宿待ち
「あの…よかったらうちの宿にいらっしゃいませんか?」
戦いの後、ラステネさんから事後処理について説明を受けていた。
壁の補修は、敗者の義務の旨であることや、
勝者には酒場のサービス券が渡される旨を聞いた。
こういった争いは、ギルドとしては適度なガス抜きになったり、技術の向上につながるとかで、良いものととらえられているらしい。
(もちろん過度な攻撃はしないなど、一定のルールが守られている形であればだが)
かと言って、過度な褒賞を与えると度が過ぎるものが出てきかねないため、このぐらいが妥当だと落ち着いたんだとか。
そんな時、ある一人の少女が声をかけてきた。
「あの…よかったらうちの宿にいらっしゃいませんか?」と…
歳は、俺より4、5歳ほど下だろうか。
手を伸ばす、その姿はフレンドリーに捉えられるようなものである一方
声は固く、表情は眉間にしわが寄っており、睨みつけるようで。
なんとなしに、握手をしてみた。
「っ!やった!!」
途端に、顔を上気させ、表情が明るくなる少女。
その表情の変わりようは、
重く暗い夜に一気に星が宿ったかのようで。
アガツミに慣れていたから、すぐには気づかなかったが
整った面立ちをしている。クールな目つきが特徴的だ。
ただ、緊張が彼女を冷たく感じさせていたのだろう。
今の頬をほころばせる彼女は、年相応の可愛らしさを備えた女の子だと思わせた。
緊張していたのか?…ん?宿?
周りを見るとパチパチと拍手する冒険者たち。
「良かったな」「やったじゃねえか」
顔なじみらしく愛されているようだ…さっするに彼女は宿屋の女の子といったところか。
「なんだい君は?」
アガツミが声をかける。こころなしか不機嫌そうだ。
きょろきょろと見まわした後、首だけのアガツミをみてビクッとする少女。
目に涙がにじんでいる。
しかし、ぐっと持ち直して挨拶をした。
「…いきなり声をおかけしてしまい失礼いたしました。私はこの街の宿屋の娘ユキと申します。う、腕の立つ冒険者とお見受けしまして、ぜひうちの宿に泊まっていただきたいと」
平気そうな顔にギュッと握りしめた拳。
おおっ…それなりのショックだったろうに耐えて話している。健気だ…
「ふぅん?宿屋ねえ…私達が泊まるにふさわしい宿なんだろうねえ」
険悪な雰囲気を周りの冒険者たちが見守る。俺も一緒になって見守る。
「も、もちろんでございます。うちは代々この街で宿屋をしておりまして、長い歴史がございます。料金は…少し高いかもしれませんが、割引をさせていただきます」
「金額は問題じゃあないさ、うまい飯に、いい寝床、それにわかっているだろうねえ…?」
なんだ?と騒ぎ立てる冒険者たち?
「女か?」「いやいや嬢ちゃんだぞ、男だろ。」「馬鹿どうやってあの体でヤるんだよ。」
話が下衆すぎる。
「「「まさか、首の下が感じるのか!?」」」
あいつらは後で、ぶっ飛ばそう。
ハッとする少女。にまにまと楽しそうになる。おおっ、この偏屈なアガツミと何かこの時間で短時間で通じ合える点があったらしい。
「…もちろんでございます」
「いいだろう…偽りはなさそうだ」
なんだろう、トイレとかかな!
アガツミにそう聞いたら、見えない力でぶっ飛ばされた。
急に床にたたきつけられたからラステネさんとモヤシさんに驚かれた。
「もうふぇると君はデリカシーないんだから、勇者はトイレにはいかないんだよ」
と言われたりもした。
ああ。そういえば…確かにあなたはマジでいかないんでしたね。
「ユキちゃんは宿待ちなんだよ」
「宿待ち?」
アガツミとラステネさんとユキちゃんが何かしらを話している間
モヤシさんが話をしてくれた。
「ああ…ただの宿の営業じゃないぞ。
宿屋の子が将来見込みのある冒険者を誘うんだ。
それでその宿は有名な冒険者が泊まったと有名になり、客がたくさん来る。
観光客たちも有名な誰彼にあやかって旅の幸運を祈願したりする。
商人たちは、そういう宿に泊まる腕利き冒険者とつながりを持てるかもしれねえ。
実際はそういう冒険者とは泊まる場所が違うから、会えるかは運しだいって感じだがな。」
えらく詳しく事情を知っているようだ。…ああ。
「もしかしてモヤシさんも…」
「まぁ…、これでも一応エースだからな。俺が泊まれたのは冒険家業を始めて2年目だったから…お前らはすげえぞ」
「そんな、たまたまですよ」
「いや違うね。言っただろ宿待ちっていうのは単なる宿の営業じゃないって。
今は廃れかけている慣習さ。
ユキちゃんとこはそれを、女将修行としてやっている街一番の歴史ある宿屋だ。
小さい頃からギルドに通っている。冒険者を見る目は確かな子だよ。」
「へぇ……えっと今も小さいですけど」
「まぁ…それは否定しねえが。凄いんだぜ本当に。彼女は家を継ぐ気なんだが、冒険者ギルドはその目を買ってなんども彼女をスカウトしていてなぁ…今は、冒険者ギルドで宿待ちを認めることを条件に、時々ギルドの仕事を手伝ってもらってんだ…」
「へえ…なるほどだから…」
「うん?」
「こんな馴染んでるんですね。」
ユキちゃんはアガツミとラステネさんと話している間にも冒険者から元気かと声をかけられたり、
この間は助かったよなんて礼を言われたりしていた。
「ああ…昔、俺やベテランのやつに念のためについていったほうがいいと懇願してきたことがあってな。
言ってもそんな見ず知らずの他人のためにだぜ、それも危険なんざ日常茶飯事の冒険稼業に…ただな」
「ただ…?」
「淡々と理由を述べるんだ、舌足らずなその口で、今思えばあれは彼女の必死だったんだろうさ。
彼はこういった症状が出ていた恐らく昨日は遅くまで飲んでいただの、彼女は利き手を痛めている…あのパーティの経済状況からあの依頼に必須な量の薬を用意できているとは思えないだのな…」
「それが、当たってたと」
「ああ、念のため見に行ったよ。俺がいかなきゃ戦力と薬が足らなくて、あわや瀕死の状態だっただろうな。死人も出たかもしれん。これが数回どころの話じゃなく、まぁ当たってなあ…彼女に命を救われたやつも多いんだ」
「最初は、にらみつけられているのかと思いました」
「不愛想だったろう?俺も思った…だけど話してみたら、根っこはまじめで優しい緊張しいな、年相応の女の子だった…。あれは目を凝らしてみてるのさ。そして笑った顔は……」
「とても可愛い…」
「くっはは、わかってるじゃねえか!…いい湯に旨い飯。良い宿だぞ、楽しんで来い!」




