが。

私がもう、逃げることがないということが分かったのでしょう、私のもとにたどり着いた

ヒトノミ狼はその大きく裂けた口を開き舌なめずりをしながら、私の恐怖を煽るようにゆっくりと近づいてきます、一歩一歩と、巨体が地面を揺らし、とうとう私を影で覆いました。

私は大人しく、目を瞑ります。

ああ、ごめんなさい。お母さん。お父さん。

私、ラステネは死んでしまうかもしれません。

走馬灯でしょうか。ギルドの職員や冒険者さん達との色々な思い出が駆け巡り。

強面だけど優しいのあの人の事を思い出します。

私がいなくなったら…彼は悲しんでくれるでしょうか…。

そんなことを思いながら…

私は、食べられてしまいました。

……ヒトノミ狼の本当の恐ろしさは、力でも、素早さでもありません。

通常の魔物であれば、致命傷でおしまいでしょう。

しかし、ヒトノミ狼は違います。唾液によって意識を奪われ、目を覚ますのは消化が進んでからです。激痛に目を覚ますも、体を動かすことさえのできないまま、徐々に溶かされ死んでいくのです。自決することさえ許されません。あまりに凄惨な死にざまといえるでしょう。

私が次起きるのはきっと、その激痛です。ああ…怖いなぁ……

うん?……というか、私、意識失って無くないですかね?

ひと思いに、えいっと目を開けると。

私の目の前にいたのはまだ幼さの残る可愛らしい顔立ちをした白髪の少年でした。

そして轟音が耳に届きます。

「「「ドゴォオオン」」」

目の前のヒトノミ狼の体に大きな穴が開いたかと思うと、一拍置いて、残りの体も弾け飛びます。

「っぁって…あいたた…。危機一髪…でいいですかね?」

「うぇっ、ぺっぺっ、狗の肉が入ったぁ~」

少年は痛そうに腕を気にしています。緑色の光をまとっているので回復中のようです。

放心状態の私にその子は続けて言います。

「…あっ、怪我してるじゃないですか。うわっ肩のとこ骨まで…今治しますからこれ、ほいっと」

少年がペタペタと私の肩を触ると、肩を中心に焼けるような痛みが全身を駆け巡ります。思わず瞑ってしまった目を開けると、肩は怪我の一つもない綺麗な状態になっていました。

「嘘…」

普通はこうはいきません。まさかこれは上級の回復魔法の類でしょうか?

でも、回復魔法で痛みなんて聞いたことがありません。

それになんにせよ、これだけ治癒能力です。腕が悪いわけではないでしょう、一体この少年は何者なんでしょうか?

「ふぇるとく~ん、はやくこっち来て体をきれいにしてほしいんだが~!」

それに、ヒトノミ狼は…⁉

あと、先ほどから可愛らしい女性の声が聞こえるのですが…姿が見えません。

まさかこの少年ではなく、女の方がヒトノミ狼を…?

そこで私は思い出します。

「あっ、お腹にもしかしたら人がいるかもしれませんっ」

この人なら、たとえ食べられていたとしてもまだ治療が間に合うかもしれません。

「えっ!!!……お腹に人がいたんですか?」

「はい!ヒトノミ狼は丸のみにする習性がありますので…今ならまだ消化もされていないかもしれません」

少年は無言のまま渋い顔で、指をさします。

指をさすほうを見ると、山のような肉片が飛び散っています。

これでは、お腹にいた人は助かりませんね。残念ですが、諦めるしかないかもしれません。

「もしかして……気のせいだったりしないですかね?見た限り、残骸に人らしきものはありませんけど。お腹に人はいなそうだったし…そうであると助かるというか、そういうことにしていただきたいというか…」

「あっ、そうですか…おそらく習性でしょうね」

私は別の想定パターンを思い出し、安堵します。

「習性…ですか?」

「ええ…ヒトノミ狼は獲物を追いかける際、腹に含んだ獲物を吐き戻すことがあるんです。寝ている獲物は自力ではすぐには起きられませんから。思い獲物をいったん吐き出して、新しい獲物を捕まえてきて、また飲み込むんです。」

「…行きに冒険者たちが介抱していた方かもしれません、僕らは、その人に言われて…」

「そうですか、おそらく私の護衛をしてくれていた方達でしょうね…」

そう私が、事情をお話ししようとしていたところに、玉が転がってきました。

玉…?ってこれ人の首!?

そして、転がってきた玉、いえ首の方は私に問いました。

「どうして護衛から離れるような真似したんだい…?みたところ君は非戦闘用に見えるが。」

デュラハンの方でしょうか!?初めて見ました、でも体はどこに!?というかものすっごい美人さんです。というか血まみれですからやっぱり彼女がヒトノミ狼を片付けたのでしょうか!?うーん、驚くところがたくさんあってよくわかりません!

「お~い、聞いてるかい?まさか、君が実はこの魔物を操っていたなんてことは…」

彼女は、器用にコロコロと首を動かしながら私に尋ねてきます。

「あっ、はい。すみませんちょっと驚いていまして」

「ん…あ、そういえば私、首だったな」

いえ、どちらかといえば、そこ含めた諸々全部ですが…。

「ええと…肩です。」

「肩?」

「肩をナイフで削り取って、その血の付いたナイフと肉をヒトノミ狼に向かって投げたんです」

「やけに深い傷だなと思ったんですけど、自分で…」

「美味しいお肉だと思ってもらえれば追ってもらえますから…私が美味しいかどうかは賭けでしたが」

「あー、つまり、狼君は体の柔らかそうな雌が誘ってきたぞと、辛抱たまらず、あなたを追いかけたと…うん、随分肝の据わった女の子だね」

「…なんで、そんなことを」

「私達を追いかけてきたヒトノミ狼は大型の個体でしたから。あの護衛6人では勝てる可能性は皆無でした。全員で仲良く死ぬのがオチですね」

「だから、君一人が代わりに死ぬと?そんなものわかりがいい人間なんて正直言って気持ち悪いね。もしかして…死なない種族だったり、特別消化液に強い種族だったりするのかい?」

「いえ、私は人間ですよ」

「…」

「あの、それに私だって、死ぬ気はありませんでしたよ。」

「うん…?」

「ヒトノミ狼が飲み込んだ人間が死ぬまでの時間はおおよそ4時間。激しい運動後は消化が遅くなりますから、5時間というところでしょうか。護衛さえ逃げ延び、街に連絡がいけば討伐隊が組まれます。運が良ければ、まぁ重症でしょうが、ギリギリ助かります」

まぁ、結果はよりいい方向に転びましたがと私は付け足します。

本当にツいていました。

「あなたはまさか…」

「ええ…全員が生き残るためにはこれしかなかったもので。」

「……」

「…お嬢さん、ああ…これは私達が聞かれると思っていたんだけど…まぁいい。今日の主役は君のようだしね。」

やれやれを表現するように首の美人さんは、少年の腕でコロコロと動きます。

そして、私に問いかけます。

「君は一体何者だい?」

そういえば、まだお礼も言っていませんでした。私は身を正し、恩人に名乗りと感謝を伝えます。

「命の恩人に名前も名乗らず失礼いたしました。ええと…コホン。改めまして、命を助けていただき、本当にありがとうございました!私、冒険者ギルドでギルド職員をしておりますトドロイカ・ラステネと申します。助けてもらったお礼と言ってはなんですが、ご迷惑でなければ冒険者ギルド、宿や町の案内をさせていただけませんか?討伐の報酬も出ますので、よろしければ是非‼」

高位の回復魔法を使える少年に、ヒトノミ狼を倒した?首の美人さん。

少々変わった組み合わせのパーティーですが、将来有望な冒険者様に違いありません。

助けてもらった上に、勧誘まがいの事をするのは忍びないですが、嫌がられない程度にだったら構わないでしょう。ギルド職員の仕事は町の治安を守ることです。だから、このようなチャンスを逃すなんてことは許されないのです。

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