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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
野球って何だ?

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38/66

曲者(くせもの)の葵

──昼休み


いつものように、蘭子、葵、タカヤ、静香は4人で机を寄せ合って昼食を食べていた。

しかし、誰も今朝の野球の件について触れてこなかったので、痺れを切らした葵が口を開いた。

「……で、今朝の話だが……。いいのかタカヤ?」

少し同情した顔で問いかけたが、そのタカヤはいつも通りだった。

「……と言われてもな。負けたら困るが、別に勝てばいい話だろ?それに、蘭子が決めた事なら俺に反対する権利はない」

状況を理解して言っているのかよくわからないが、表情は涼しい。

「お前なぁ……。だけど、さすがに今回は勝算がないぞ?野球部に素人集団が野球の試合を挑むなんて、無謀にも程がある」

葵は置かれている状況に温度差を感じ、返事を聞いて呆れてしまった。

そんな葵の後ろ向きな発言には蘭子が答える。

「それはやってみなければわからないと思うぞ?もしかして勝つかもしれないだろ?」

蘭子のこの自信はどこから来るのだろうか……?

確かに100%負けるとは言い切れないが、普通に考えれば勝つ確率は相当低い。

そもそも、うちの学校の野球部はそこそこ強いのだ。

さすがに甲子園に出たことはないが、準々決勝くらいまでは勝ち進んでくるチームだ。

そんなチームに、さっき野球を知ったばかりの素人集団が勝負を挑むなんてどうかしている。

しかも、何故か勝てると思っている。

さすがの葵も、ここは現実を見せてあげなければいけないと思っていた。

「そもそもだな、野球ってそんな簡単なスポーツではないぞ?ルールも覚えて、それなりに練習しないと試合なんて成り立たん。それに、ウチの野球部の実力もわかってて言ってるんだろうな?」

葵は弁当箱を片付けながら異世界コンビに問いかけた。

できることなら、試合を諦めて欲しい。

このままでは、タカヤが野球部に入ることはほぼ確定だ。

タカヤは部活はやらないと言っているし、静香が言っていた通り、嫌々入部するのはお互いにメリットがない。

別に、変に気を遣わず普通に断ればいいのだ。

「……随分と知ったような口だな」

タカヤも弁当箱を片付けながら葵に返す。

「そりゃあ、俺も小学生までは少年野球チームでヒロシと一緒にやってたからな。あいつは本当にレベルが違いすぎるんだ」

葵は過去の経験を引き合いにして無謀なチャレンジだと伝えようとした。

だが、その話には蘭子が反応した。

「そうなのか!よし。経験者がいるなら心強い!」

「あの、お姫様?話聞いてたか……?」

葵の説得に全然応じないどころか、むしろ逆効果になってしまったようだ。

ガックリと項垂れる葵は、黙って話を聞いている静香に視線を向けて助けを求めた。

静香は既にお弁当を片付けており、水筒のコップでお茶を飲んでいた。

だが、この空気……、もう蘭子は止まらないと静香も思っていたようだ。

「私も……あまり気が乗らないけど……、やるしかなさそうね」

すでに諦めていた静香は苦笑いで答えるのだった。

すると、昼食を食べ終わったところを見計らったヒロシが4人の輪に入ってきた。

「蘭子ちゃん、朝の話だけど……、本当にいいの?今から部長の所に行くんだけど?」

タカヤの入部条件について、まだ半信半疑なのか少し苦笑いをしている。

それはそうだろう。

こんなに野球部に有利すぎる条件なんて嘘だと思うだろう。

「構わん!むしろわたしも一緒に行こう!ちゃんとした形で試合を申し込みたいからな!」

しかし、それが嘘ではないことを証明するように、蘭子はクリームパンの袋を小さく畳むと、意気揚々と立ち上がった。

「マジで!?助かるよ!俺1人だと部長に話しにくくて……」

ヒロシは嬉しそうに笑っているが、この条件で話しにくいとは、野球部の部長ってそんな感じの人なのだろうか?

「……はぁ。さすがにお前達2人に任せるのは心配だから……、仕方ない。俺も行く」

こうして、ヒロシ、蘭子、葵の3人が、野球部部長のところへ挨拶に行くことになった。


 

──3年A組前の廊下


「はぁ!?何言ってんだお前!?」


野球部部長の大きな声が廊下に響き渡った。

数名の生徒達がビクッとしながら通り過ぎていく。

ヒロシは、野球部部長を廊下に呼び出して事情を説明していた。

身長は180cm以上あるであろう大柄でガッチリした体格で、坊主頭だが貫禄のある顔つきをしている。

黙っているだけでも怖そうな先輩だった。

そして、部長の怒鳴り声は続く。

「俺たちは地区大会が近いんだぞ!?そんな事やって遊んでる場合か!」

ヒロシは下を向きながら、気まずそうに話を聞いていた。

 

「……おい、蘭子。あれめっちゃ怒ってるぞ。やっぱり辞めておいた方がいいんじゃないか?」

少し離れて様子を見ていた葵は、隣に居る蘭子にヒソヒソと耳打ちをした。

しかし、蘭子はニヤリと笑って「まかせろ」と言うと、ズカズカと野球部部長の元へ行ってしまった。

マジかよ……。

「野球部部長!私は1年C組の蘭子・アールバ……じゃなかった……。空風蘭子だ!タカヤを野球部に勧誘したいという話はそこの金髪から聞いている」

腰に両手を当てながらドヤ顔で会話に入っていった。

(おい!何が『まかせろ』だ!先輩なんだから敬語ぐらい使え!)

なんでこのお姫様は先輩に向かってもそんな態度なのだろうと呆れていたが、突然の乱入者に部長は少し戸惑っているようだ。

「お、おう。俺は野球部部長の神原(かんばら)だ。っていうか……、なんだこの()?風間、これはどういうことだ?」

神原部長は蘭子の勢いに乗せられて自己紹介をしてしまったが、すぐに我に返ってヒロシを問い詰めた。

「いえ……、ですから!こちらの空風蘭子ちゃんたちと試合を──」

「だから!なんでそうなるんだ!黒江タカヤを勧誘するんじゃなかったのか!?」

「待て!タカヤはそう簡単には渡さん!」

「いや……、空風さんと言ったか?君は一体何なんだ?」

「わたしは留学生だ!」

「いや……、そうじゃなくて……」

「部長!黒江タカヤを勧誘するにはこれしかないんです!」

「ぬあーーーー!お前達の話は全然わからん!!」

しかし、ヒロシ、蘭子、神原部長の三者会談は全然会話になっていなかった。

(あいつら……ったく……)

話を聞いていた葵は、やれやれと言ったように3人の会話に入っていく。

「あの、お忙しいとこすみません神原部長。俺、1年C組の三崎葵です。実はですね、ヒロシが黒江タカヤを勧誘する為に、仲の良い蘭子に焚き付けるよう頼んだみたいなんです。そしたら、蘭子が野球に興味を持ってしまって、試合をして野球部が勝ったらタカヤを野球部に入部させるって言い出しまして……」

自分でも馬鹿馬鹿しいことを言っているのは理解している。

でも、ここは自分が出て説明しないと収集がつかない気がしていた。

この2人に任せたら、多分神原部長のアイデンティティが崩壊しかねない。

「……お前ら馬鹿にしてるのか?」

ですよね。やっぱりそうなりますよね。

だが、もう後には引けなかった。

「そう思われても仕方ないと思っています。ですが、タカヤと蘭子は留学生なんです。野球を知らない国から来ていて、お誘いを受けたのでせっかくだからこの国の野球文化を勉強したいと……そう言ってまして……。こちらが負ければタカヤは野球部に入ると言っています。野球部には有利な条件かと思いますが……」

こうなったら嘘も方便だ。

葵はそれらしい理由を並べて説得することにした。

(本当はこれで交渉決裂してくれるといいんだけど……、それだとヒロシが可哀想だもんな)

気持ちこそ試合をするのは反対だが、親友が困っている姿を見るのも嫌だった葵は仕方なく蘭子の案に乗る決意をした。

「なので、ご迷惑をおかけするのは重々承知で、どうか試合を受けてもらえませんでしょうか?」

そう言って、深々と頭を下げた。

「葵……お前」

「あおい……」

何故か感動しているらしいボケボケコンビが小さく拍手をしている。

(お前ら……どんだけ説明下手なんだ……)

頭を下げながら目線だけボケボケコンビに向け、葵は呆れていた。

そして、少し考え込んでから部長は答える。

「……そういうことならわかった。だが、条件が二つある」

「……なんですか?条件って……?」

一応前向きな回答をもらったところで頭を上げた葵は、神原部長の目を見て尋ねた。

部長は一度ジッと葵の目を見ると、小さく頷いて答える。

「流石に俺たちも忙しくてな。今週末も練習試合があるし、お前達との試合は来週の日曜日にする。むしろこの日しか時間が取れない。これが一つ目だ」

よし。1週間の猶予が出来たぞ。

練習の時間は確保できそうだ。

「もうひとつは?」

葵は思ってもみなかった良い条件を提示され、少し喜びながら二つ目の条件を聞いた。

しかし、この条件は葵にとって悪い条件だった。 

「お前、三崎葵って言ったよな?小学生の時、コイツ(ヒロシ)とバッテリー組んでただろ?『曲者(くせもの)の三崎』って呼ばれてたのは知っている。だから、お前達が負けたらお前も入部しろ。それが二つ目だ」

まさかの内容に、葵は思わず目を逸らしてしまった。

(うっ……知ってたのかこの人……)

そう。実は少年野球時代にヒロシとバッテリーを組んでいた葵は、チームのエースだったヒロシを支えるキャッチャーだったのだ。

『曲者の三崎』とは、小技が得意で意表をつくリードをすることから、チームメイトがふざけて付けたあだ名だった。

だが、ヒロシの知名度と一緒にこのあだ名だけが一人歩きしてしまい、実力は平凡だがそれなりに名前だけが知られてしまった過去があった。

つまり、ただの誤解であり、部活で活躍できる程の実力は持っていないのである。

しかし、ここでそんな話をする訳にはいかなくなってしまった。

蘭子の為、ヒロシの為、友達の為に今回も腹を括るしかない。

「……わかりました。のみましょう!その条件」

葵は再び部長の目を見た。

その目は覚悟が決まった男らしい目をしている。

そんな姿を見て、葵の過去を知っているヒロシが驚いている。

「お、おい!いいのか葵?お前、部活で野球はやらないって……」

小学校を卒業する頃には、葵とヒロシの実力の差は明らかだった。

葵はそんなヒロシの邪魔にならないよう、中学に入る前に野球を辞めてしまった。

ヒロシの名前と一緒に、どうしても『曲者の三崎』が付いてまわり、現実を知った者達が失望していく様子を何度も見ていたのだ。

そんな過去を知っているヒロシは、まさか葵の入部まで条件にされるとは思わず、下を向いて言葉を失ってしまった。

「邪魔をするな風間。元はと言えばお前が撒いた種だ。仮に俺たちが負けたら、お前には黒江タカヤと三崎葵の分まで働いてもらう!いいな!」

しかし、神原部長は容赦がなかった。

実力では3年生にも負けないヒロシだが、こういった交渉は全然だめだめだった所も原因だろう。

「うげぇ……」

ヒロシは口をあんぐり開け、ゾンビみたいに項垂れている。

そんなヒロシなど目もくれず、神原部長は続ける。

「三崎。今の目はいい目をしていた。無謀な挑戦であろうとも恐れずに挑戦する勇気。俺はそれが気に入った。悪いがお前達に勝たせる訳にはいかない。手加減抜きでやらせてもらうぞ?」

神原部長の目も真剣だった。

単なるお遊びではなく、野球部として真剣勝負をしてくれるようだ。

「ありがとうございます!」

葵はその心意気を受け止め、大きな声でお辞儀をすると、目の前に差し出された神原部長の手をガッチリと握った。

すると、ここまで蚊帳の外だった蘭子が会話に入ってきた。

「かんばら部長!わたし達のわがままを聞き入れてくれて感謝する。だが、わたし達も簡単に負ける訳にはいかない。全力でやらせてもらうぞ」

ニヤリと笑って部長の顔を見る。

「フッ、言ってろ。せめてコールド負けにはなるなよ」

無邪気な蘭子の様子を見て、話はここまでと言うように神原部長は手を挙げて教室に戻っていった。



「葵、すまなかった……。思い出したくないこと思い出させちゃって……」

教室に帰る途中の廊下で、ヒロシは少し俯きながら話しだした。

「いや、気にするなよ。俺もまさか神原部長が知ってるとは思ってなかったし、お前も野球部の為に必死だったんだろ?仕方ないさ」

今更、過去のことなんて気にしてはいない。

むしろ、葵にとってはどうでもいいことだった。

けれど、ヒロシは違った。

彼は、葵が野球を辞めてしまったのは自分に原因があると責めていた時期があった。

だからヒロシはこの話になると必要以上に自分を責めてしまうのだ。

しかし、葵が野球を辞めたのは自分の限界を感じたからであって、決してヒロシに原因があるわけではない。

葵としてはヒロシを応援する為に決断した事だったが、どうやらヒロシは一緒に切磋琢磨したかったようなのだ。

つまり、それだけスポーツに情熱を捧げていて、親友の葵を大事に思ってるからこそ複雑な思いを持っていたのだ。

「でもさ、結局俺が蘭子ちゃんに言ったのが原因じゃん?クロちゃんだけ入部できれば良かったのに、葵まで巻き込んじゃって」

そして、これはヒロシにとって想定外すぎる展開だったようだ。

いつものおふざけヒロシではなく、その表情は困惑している。

すると、これまで黙って話を聞いていた蘭子が話を止めた。

「ちょっとまて。ひろし、さっきからわたし達が負けたような言い方だな」

少しムッとした顔をしている。

「あ……いやそう言う意味じゃ」

ヒロシは視線を逸らしながら苦笑いをしている。

多分、図星だったのだろう。

「嘘つくなよ。普通に考えれば野球部の負けはあり得ない。それで俺とタカヤが入部するところまでが神原部長のシナリオだろ?……だけど、俺も負けられない理由が出来た。悪いが何としてでも勝ちにいくぞ。舐めていると痛い目見ても知らんからな?」

そんなヒロシの罪悪感を取り除こうと、葵はこの試合に臨む気持ちを伝えた。

「おっ!あおいがやる気だ!いいぞ!もっと言ってやれ!」

勝てないと思われていたことに少し不機嫌になっていた蘭子が隣で煽ると、葵はわざと乗せられて更に続ける。

「俺の『曲者』っぷりは野球部に使わせん。俺は俺のやり方で『曲者』になるからな」

ハッキリと、実力で敵わなかった親友へ、数年越しの対決宣言だ。

「ふふーん。言ってくれるじゃん葵。よっしゃ!その曲者は俺たち野球部が打ち取ってやる!」

その一言でようやく笑顔を取り戻したヒロシは、『討ち取る』とかけて珍しく面白いことを言っている。

そして、すかさず返したのは蘭子だった。

「ふっ、やれるもんならやってみろ!返り討ちにしてやる!ひろしが負けたらドリンクバー奢れよ」

本当に、蘭子のこの自信はどこから湧いてくるのだろう?しかし、蘭子の言葉を聞いていると、不思議と本当に勝てそうな気がしてくる。

これが、彼女のカリスマ性なのだろうか?

 

こうして、蘭子の愉快な仲間たちと野球部の試合が正式に決定したのだった。


(とは言ったものの……さーて。どうするかな……)

 

勢いと流れで試合をする事になってしまったが、問題は山積みだ。

試合までは1週間強。

それまでに野球部に勝つ秘策を考えなければいけない。

でも、きっと何とかなるはずだ。

こっちには『常識が通用しないトンチキ異世界コンビ』という大きな武器がある。

葵にも想定できない何かがきっとあるはずだ。

野球部に野球勝負を挑むあたり、蘭子っぽさ全開で好きです。

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