酒場で
昇級の手続きを終え、ラステネさんと話していると、
仕事終わりの酒盛りにラステネさんも合流する予定になったらしかったことがわかった。
(尚アガツミは抱っこ紐で寝ている)
会議に来ていたモヤシさんから聞いたんだとか。
ラステネさんがモヤシさんを酔い潰して、送って帰る未来が見えた。
精神性がラステネさん男前なんだよなぁ…。
「ではこれを」
ラステネさんから差し出された薄紙にはアイスクリム無料と書かれている。
「これは…?」
「アイスクリムの無料券です。最近、新しい味が出たみたいで、人気なんですよ!」
アイスクリム聞き覚えのない単語だったが。
乳や砂糖などを混ぜ込んだ氷菓子であり、苺味が人気とのことだった。
人気で売り切れる可能性もあるとのことで、
昇級祝いにかこつけて前もって確保してくれたらしい。
(昨日の今日であまり実感がないが、ひとまず、ある程度高難度の依頼が受けられるようになったそうである)
「あれ…でも、これって受かるとわかってないと用意できないですよね」
「受かると思ってましたから」
「ボコボコにされましたけどね」
「でも。服のほつれに、怪我の一つもないじゃないですか」
「それは…手も足も出ませんでしたから。手加減されてさえいましたよ」
「んー?…ちょんっと」
ラステネさんはそういって、俺の額を突っついた。
「え…」
突然のおちゃめな行為に唖然としていると
ラステネさんが口を開いた。
「いけませんよ…いくら強くても、立つことを恐れては」
「立つことを恐れる?」
「ええ…あなたがいくら強かろうと、転ぶことはあるんですから。そこで誰かにはかなわないとか決めちゃうのはあまりよくないですよという小言です。私は、これでもギルドの職員ですから。才を羨まれ、才を羨んだ人が先に進まなくなったことを何度も見てきました、…私から見たらここでの勝ち負けなんてチープな話に思えます」
「…いえ、俺のは、自分が勝てないことを認めてるだけというか」
口が勝手に動く。しかしどうもこれは自分でも信じきれない言葉だ。
「そうですか?私には、ここで止まっていいと先に進むことをやめたいように見えました」
ああ、痛いところを突かれた気がした。
この力は”借り物”で、そこに”誇るべき研鑽”はないのだ。
ラステネさんの思っている通りの単純な話ではない。しかし、勇者の力を借りてさえ、劣る自分。
借り物の力で勝てるとうぬぼれた自分。
そこには口には出したくない。恥と罪悪がある。
こんな自分が認められることに戸惑いがある。
だから素直に認める代わりについ、よく考えずまた聞き返してしまった。
「ラステネさん。俺がなにがなんでも先に進まないといけない理由ってあるんでしょうか?」
ラステネさんはあっさり答えた。
「いえ別に」
「いえ別に!?」
俺が拍子抜けしたところで彼女は続けた。
「でも…一般的に、あるいは私に理由がなくても、ふぇると君にはあるんでしょう?」
「俺に…ですか?」
「なくはないでしょう、君は私を助けました。きっと君はその力を悪用しない。それぐらいはわかります。そして誰かがその力で救われるのであれば、そこには意味があると思うんです」
「勝てなくても良いことに力を使えばいいって話じゃないですよね…いまいちわからないんですけど」
「私が言いたかったのは…誰かを守りたいとか…そんな優しい意志があるんじゃないかってことです」
「それはでも…普通のことというか」
「普通になっているってすごいことですよ。力を持っていようが使い方次第では誇れたものじゃなくなる。敗北はそことは別ですよ。だから目指す力のあり方を誇るべきで、きっとそれは敗北なんて陳腐なもので立ち止まるべきものじゃない…」
「それは…」
「そして、これ以上君が反論しようものならギルド職員の権利を行使します」
「え?」
否定するつもりもなかったが好奇心で聞いてみる
「その中身とは…」
「……そんなわからずやのアイスクリムは私のものだ~」
「…」
何か言わないといけないらしい。
「えーと。それは困る…なぁ~」
なんだこのノリ。
「うふふ」
「あはは…馬鹿みたいですね」
「え~半ば本気で、2個食べる気でしたよ~」
「あ、いえ…そこに対してではなく…ええと、その、ありがとうございました」
「はい!ギルド職員はいつでも悩める冒険者さん達からのお悩みをお待ちしております。」
誰かを救うことには俺の意思があるとラステネさんは言った。
明るくなったところで、少し別の思考がよぎった。
抱っこ紐ですやすやと寝ている彼女を見やる。
ただ…、アガツミは、この力の振るい方をどう思うのだろう、と。
俺が動いているのはアガツミの力によるもので、
俺が動いているのはアガツミの意思だ。
アガツミの意思から離れ、生き生きと人らしく。
彼女はそれを望むのだろうか。
「まぁ…なんだこれからたくさん悩んでいけばいいか…」
旅は始まったばかり、こんなことはいくらでもきっとあるのだろう。
街灯が石畳で舗装された道をオレンジに照らし、
その反射した灯を踏みつつ、人々は街を歩いていく。
歓楽を求めて騒ぎ楽し気に歩く者達に、
妻子の待つ温かな我が家へ足早に帰る者達。
労働を終えたドワーフ達は金を得るために失った体力と心を癒すために
白泡の立つ金色の麦芽酒とやや味の濃い飯を求めいきつけの酒場へと歩いていく。
広場では茶赤毛の獣人の踊り子がアクロバティックな芸を披露する。
様々の思惑で行きかう人々、その様相は昼間とは異なった様相で、騒騒しく、荒々しくもあった。
比較的治安のよいこの街も夜ともなれば羽目を外す者も出てくる。
といっても、多くは喧嘩にしても口喧嘩で、
おかしな奴が出てくるにしても、露出狂が出るのが精々だったが…。
冒険者ギルドもまた昼間とは違う様相を見せていた。
昼間は魔物討伐に出かけていたのであろう者達が、
激しい運動で消費したエネルギーを補給しに来る。
観光の栄えるこの街で血肉を欲し、酒を呷る。
昼間は受付に人が並ぶフロアにも机が並び、階段で飲み食いをする者さえいる。
待ち合わせ場所にはまだ、モヤシさんはいなかった。
ラステネさんからもらった券をマスターに渡すと
最近人気という苺のアイスクリムをウサギの耳をつけた獣人が提供してくれた。
渡される際、目が合う。
ん…?なんか違和感があるような…と思ったところで、睨まれる。
同時に口に運んでいたアイスクリムの冷たさか怖気か戸惑う。
それも一瞬のことで何事もなかったかのように視線をスッとそらされた。
「私のこと忘れてないかい?君ばっかり食べてずるいぞ」
あぁ、生首持っている人がいたらそりゃぎょっとするか。
アガツミに食べさせる片手間に
周りに目を向ける。
蒼色の鱗を鱗をまとった蜥蜴人、
褐色の長耳族、
巨人族
黒いコートをまとった陰気な男
種族不詳の妖艶な女性
荒々しく吠えるように溌溂と話す獣人
翼人は翼を器用に畳み…くしゃみをして羽を広げたことでテーブルの飲み物をひっかけ落とす。
その間をウェイトレスがせわしなく行き来する。
昼間のモヒカン筋肉男達も豪快に肉を喰らっている。
冒険者が夜宴会と呼ぶそれは
時として、若干の荒々しい雰囲気と怪しさを滲ませながら、
騒がしい楽しさが漂う。
バーのマスターはクマのような男だったが、
彼が時には苺のアイスクリムを出すところを想像するとなんだかより楽しく思える。
ウェイトレスはエルフだったり、犬の獣人、猫の獣人、ウサギ耳の獣人などがいるようだった。どの人も美人さんである。
そして、馬鹿な奴らもいる。
「おい、姉ちゃん…新人にゃあ、俺たちが教育してやんねえとなぁ、えへへへへ…ふぁふぁふぁふぁ~!」
といいながら、お姉さんの臀部を触ろうとする男。
ウサギ耳の獣人さんは(さっきの人だ)一瞬、ピクッとするや否や持っていたビール瓶で殴りつけかけて、さすがに殺意が高すぎるとでも思ったのか、気を変えて蹴り落とした。
たくましい…
獣人は身体能力に優れているとは聞いていたが、実際に動きを見るのは初めてだった。
こんなにも動きに無駄がないのか。
モヤシさんにも指摘された自分の無駄な動きというのが少し分かった気がした。
かっこいいお姉さんに感謝。そんな夜。
「悪い、待たせたな」
モヤシさんは、くたびれた姿で現れた。
おぉ…見るからにしおしおしてらっしゃる…
ラステネさんも一緒にきた。こちらはすでに楽しそうである。
苺のアイスクリムなら食べるかなーみたいな顔をして
ちょこちょことした動きで
モヤシさんを介抱していた。
結婚しろよ。
自然とそう思った。
あぁ…これが旅に出ると生まれる豊かな感情というやつかもしれない。
一息ついてモヤシさんが語った内容は
ラステネさんが市場で語ってくれたあの凄惨な事件の詳細と最近の続報だった。
闇の中、ロングコートの人影が歩く。
おいっ、お前そこで何をやっている
男は不気味に笑みを浮かべると、男は身をひるがえし立ち去った。
残るは少女。
ただ、顔は青白く。
足元に横たわる少女は、既にこと切れていた。
警備隊の男は少女に男を追いかける事より少女のもとに駆け寄ることを優先した。
少女は“裸”にむかれていた。
それだけであれば強姦にでもあったとでも思ったのだろう。
“裸”の少女の体は大小様々な鉄の薔薇が咲き乱れていた。
稚拙なもの、精巧なものが入り交ざるそれは少女の体を隙間なく埋め尽くして
少女の内部から咲いていた。
綺麗なものか。内部から咲き乱れる薔薇には肉片と血と油が絡みつき。
その犯行が尋常でない残酷さを示していた。
男はぞっとする。
少女はいつ死んだのだろうと。
もし薔薇を咲かせる場所が自由であれば
少女の声帯を潰し、生死に直結しない部分から薔薇を咲かせていく。
そうであれば少女の苦しみはいかほどであったのだろうか。
胸が苦しい、熱い、嗚咽が漏れる。
男が少女を悼んだ苦しみは現実となる。
気づけば胸、足、腕を貫かれていた。
すぐ近くの石畳から急に飛び出た1,2mの鉄のスパイクが男の体を貫いた。
そして息を漏らす間もなく新たな犠牲者となる。
男が殺したのはこれで6人目。
少女が4人、そして警備隊の男が2人
そしてこの凶行はしばらく街で行われることとなる。
つけられた通り名は“Jack the ripper”
体の内部から現れる薄い鉄の薔薇は少女の柔らかい肉を例外なく、「切り咲く」。
男は、警備隊にはさして興味でもないかのように、鉄のスパイクやギロチン、チェーンソーらしきものなど様々なやり方で…貫かれ切られ、殴打され殺していた。
警備隊、冒険者ギルドの公式の合同発表によると、Jack the ripperは少女の殺し方に執着を見せることからおそらく男とみられ、鉄による殺害が行われていること、手練れの警備隊もやられていることから金属系の扱いに相当長けた異能力者だという見解が出された
そして、放っておけば今後も犯行は出続けるだろう……
あまりに詳細なその内容は
「報告書だよ、内密にな」とのことだった。
自分たちがこの街に来てからも2人やられたとのことだった。
「それでこってり責任を追及されていたと…」
「ああ…本来、街の警備は騎士の領分になるんだがな…この街だと冒険者ギルドの方が強いやつ多いからなぁ…ま、しょうがねえよ」
「お疲れ様です」
「それでだ。銀2級以上の冒険者を中心に捜査をすることになった。」
「となると、私たちも参加かい?」
「あぁ…戦力的な話でいえばぜひ参加してもらいてえ…。てかそのために昇給までさせたんだ。マジで頼む。…ただな、相手もかなりの手練れっぽい。」
「手練れ…」
「今回やられた2人のうち1人は騎士だ。それもこの街のトップを張ってた。そいつは冒険者ギルドからの引き抜きでな当時のランクは銀2級だ…。今の実際の実力は銀1級にも匹敵していただろうよ。」
「ふぅん…なるほどその子が殺されたということは相手の実力は…」
「あぁ、銀1級の上位程度か、あるいは金級に匹敵するだろう」
「…じゃあ銀2級の冒険者じゃ太刀打ちできないんじゃ」
「あー、そこはチームを組んでもらうことになっている、例えば銀2級冒険者だけで組むなら基本4人組になってもらう。」
「それで勝てるんですか?」
「勝てはしないかもだが、負けもしないって読みだな、4人もいりゃ誰かは逃げ切って情報を伝える。今この体制下で位置が分かれば残りの全員で潰せるからな、相手も逃げに徹するさ。頼るのも癪だがな…俺のよくあたる勘だよ…」
「モヤシさんは有事の際のチーム編成を担当されているんです」
とラステネさんが補足してくれる。
こういう対処もこれまでの功績に入っているのだろう。そりゃ国からも重宝されるわけだ。
「最適なチームは1人の強い異能者にも勝るってことか…面白いねふぇると君」
「ええ…あ、それで俺たちは?」
「お前らは……二人で十分だろう。問題なさそうか」
「ないだろうねぇ…彼の治癒を見ただろう?
切り傷刺し傷のたぐいは相性がいいんだよ」
「なるほどな…そういうことにしておこう。
ただ注意はしろよ13年前の事件の犯人かもしれねえからな」
「13年前の事件…ですか?」
「そうか、お前らは知らねえか13年前にも女性が連続で殺される事件があったんだよ。犯人は目撃者を全員殺してやがるいかれ野郎だ…手練れもやられて犯人は掴まらずじまいってんだからたまんねえよ」
「…」
「ま、共通点は女を中心に多数殺して回ってるところぐらいだが…この平和な街でそうぽいぽいと連続殺傷事件が起こってたまるかって言えなくもねえからよ」
廊下の曲がり角で”少年”とぶつかった。
普段なら抱きかかえでもすればいいのだけれど
胸で受け止める形になってしまった。
そう。両手は飲み物と食事の乗った皿で埋まってたから
仕方がなかった。
白くふんわりやわらかそうな髪質は、綿のようで。
雰囲気を含めて動物で言うなら羊…だろうか。
しばらくして、顔を真っ赤にして
すみませんと謝る少年は可愛かった。
そして、ぶつかったお詫びと言って皿に乗った肉を私は差し出す。
菜食主義ってわけではないが、肉は嫌いなのだ。
今日は忙しかったので同僚が適当に見繕ってくれたのだが、
すまん。私だけでは捨てるしかない。
そう思っていたところ。
私、ラッキー。
少年と別れ、休憩室で私は長いつけ耳を外す。
ぴょこという感じで耳が自由になる。
果物をつまみながら、ひとりごちる。
なぜ、私は勇者を探す任務でバイトをしているのか、と。
まぁ…魔王様の命なわけだが…。謎だ。
私の名はゼンブレム、魔王軍四天王の一人である。
任務なら従うが、小声で愚痴るぐらいはいいだろう。
私はぶどうを一粒とり皿の上で転がす。
なんてことのない手遊びだ。意味なんてない。
こんなところで勇者に会うわけもないだろうにと呟いて、
私はぶどうを口の中に放り込む。
席に戻ると、アガツミがすっかりできあがっていた。
「この浮気者が~むにゃむにゃ…」
またなぜか、席を外していた間のことが微妙にバレていた。
いつものことなので、驚きというよりかは凄いなとか呆れという感情のほうが強い。
まぁ…、確かにとても綺麗な方だった。
美しいというより、凛々しいという表現が似合うだろうか。
目は冷たく澄んでいて、
視線が吸い寄せられ思わず動けなくなってしまうような…。
ちゅー
うん?気づけばアガツミがストローで酒を飲んでいた。
自分でグラスを持てないので、底の浅いコップにストローを使って飲む形式になるのだ。
「ああ、もう既にこんなに酔ってるのに。飲みすぎですって…!」
ラステネさんも止めてくれようと…
「あらあら…」
ほらたしなめてくれて…
「波立つ…」
「あ、これラステネさんも酔ってるし、何故かまずい酔い方な気がする!!!」
モヤシさんのほうを見たら寝ているし、さてはなんならアンタ達二人で飲みまくってたな!
結局、俺がアガツミの介抱をし、起きたモヤシさんがラステネさんの介抱をする構図となってその日は解散となった。
帰り際「植物と火」とモヤシさんに言われた。なんでも幸運にあやかれるワードらしかった。彼のいうことだしっかりと覚えることにしよう。




