冒険者ギルド
「ここがギルド…ですか?」
石畳の道をしばらく歩くと、趣のある古びた建物に着いた。
「意外と小さいね」
「ふふ…皆さんそうおっしゃいます」
ラステネさんに続いて中に入る。
「はじめて訪れる人という注がつきますけどね」
「えっ…!」
「わ~ぉ…」
分厚い扉を開けると、
橙に煌めく装飾灯、敷かれた真っ赤な絨毯。
らせん状に上下に伸びる階段。
飾られた数々の表彰や旗。
冒険者ギルドを象徴するたくさんの依頼書がピンで留められた掲示板。
そして、さすがは異種族国家の最初の冒険者ギルド。様々な人種でごった返している。
外から見た建物の大きさに対して考えるならば、明らかに広すぎる。
一瞬、自分の中の感覚が狂ったかのような妙な感じだ。
ただ、上下に広がるギルドの様子、ところどころ壁に見られる通気口のようなものをみて状況を把握する。
腕の中のアガツミも気づいたようで。
「地下構造か…」
「ええ…、数十年前にうちのギルド長が設計したそうです。さて…、私はギルド長にヒトノミ狼の件を報告しなければなりません。レーゼ…同僚の者から冒険者ギルドについて説明をさせていただくこともできますが…、報酬とは別にお食事の振舞いなどは許されるかと思いますので、お待ちいただく間食堂の方でお食事などはいかかでしょうか?」
「ありがたいです…」
心からの声がでた。
ここ数ヶ月は外で調理する関係上、短時間でかつ焚火で作れる簡単な物しか口に入れていない。
塩で味付けした肉、塩コショウで味付けした肉。
塩と肉と野草のスープ。塩コショウで味付けした肉と野草の…
と飽き飽きしたメニューを振り返る。
旅に出て初めて気づいたが、調理環境というのはかなり大事だったのだなと思わされた。
ラステネさんが名物料理の説明をしてくれて…
「ん?…」
アガツミも同じはずだがと気になり…妙に静かなアガツミに目をやると、神妙な顔をしている。
いつも通りの整った面立ち。
そして、艶々とした唇の端からは涎がだらだらと…
「……アガツミが限界みたいなので、早く食堂に…」
そこに身のこなし鮮やかに男が駆け寄ってくる。
「ラステネさん!!…ご無事でしたかっ!!…お怪我はっ?」
焦って寄ってきた割に、歩幅は一定、重心は乱れることなく…只者ではなさそうだ。
「あら、モヤシさん!ん、コホン…はい、この方たちに助けられまして」
「よかった…本当に…。あ、こりゃ…、失礼。新入りだよな…?
俺は、ダヴィ・モヤシ。一応、このギルドでエースをやらせてもらっている。ウチのお転婆を救っていただき心から感謝する。」
「あら、お転婆は酷いです」
「いや…お転婆でしたね」
「お転婆だったな」
「なんと!?」
「で…この人に…怪我は?」
「ああ…あったが、ウチのふぇると君がすでに治癒済みだ。処置は必要ないよ。」
「それは、よかった…以前も無茶をしたことがあってなぁ…あんときは随分肝を冷やしたもんだ…」
「無茶はしてました」
「あ、やっぱり?どんな感じに…」
「自分で肩の肉を削いだと言っていた」
「あんた何してんだ!?こら…ラ・ス・テ・ネ、さ~ん…?目をそらさないでください!今日という今日はしっかり話、聞かせてもらいますからね!」
「あはは…ぁ、私は報告があるので、モヤシさんは~食堂まで彼女達をお願いしま~す」
「あっ、待ってください!っ行ってしまった…」
「お転婆娘だねえ」
「お転婆ですねー」
「はは…まぁ、無事だっただけ本当に良かった。貴方たちには改めてお礼をって…そういえばさっきからもう一人の女性の姿が声だけで見えないが…?」
「ここだよ」
「……おぉあっ!?なっ、生首っ!?」
「いやぁ、さっきはすまなかった。驚いたりなんかして」
そう謝ったモヤシさんに連れられ食堂まで案内されることとなった。
道すがら、周りを見回し足を進める。
さすがは異種族国家、冒険者ギルドはいろいろな人種でごった返していた。
人間、獣人、羊狼族、スライム種、翼人、沼竜種、小人族、妖精種、オーク族…
ベテランといった強面の面々に交じって
ちらちら明らかに新人だろうというようなどこか頼りなさげな風貌の冒険者が見られる。
新人に寛容な文化があるのだろう。
不躾にこちらが物珍しさでジロジロと見まわっても素知らぬ顔をしたり、中にはニヤッと笑ったり軽く会釈してくれる方もいた。
腕の中のアガツミが何気ない感じでモヤシさんに尋ねる。
「…これだけ変わった建築だ。ギルド長君はドワーフかい?」
「おう、嬢ちゃん勘がいいな、正解だ。
なんでも昔、地殻変動でギルドが倒壊してな。
随分と今のギルド長がはりきったそうだ。若くしてギルド長になったから、建築に関わる機会を無かったたんだとかでな」
「ドワーフ」数多ある種族の中でも最も有名な種族の1つである。
不思議なもので、ドワーフといえば皆一様に、鍛冶や建築などの技術に長けている。
もちろん、鍛錬を重ねた分だけの違いは生まれるが、何かにつけてやはり種族ごとの得意不得意の差は激しい。
ただ…、その生まれ持っての高い技術故か、
その手によって生まれるのは、一癖、二癖あるものが多い。
なるほど…、確かにこれだけ変わったつくりだ。
この建築もドワーフの手によるものだという説明には納得がいく。
「ほんとに驚きましたよ…入ったら全然外観からは想像しえない空間があったんですから」
「あぁ…私は、お腹が減ったよ。…ふっ、まぁ私に腹はないがね」
「はいはい…聞き飽きましたよ…それ。あと、全然話聞いてませんよね?」
「はは…首の嬢ちゃんは首だけだからな、確かに上手いことを言う」
「ふむ…君もなかなか洒落がわかってるじゃないか、さすがにいい勘をしてるだけあるねえ」
「は…?。くっくく、どういう勘の良さだ。まったく敵わねぇな。」
「それはどういう?」
「あんまり自分からは言わないんだがまぁいいか、俺の家系は代々、占い師の家系なんだよ。しがらみが嫌で出ちまったがな、全くどこで気づいたんだか。」
「アガツミ……」
「なにも異能を使ったわけじゃないさ。匂いがね。わかる人にはわかるさ」
「匂い…?」
「アガツミは、薬に詳しいので…」
「ああ…それでか」
「呪術系に使われる香薬の匂いがした、あとは鎌かけだ。」
「だぁっ、やられたぜ…。まぁ、知ってるやつもいるからいいんだけどよぉ。う~ん。借りはいつか返す!!」
モヤシさんがそういったのが俺に早速返ってきたわけではないだろうが
「うぁっ…」
よそ見をしていたためか、壁にぶつかったかのような衝撃を受ける。
咄嗟に衝撃を受け流し、アガツミにダメージがいかないようにしたところで体勢が崩れ、
転ぶ…と思った瞬間抱きかかえられた。
「あ…ありがとうございます」
見上げるその背丈は3メドルはあるだろうか
顔見知りだったようでモヤシさんが気軽な感じで話しかける。
「おっ…て言ってるうちに着いたな、アーデガルド、客人だ。ウチのお転婆の命を救ってくれた。お代はギルド持ちなんでも好きなだけ食わせてやってくれ、あと俺もついでにな」
「ああ…?承知した…。…お前のは魚の骨のスープで十分だな。あとラステネの奴には、”わっか”でも早いとこつけとくんだな、多少は大人しくなる」
「もう少しいいもん食わせてくれよぉ……あと、犬扱いは酷くねえか?」
「してねえよ、ウスノロが…」
「あっ、お前それ、巨人族的には結構な侮辱じゃねえかっ!」
「?」
「あー…」
アガツミはぴんと来ていないようだが、ラステネさんとモヤシさんの仲睦まじい様子を見るに、そういう意味合いなのだろう
”大切な女なら目を離すな”と。わっかというのも指につける類のものをいったのだろう。
その巨躯に似合わずというと失礼かもしれないが、なかなかに小洒落た言い回しをする。
「ふん…。少年と……おおぉおおおおお⁉いや、なんでもない…お、お嬢ちゃんよ。うちのお転婆を救ってくれて感謝する。俺はアーデガルド、今日はたまたま手伝いで働いてるが、大抵は夜の酒場で働いてる。気が向いたらくるといい、サービスしよう。」
気になってこしょこしょと聞いてみる。
「あはは…あの、ラステネさんって…もしかして」
「少なくともアイツらの前で飲むコーヒーには砂糖がいらんな…実際二人がどういう気かは知らんが、傍からみたらまだくっついてねえのかお前らってのが正直なところだ」
「「おー…」」
どうやらアガツミも二人の関係性について考えに至ったらしい。
恋愛初心者のこちら二人でなんだかやたらと感心してしまった。
「そんな深く感心する話でもねえけどな、ふっ、見た目通りに変わった奴らだな。ま、俺もそういう話は嫌いじゃないがよ…。旅明けなんだろう。さ、うちの食堂にゃ、なんでもそろってる。好きなもんを好きなだけ食わせてやる。異種族国家、最古の冒険者ギルドの食堂は伊達じゃねえぞ。」
「…あぁ…このぐにょっとしてもちょっとしたのがたまらないねぇ…」
「ええ…!俺たちは侮っていたのかもしれません…さすが最初に創設されたギルドです。歴史の重みを感じます。もぐもぐ…あっ、アガツミっ!こっちのこりっとしてパリッもちょっとしたこっちもなかなかいけますふぉお!」
「あー」
アガツミが餌を待つヒナのように口を開ける。
たとえ首だけであっても、そして尚控えめに言っても、アガツミは絶世の美女である。
最初のうちは無防備に口を開け、食を待つその姿に保護欲だとか、稚さだとか…場合によっては、艶めかしいとか全くよぎらないとは思わなくもなかったが……
「はい、こぼさないでくださいよー」
今ではもう慣れっこである。旅の途中で慣れさせられたとも言えなくもない。
「んむ…むっ、これも…なかなか。次はあっちが食べたいぞ!!」
「はいはい、あ~ん」
そんなことをやってくると気づけば、一般人よりも幾分か筋肉が隆起した男達に囲まれていた。
「おーいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!!食堂はイチャイチャするところじゃねえぜお二人さんよお、ああん?見ねえ顔だな新人かぁ!?猶更許せねえよなぁ!!」
黒髪のモヒカンを携えた男が近づいてくる。
冒険者…だろうか?他の者と比べてその筋肉は隆起しており、一定以上の実力を感じさせる。
続いて現れるは、赤髪モヒカン、袖のない服に筋肉がみっちりと密着しており、暑苦しい。
さらに訳知り顔の眼鏡をかけた細身の青髪モヒカンが、赤モヒの右横に立ち、うっとうしく眼鏡を押し上げる。
そして、にこにこ顔の長身な金髪モヒカンが赤モヒの左横に立ち、…胡散臭げに微笑み何も言わない。
「えぇっと、俺達に何か…」
「ふぅん、やっぱり見ねえ顔だなぁ…まぁいい、俺様はだなぁ…」
「おい、ふぇるとくん、こっちもだ!」
「はいはい。どうぞ。あーんしてください」
「あむ…うむ、こちらもうまい‼」
「くそがぁあああああああああああ!!!!!!!!!」
目が血走り、尋常な様子で血涙でも流さんばかりに叫ぶ男。
実際には目の端にきれいな涙がにじんでいた。
ええと…このテンションはなんだ。薬でもやっているのか…都会は恐るべし…
そして噛みしめるように続けていった。小声である。
「なんて羨ましぃ…!!!」
「うん…?」
「あーあ、あいつら終わったぜ。ザンの兄貴は女の子に振られ振られて99連敗、目の前でお口あーんなんかされた日には堪忍袋の緒が切れるってもんよ」
「あー…そんな風に言われたらよぉ…久しぶりにキレちまったぜ…温厚な俺を怒らせるとはてめえ大したもんだ」
「いや、俺はなにも言ってないんだけ…」
「だけど、ただじゃぁ済むと思ってないよなぁ!!!!」
「ひょ~、ザンの兄貴の極悪な腕っぷしが火を噴くぜぇ!!」
「おいやめろよ照れるだろ。」
「ひゅ~、新人に対しての容赦なさ、ザン兄貴のえっと…残虐非道!?」
「おいそれはやめろよ…ちょっとなんか違うし~…傷つくだろぉ!?」
仲良さげである。
周りの冒険者もいつの間にか集まってきており、口々に騒ぎ立てる。
「お口あーんなんて伝説、小さいころに母さんが呼んでくれた絵本でしかみたことねえぜ…いや、ここは本当に現実か?夢なんだな!夢ならなぜ俺があーんをさせる側じゃねえんだ…!ちきしょぉー!!」
「さぁすったもんだ、ほんにゃらうんたらでー。はった、はった~!」
「ザンに100ベルド!」「ザンに250!」「大穴狙いで少年に25ベルドだ!!!」「さすがロベルだ…声のでかさの割に微妙な額かけやがる…」「いや逆にロベルが賭けるぐらいだ、こりゃあるかもしれねえ…」
「モテる男は死ね」「まてお前、まだ子どもじゃねえか大人げねえ…いやまて男の方も結構可愛い顔してるぞ…」「なに…たしかに。…ふむ。俺が色々先輩としておそ…教えてやらねば」「お前…今噛んだだけだよな…」「…ああ。もろちんだ何も言ってない」「…」
様々な声が飛び交う。
こういった喧嘩事は冒険者ギルドの花なんだとか。
そして、唐突にポーズを決め始めるザン。
「…そぉおおおおい、俺は今傷ついている。来る日も来る日も俺は、女の子に声をかけ続けた。そして今日2番通りの肉屋の看板娘カレンちゃんにも振られ!その連敗記録は99連敗にも及ぶぅ!!そう俺こそが、ダダダダダダ、極悪非道ザダン様だぁ!!!」
「ザンじゃなかったのか?」
「ザンは苗字だ。」
弟分に名字で呼ばれてんのかよ。他人行儀か。
「えっ、兄貴の名前ってザンじゃなかったのか?」「ザダンなんて初耳だぞ…」
「えっ、あいつ苗字あったのか?」「人族は苗字があるのが普通らしいぞ」「あんな奇抜な格好で人だったのか」
モヒカンたちに加え、冒険者たちもざわざわとする。ほぼみんな知らなかったらしい。
(ほぼというのは、騒ぎを聞きつけてきたらしいラステネさんが頷いていた。というかラステネさんだけしか頷いていなかった。不憫な。)
話がそれた。
「……で、ご用件は?」
問う俺。もしくは僕という人称でも構わないけれど。
気にせず、もぐもぐと食べ続けるアガツミ。
「……ああ、それは…」
ザン…いやザダンが重々しく口を開く。
そして叫んだ。
「俺だってぇ、あーんとかしたい!!!!!!!」
後にその場にいた冒険者らは、切な漢の叫びが空気を震わせ、冒険者ギルドに轟いたと語った。
「えーっと……それは俺の一存じゃないかもで…」
「私?そうだね…あ!…ふぇると君は…嫌かい?」
「…い……いえ別に。」
「…ふふ。というわけだ。私も嫌だし、彼が嫌だっていうから…しかたないな」
「………だ、そうです」
「ぐゅあっぁばぁっ。…知らないはずなのに知っているこの感じぃ…熟年夫婦ライクに漂う以心伝心具合これは…クリーンヒットと言わざるを得なあぁいいいいいいい」
そうして彼はノックアウトされ話は終わり、彼は土に還った...
とはならなかった。
アガツミの気分はころころと変わる。
「ふむ…なるほど。しかし……そうだな、ただこちらにも利はあるか。そうだな、この子と戦って勝ったなら、望むならばここにいる君達全員にあーんをさせてやってもかまわない」
「「「「「「「「よっしゃあああああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」」」
響くは轟音。見渡すはむさ苦しい筋骨隆々。毛深く傷跡のみられる男達。
うん…?なんか多いね!??
ところは変わって
場所はギルドが所有する修練場。この国では珍しいことに畳が一面に敷き詰められている。
なんでも血の気が多い冒険者たちがもめ事を起こすのは度々のことらしく、ギルドマスターがこういう時のために作っておいたらしい。事件沙汰になるようなもめ事が減ったとのことで中々好評らしかった。
「は~い。それでは私、ギルド職員のラステネが取り仕切らせていただきますよぉ~。
対戦形式は1対多数、武器の使用はなし、殺傷や大きな怪我をさせるのも禁止。
身体強化系統の異能の使用は認めます。
ザンさん達はふぇるとさん一人を無力化もしくは降伏させれば勝ち、
ふぇるとさんは全員を無力化もしくは降伏させれば勝ちとなります。また、この枠内からでても失格…ええと人が多くておさまってないので場外はなしにしましょう、ふぇるとさーん…?場外なくても大丈夫ですか?」
「ええ…」
「では、私は見てますからねぇ。じゃあ頑張ってくださーい」
ラステネさんが最後の確認をする。
「じゃあ。みなさんそろそろ始めますよぉ~?」
アガツミは、どうやら俺に対人戦をさせたかったらしい。それも複数人の。
適度な敵意と安全度、練習にはもってこい…か。
ラステネさんがこちらをみて首をかしげる。
「すみません。ラステネさん…この人をお願いします」
「はい任されました~」
「なんだか楽しそうですね」
「可愛い女の子が嫌いな女性なんていませんよ。ぎゅ~」
胸元でホールドするラステネさん。
「むぐっぷはぁ、ラステネ君っ?あんまり抱きしめられると、この君の”凶器”で私は息ができないんわけなんだが…むぐっ…」
さぁて。どうしたものか。
異能は一般的には下級、中級、上級の区分がなされる。
そして、極限られたものしか使うことがなく別格の扱いをされるものが、特級と超級である。
アガツミが俺に授けたのは超級の異能である「不死」だ。
だから、どれだけ彼らが強かろうが、俺に負けはない。
つまり、単なる俺がアガツミに求められているのは勝利ではなく、
どれだけ力を押さえて戦えるかといったところなのだろう。つまりは手加減だ。
畳部屋にはモヒカン達を含む数十名の冒険者たち。
…とはいえ、ベテラン冒険者は参加はせず物見遊山ってとこか。
大方、新人冒険者を迎える歓迎といったところか。
「では位置について、はじめ~!」
ラステネさんの間の抜けた掛け声とともに襲い掛かってくる男達。
ただ、俺の意識はアガツミとの旅の記憶にとんでいた。
「ラステネ君はふぇると君の勝ちを疑ってないみたいだけど。どうしてだい?」
「私は彼の回復魔法を見てますから。回復魔法が得意で、身体強化が苦手な人なんてよっぽどいませんから」
「ほーん、さすがギルド職員といったところだね。冒険者の実力を測るのはお手の物ってことかい…ま、彼は身体強化苦手なんだが」
「え…?」
「手加減のほうだがね」
「あー、確かに…彼らが肉塊にされては困りますね。色々と…」
「…その割には、心配してないように見えるが」
「実力を疑ってなかった一番の理由はアガツミさんがふぇると君が勝つことをひとかけらも疑ってないことですから。あっ、髪撫でてもいいですか。」
「…ふん。まぁ彼は私の弟子でもあるからね、まぁなんとかなるだろう。…あとなにが「あっ」なんだ脈絡ないだろうに……まぁ、構わんよ」
旅に出たその日の晩。
森を歩いていた俺たちは初めての魔獣に出会った。
満月熊
体長3Mにも及ぶ大型の熊であり、ある特徴から満月の名がついている。
特徴的なかぎづめで獲物の臓物を抉りぬき食らう魔物の一種である。
「あが…つ…がぁあああっっ…」
「ふぇると君、落ち着きなよ」
あくび混じりに答えるアガツミ。
俺の肢体を押し倒し、臓物を抜き取る大熊。
その名の由来は、満月の夜に活発化すること。
そして犠牲者は、まるで満月のような丸形にくり抜かれた状態で見つかること。
彼女は言った。戦ってみろと。そして言った。
「あれは1対1であれば、さして大きい熊と変わらないさ、それに君は「不死」持ちだ。怖がる必要はなにもない」と。
そして舌をペロリとして、こうも言った。
「まぁ、負けたら生きたまま臓物を抉り、すすられ続けるがな」と。
結局、俺のデビュー戦は、
時間をかけながらもなんとか十分な身体強化を行い
ムーンベアーの体をぶち抜いた。
そう、俺は死なない。
そして「不死」の異能を扱えるようになった俺は”傷つかない”
そう彼女が願ったから…
だから
ーもう怖くないー
心の中でここ一カ月唱え続けた文句を、俺は小声で唱える。
「願うは不死、我理を捨て、望みを叶えるまでは身は朽ちず」
開幕、殴りかかってきた赤髪モヒカンの攻撃を避けない。
「貰ったぁああ…は?」
勢いの乗った拳が、人に当たれば体はどの程度か衝撃を受ける
だが、俺は一歩も動かない。
「傷がつかない」ということは”当然”、拳による衝撃がないということであり、
そうなると殴ったという事実がないものとなる。
特級・超級は上級異能とはっきりとした区別がある。
上級異能までが物理干渉なのに対し、特級、超級異能は概念干渉という特徴を持つ。
簡単に言えば、特級、超級では理を捻じ曲げる”無茶苦茶”が許される。
「ううううんんんんっ」
俺の鼻の先で止まった拳を顔を真っ赤にして振り下ろそうとする。
「なんだ!?ありゃ、障壁魔法か?」
「どうすりゃいいんだよぉ!!!」
「ふっ…。初心者だな。足が止まっちまうから集団戦には向いちゃいねえ、ずっと張り続けてりゃスタミナ切れでこっちの勝ちが見えてくる。」
ちょび髭面の男がそう言ったのをきっかけに
「複数方向から殴っちまえばやれるってことか」
と殴りかかってくる冒険者たち。
「-露掬い-」
俺が旅の中で覚えた異能技である。
[-露掬い-]は、殴りかかってきた来た攻撃を受け止め、跳ね返すタイミングで攻撃に力を上乗せする。
「ぐぼげらぁっ」
「くっそ、誘いこまれたか!!」
「ほぉ、あの坊主、集団での攻撃を読んでやがった。なかなかやるじゃねえか。」
「タイミングをずらしてみるぜぇ…!?」
「!?」
「なんだ」
「…ああいや、モヒカンのくせに冷静な奴だと思ってな。すまないこれはモヒカン蔑視だったな」
「わかりゃいいんだぜぇ…俺たち冒険者の仲間じゃねえか」
「おまえ…ああ…お前らぁ!!!いくぜあの彼女持ち野郎を絶対ぶっ潰すぞぉ!!!!」
「「「「「「「「うぉおおおおおおお!!!!!」」」」」」」
「ははっ…大物じゃねえか、来たばっかでこんなに個々の冒険者に”愛されること”はよっぽどないぜ」
「あら?モヤシさんもいらっしゃったんですか?」
「そりゃあいるさ。うち一番の目利きに適った新人ときちゃあじっくりみさせてもらいますよ…見た限り立ち回りはそこまで年季が入ってるようにゃ見えねえ、短期的に磨かれたパターンってとこかねえ」
「うふふ…よく見といてくださいね。きっと…すごい冒険者になります」
「ラステネさんがそこまで…おっ。また流れが変わりそうだ。」
「俺が行くぜぃ…俺にゃ小細工は通じねえ。」
「ザンの兄貴!」「あいつも終わりだな…なんたってC級冒険者だからな」
それを聞いて俺は震える。
「C級…」
それを聞いて俺は冷たい汗が吹き出す…アガツミから聞いたことがある……
「ふっ。ビビった顔が顔に出てやがるぜ。そうだ…。C級の”隆龍筋骨”それが俺の真言よ…」
「真言…ああ、お前はそう呼んでるのか…」
「どうだ!強そうだろぉお?今なら降参で許してやってもいい」
「強いか…わかったよ…」
「おぉ…おお…賢明じゃねえか。なに俺も無理に吹っ飛ばしたいわけじゃ…」
「俺も覚悟を決める」
昔アガツミから聞いたことがあるのだ…ウルトラCってやつはなんか凄いらしい…と。
なんか凄いなら、それ相応の力を出さないとならないだろう。
「あ…おぉ…いい度胸だ…男はそうじゃねえとな。いいぜ…ぶっ飛ばしてや…」
「-露払い-」
「ぐぼぉぉおおお」
[-露払い-]は生命力を身体強化に回し、掌底で吹っ飛ばす。
「ぐぼっげらぁ」
「あれ…?」
壁にめり込むザン。両手足はハチャメチャな方向に曲がっている。
加減を少し間違えたらしい。
…本当に内部から爆散するようなことがなくてよかった。
「…まだやります?」
青モヒカン、緑モヒカン、黄モヒカンが一斉に首を振る。
おい、そこのやつしれっと見学の中に混ざってんじゃねえ…参加してたろ。
ふぅ…、どうやら終わったようだ。
”手加減をするための”異能技を使っているとはいえ、
人間相手にやるの初めてだったからな……
肉塊にならなくて本当に良かった。




