シドク
宿は街の端の方に南区にあった。
今時少し珍しい、石と木、土がメインとなった建物でありどことなく異国情緒を漂わせる作りで、
思わず胸がわくわくする。
後で聞いたところ、何代か前の婿が東方の島国の生まれで設計士をしていたとのことだった。
その後、改築を経て今の形となったんだとか。
大きな木の門をくぐり、ちょっとした庭園を抜け、池にかかる石橋を渡る。
想像以上にいい宿だ。
確かに、これほどの歴史を感じる宿屋であれば昔からの女将修行である宿待ちを続けているというのも頷ける。
宿につくと、従業員の方が出迎えてくれた。
施設の案内をしてくれるということだったが、せっかくなのでユキちゃんに施設の案内を頼むことにした。
しばらく滞在することもあり、それなりの額の支払いを終え(ユキちゃんの紹介ということで割り引いてくれたようではあった)
部屋と風呂、食事について説明を受ける。
一応ということで、従業員の方についてこられたが、
どうやらユキちゃんの説明は及第点をもらえたらしく、追加での説明は特になかった。
なんとなく従業員が出てきたときユキちゃんの元気がなくなった気がしたが、
生き生きと説明するユキちゃんを見ると、何を思ったかよくわかった。
彼女は早く一人前と認められたいのだ。
小さい体からは、この宿が好きという気持ちが伝わってくる。
それだけでも、この宿に来て良かった。
ユキちゃんと関わることでアガツミにも何かしらの影響があるかもしれない。
ユキちゃんに礼を言い、今日はここでお別れを告げる。
四六時中一緒だったアガツミを置いて、アガツミに館内をぶらぶら適当に周ってくると伝え部屋を出た。
たまには一人の時間も欲しい。
食事の時間まではまだしばらくありそうだ。
さて。さっきは通り過ぎるだけであまり見れなかった庭でも見てこようか、
そんなことを思いながら歩いていると庭に面する縁側に座り
肩が少し見えるくらいにゆるく浴衣を着て紫煙をくゆらす女性がいた。
髪は赤みがかった黒髪で闇夜に灯るランプを思わせた。
すらっとした右脚をたて、胡坐の様な体制で座っている様は灯りで照らされた庭園と相まって絵画のように様になっていた。
「お?」と彼女がこちら気づいて振り返る。
手元の提燈の明かりに照らされて真っ白な肌が映し出される。
「キョンシー…?」
思わぬ出会いに声が漏れる。
異種族国家の中で最も多い種族は人であり、それに続き各獣人族、
そしてドワーフやエルフなどの有名種族が続く。
そしてキョンシーはかなり少ない部類にあたる。“本物”を見たのは初めてだった。
女性も気づいたのだろう。
「おおっ、珍しいね同族とは、私も村の外であったのは数年ぶりかな。」
女性が八重歯を出し、ニカッと笑って見せ手招きする。
有無を言わせぬその笑顔。
誰かさんとは姿かたちは全然違うのだが、既視感が凄い。
俺は手招きされるがままに女性の横に座る
「君なんていうの?」
「ふぇると…です」
「へー、柔らかくて温かそうな名前だ。私はシドク。タチバナ・シドクだ。数少ない同族にこんなところで会うとは思わなかったなぁ…」
俺が純正のキョンシーでないと見破られるかと少し心配したが杞憂だったらしい。
正直、本物のキョンシーと話す機会なんてそうはない。
ここは、貴重な機会だと思って話を楽しもう。
「はー!旅でね。いいね、歳いくつ?」
「15歳くらいです。」
「おお見た目通りなんだ。私は26歳だからねシドク姉さんとか呼んでくれてもいいんだよ」
「あはは、かっこいいですね」
「そう、ありがと。でも、少年だってこの街について冒険者登録をした当日にこんな高い宿泊まるなんてとがったことしてるじゃないか?…あれっ?ていうか少年一人?」
「あ、いえ、俺、いえ自分はその…師匠のような人ときているというか。」
「ふーん、あ、女の子?」
「あ…はい。そうです…。」
「へぇ~やるねえ」
「えっと…シドクさんこそこんな良い宿普段から泊まっているんですか?」
「ん?あーそうだなぁ、旅館の女将と旧友でさ。ちょっと安めに借りてるんだ。私は商人だからだいたい3カ月ぐらい滞在して他の街に行くの。」
「へぇ、なんだかかっこいいですね。…どんなものを扱ってるんです?」
「変わったもの…かな。あと煙草。」
「変わったものと…煙草」
「そっ、煙草は趣味でね。良い煙草があると買って、次の街で親しくなった人に冗談めかして売るんだ。で、一緒に煙草吸って友達になる。ま、商人である私の、特に意味のないセンチメンタルだよ。…少年はどうする?15歳で成人したばかり…そんな強いものじゃないほうがいいかな…あっこれがいいかな、薬効がある」
「値段はいくらぐらいで…?」
「1本なら大銅貨1枚、箱なら大銅貨8枚だね」
俺は銀貨1枚を渡し、一箱貰う。
「はい。おつりの金貨200枚」
「ふふ…なんか増えちゃってますね。」
「くく…ですねぇ。火ぃつけちゃうね?」
シドクさんが渡したばかりの箱から煙草一本取りだすと人差し指で煙草の口をなぞる。
妙な感覚がして無意識に口から言葉がこぼれた。
「異能…?」
「…ああ、そうだね」
「なぜ、わざわざ魔法でなく?」
火が付いた煙草を受け取りながら尋ねた。
「…ああ、…こっちのが美味しいんだよ」
「へぇ。そんなもんですか」
「あと…かっこいいだろう?」
「…えぇ。確かに、最高です。」
「そりゃよかった」と言って自分の分も取り出し火をつけ、ふぅ…と美味しそうに紫煙をくゆらすシドク。
「…君は、口だけで吸うといいよ。」
「口だけ?」
「肺まで吸ってしまうのは初めての子には辛いからね。」
シドクさんに教わり、吸った煙草は、美味しいという表現かはわからなかったけど
芳しい香りがした。
口の中の息を吐くと、残る甘さと渋さを感じる。
そして、自分の存在がなんとなく鮮明になる気がした。
吸い終わった後の「これで私たちは友達だ」というシドクさんの言葉が
たまらなく男心をくすぐった。
二人並んで煙草を吸って話した。それだけといえば、それだけの時間。
聞けば、部屋は近くらしく、談笑しながら部屋に帰る。
部屋の前までついて
じゃあここでと、お別れしようとしたとき
部屋から出てきたのは”五体満足”のアガツミ。
「っ!」
「す…凄い美人さんだね。もしかして話に聞いてたお師匠様かな?」
「…あっ、はいそうです。ええと、アガツミ、こちらキョンシーで商人のシドクさんです。さきほど友人になりました」
やましいことはないのに…凄まじい圧に冷や汗がとまらない。
あと、なぜだか手足が生えている…嫌になって、封印を解いてしまったのだろうか
ということは勇者の異能が完全な状態ということ…まずい。
何か起こらせることでもしただろうか。
「ふーん友人ね…。ちょっと目を離した隙に、こんな可愛くて厄介そうな女の子引っかけてくるなんて、君も隅に置けないね」
シドクさんに目をやると、年上の威厳を見せようという感じだろうかなんとか震えながらも立っていた。
伊達じゃないのだ。この尋常でないプレッシャーの中で動ける彼女は尊敬するに値する。
そんな目線を向けていると、崩れ落ちそうなほどに重いプレッシャーがさらに重くなる。
そんな中、シドクさんが口を開いた。丁寧にかつこの場を離れるための言葉を紡ぐ。
「私はシドクと申します。各地の珍しい薬や術具等を取り扱っております。興味がもしありましたら、私もしばらく滞在しておりますのでお声がけください。では、今日は遅いのでこれで…」
プレッシャーが消え、あたかも何事もなかったかのような佇まいでアガツミが応える。
「…ふっ…そんなにかしこまらないでいいよ、なに、ちょっとうちの子の友達がどんな子なのか気になっただけさ。また遊んでくれ」
部屋に戻ってから、アガツミを問う。
「ちょっと急に何ですか…それにその恰好もどうしたんです!?」
「術で編んでるだけで、勇者の体は首だけだよ。封印は解いてないから安心してくれたまえ。」
「いいんですか?シドクさんに次、首だけの姿を見られたら驚かれちゃいますよ。」
「あー考えてなかったよ。ただ、戦闘になるかもしれないと考えたらあの体じゃ動きにくいからね。」
「戦闘…あなたが…?首だけでも十分では?」
「あの子…シドク君だっけ、まぁまぁいや…かなりのな手練れだよ…なんで始まりの街に、こんな子がいるのやら。超級…あるいは特級かもね…」
「特級って…でも。そんな悪い人ではなさそうでしたけど…。」
「うーん?そうかい、そういえば友達とか言ってたね。この短時間で、あんな手練れと仲良くなるなんて君はもってるのかなにかにつかれているのか…君と今後も会う可能性があることを考えると…やっぱり、ちょっとお風呂ついでに話をしてくるとするか。君は先に寝ていてくれ」
「あっ、ちょっと…行ってしまった。」
アガツミは小走りにシドクさんを追いかけて行ってしまった。
過激なことにならなければいいけれど。
ところは風呂、私は首までとっぷりと湯につかっていた。
まぁ今の私は首しかないんだけどさ。ははは。
これ最近ふぇると君、愛想笑いもしてくれないんだよなぁ…。
檜の匂いが湯気にくゆってなんとも楽しい気分だ。
「ってことで、アガツミさんはふぇると…さんが心配で私の部屋まで来たということで
…ってあの…聞いていらっしゃいます?」
「ああ…いい湯だよ」
私はキョンシー君と風呂に入っていた。
彼女の部屋を訪れ、小さめの風呂を貸し切った。
適当な返事をしながら湯の揺らぎを感じる。
風呂はいい。…心を緩める。心なしか彼女の口調も砕けてきたようでなにより。
後頭部には柔らかく大きな胸。しなやかな腕に抱えられるというのも悪くはないが…
彼の腕に抱えられ洗われたことを思い出す。
あれは出発前、かなり前のことだ。あれはよかった…
「色々聞きたいことがあるんですけど…その、なぜさっきまで体があったのに首だけなのかとか…」
温かな思考から呼び起され、若干の苛立ちを覚える。
そして、彼女からうかがえるのは焦りや怯え。
ああ…なんと無粋な。
私は、雑に投げかける。
「なんで、異能の事がバレたのかとかかい?」
「っ...やはり…気づいていたんですね…」
「こんな街で「変移」なんざいたら目立つだろう。ふぇると君からした煙草の匂いがしたから、大方火をつけるのに使ったんだろうけどさ。術式が独特過ぎるんだよ。…ふぇると君と仲良くなるのにも使ったりしたんじゃないだろうね」
「術式……そんなありえない!発動からどれだけ時間が経ってると…」
「響くよ」
「……彼には使ってません。力の使い方は弁えているつもりです」
「ふーん。まあどっちにせよ体に聞くからいいんだけどさ…」
「なっ、体って何を。あれ体がまた戻って!?何をっ…」
んー。彼女はだいぶ想像力が豊かなようだ。
まぁ…私にその気はないが意趣返しのようなものだ、勘違いさせたままにしておこう。
「ふぇると君の友達になるからにはどういう子か知っておかないとね。大丈夫、湯に落ちる水滴の音でも聞いていたまえ」
彼女を抱擁するように体を重ねる。
「ぇ…かっ体が沈んで…」
そして、私の中に取り込んでいく、ほとんど崩れるように同化して、彼女の記憶をとっぷりと覗く。
彼女はまどろみの中。
…ちょっと。この顔は彼には見せられないな。
とろっとろだ。
「ぁ…」
「ふぅ…よし、もういいよ。へぇ。中々面白いことしてるじゃないか。魔王国の人間か…」
「…大義、は、あります…」
彼女はまどろみの中で応える。おお...体は溶け、自我もほぼ溶けたこの状態で受け答えね。
こりゃ大したことで。
「プロテクトがかかってあまり見られないか。まあいいさ、彼の身に何も起こらなければ私も深くは関与しない。」
「あな…たは……いった…い…?」
おや、まだ口が回るか。さすがは単独で任されているだけある、か。
「さぁね。君たちが探している「勇者」というやつかもしれない。」
「なっ」
ああ。意識をもどした。なかなか可愛げのある子じゃないか。
…殺してしまうのはちょっと勿体ないか。
「さぁ、もう眠りなよ。後は私が何とかしておく。君は忘れるんだ。使命も忘れてしまった方がいい。きっと楽になる。君は、風呂が気持ちよかったせいで苦しい事、辛かったことを忘れてしまう。…よくあることだよ。」
「ひっ…」
彼女は最期、子供に戻ったかのようななんとも幼い表情をした。
記憶が溶けていく中で幼い頃の記憶と混濁しているのか。
それとも恐怖というのは人を幼く見せるのか。
大丈夫、忘れてしまえば、つらいことは何もない。
大丈夫、それどころか、君には何もなくなる。
過去も、今も、未来も。
大丈夫、君の人生は終わりまたここから始まる。
それは、君としてではないかもしれないけど。
ただいま。と私は小さく呟きながら、
部屋に戻る。
言いつけ通り、寝ているね。
「君は私が守るからね」
私は彼の頭をなでると、
”いつも通り”彼のそばで首を転がした。




