野球しようぜ!
「……で?何で野球なんだ?」
さっきまで揶揄っていたクラスメイト達は、もうそれぞれの会話に戻っている。
あのお馴染みのやり取りは揶揄うまでがワンセットで、クラスメイト達は葵の解答などさほど興味がないのだ。
そんな事はお構いなしと言わんばかりに、葵は蘭子が自分の席に座った所で問いかけた。
「いや、実は──」
蘭子はさっきまでの出来事を話し始めた。
――10分程前。
蘭子は鼻歌を歌いながらルンルンと廊下を歩いていた。
久しぶりのいい天気なので気分がいいのだ。
そんな蘭子を、後ろから呼び止めたヤツがいた。
「蘭子ちゃーん!ちょっと待って!」
葵の幼馴染でクラスメイトのヒロシだった。
少しハァハァと肩で息をしながら追いついたヒロシは、呼吸を整えてから続ける。
「蘭子ちゃん、ちょっといい?相談があるんだけど……」
いつもなら適当にあしらうところだが、珍しく困った顔をしているヒロシを見て、蘭子は相談に乗ってあげる事にした。
なにせ、今日は気分がいいのだ。
「なんだひろし?相談の内容にもよるぞ?」
だが、物知りな『あおい』ならともかく、なぜ『わたし』なのか?
その答えは単純だった。
「実はさ、クロちゃんを野球部に入部させたいんだよね。でもさ、彼って部活はやらないって宣言してたじゃん?だからさ、蘭子ちゃんからクロちゃんに『野球部入れー!』って言ってくれたらさ、クロちゃんもその気になるんじゃないかなって思って」
ヒロシはタカヤの部活勧誘を諦めていなかったのだ。
「うむー。それは難しい相談だぞ?っていうかお前、ドリンクバー勝負で勝てなかっただろ?」
そう。2人は部活入部をかけて、以前ファミレスのドリンクバーで対決をしたことがある。
「いやいや!だってあれは引き分けだろ?勝っても負けてもいないから、あれはノーカンだよ」
確かに、あの壮絶な(?)バトルの決着はつかなかった。
というか、2人ともアホすぎたので蘭子はあんまり覚えていなかった。
「そうだったか?うーん……。わかった。でも、わたしはその『やきゅう』というものをよく知らないんだ。よく知らないものをタカヤに勧めるのはちょっとな……。だから、少し『やきゅう』について調べてから返事をしようと思うのだが、それでいいか?」
蘭子はグーにした右手を顎に当てながら、斜め上に目線を向けて答えた。
その返事を前向きな返事と受け取ったのか、ヒロシは両手で蘭子の左手を握り、ブンブンと握手をしながら喜んでいる。
「マジで!?全然いいよ!ありがとう蘭子ちゃん!」
そう言って、走ってどこかに行ってしまった。
――――
「──というわけだ」
蘭子は目をつむりながらウンウンと頷いて腕組みしている。
「『というわけだ』じゃない」
葵は丸めた自分のノートで、蘭子の頭を優しくポンと叩いた。
「いてっ!むー」
叩かれた蘭子は、大して痛くもないだろうにリアクションをすると、ぷくーっとほっぺを膨らませて拗ねたフリをしていた。
しかし、その顔は何故か嬉しそうに笑っている。
なんか可愛くてムカつく……。
「何でヒロシに聞かなかったんだよ?」
そう。野球のことはその場でヒロシに聞けば良かったのだ。
まぁ……、アイツに言わせると蘭子も仮入部させられそうな気もしないではないが……。
「……その手があったか。盲点だ」
言われた蘭子は、目をまん丸にして驚いていた。
「マジで言ってるのかこのお姫様は……」
葵は頭をワシャワシャとかいて呆れている。
「……すまん!わからない事はあおいに聞かなきゃ!ってつい思ってしまったんだ!条件反射だ!」
「……あの、お姫様?俺をウィキペディアみたいに扱うのやめてもらっていいですかね?」
葵はため息を1つ吐いて答えるのだった。
とにかく、今回の『野球って何だ?』は、主にヒロシのせいだという事が理解できた。
(あいつ……余計なことを……。っていうか、まだあきらめてなかったんだな……)
葵は教壇の前にあるヒロシの席を睨みつけると、今度は大きなため息を吐いた。
「……で、野球って何だ?」
呆れた葵を見ている蘭子は、再び話を本題に戻してきた。
「あのなぁ……。ま、いっか。……ほら、放課後にヒロシがグラウンドでやってるだろ?手のひらに収まるくらいの白ボールを投げたり、そのボールをバットっていう金属の棒で打ち返したり。あれのことだ」
葵は、野球を見たことも聞いたこともない蘭子に理解してもらおうと、言葉を選びながら簡潔に説明した。
「おお!あの、片手がモンスターみたいになるでっかい手袋をつけたやつな!」
多分、グローブのことを言っているのだろう。
「そうだ。あれでそのボールを捕るんだ」
葵はボールをキャッチするフリをしながら答える。
「なるほど。そうか、あれが野球というものなのだな。……実はな、あれちょっとやってみたいと思ってたんだ」
一瞬、蘭子の目がキランと光ったように見えた。
いかん。これ以上余計な事を言うのはやめよう。
すると、タカヤが教室に入ってきた。
なんだか表情が困り果てている。
それもそうだろう。その周りを、ヒロシがまとわり付いて話しかけているのだ。
「ねぇークロちゃん!頼むよー。野球部入ってくれよー」
「イヤだと言っているだろう。俺は部活をやらないと言ったはずだ」
タカヤは、しつこく絡んでくるヒロシをどうにかして引き離したいようだ。
そして、葵はそんなタカヤと目が合ってしまった。
タカヤは黒板の前を横切って自分の席に向かうかと思ったが、教壇の横から一直線に葵の席へやって来る。
ヒロシに取り憑かれた状態で……。
「アオイ、コイツをどうにかしてくれ。しつこくてたまらん……」
腰にしがみついているヒロシを親指で指差しながら、タカヤは心底困った顔をしていた。
さすがにちょっとかわいそうだったので、葵はタカヤを助けてあげることにした。
「おい。ヒロシ。ちょっとしつこ過ぎるんじゃないか?蘭子にも頼んだだろ?強引な勧誘はあまりイメージ良くないんじゃないか?」
葵は呆れ顔でヒロシに向かって言う。
そこでようやくタカヤから身を離したヒロシは、少し残念そうな表情で答える。
「それはわかってるんだけどさー。なんか部長がどうしても勧誘しろって言うからさ。だから、頼むっ!」
そして、両手を頭の上で合わせてお辞儀をした。
「……そう言われてもな」
一方、タカヤは困っているようだ。
必死にお願いするヒロシを見て、良心から断りきれずにいると言った感じだ。
そんなタカヤに、葵は助け舟を出す。
「タカヤの気持ちはどうなんだ?」
「……俺は、やはり学業に専念したい。部活に魅力は感じるが、何せ時間がないからな」
タカヤは申し訳なさそうにしながらヒロシに向かって言うと、蘭子の隣の席で話を聞いていた静香が会話に入ってきた。
「私も今回はタカヤに味方するわ。やる気が無いのに無理矢理部活をやらせても、能力なんか発揮できないわよ?」
珍しく静香がタカヤを庇っている。
「そんなぁ……静香までそれ言う……」
思いがけない援軍の登場にヒロシは狼狽えてしまった。
しかし、場の空気がヒロシ諦めモードに入りかけたその時、1人だけ空気を読めていないヤツが居た。
「まぁまぁ、ちょっと待て。それじゃあひろしの面目が立たないだろ?」
我らがお姫様、蘭子である。
「うぅ……わかってくれるのは蘭子ちゃんだけだ。ほら、クロちゃん!蘭子ちゃんもそう言ってるし野球、やろう?」
せっかく諦めモードになった所だったのに、その一言で再びヒロシが息を吹き返してしまった。
しかし、蘭子はやっぱり蘭子だった。
「何言ってんだ?わたしは『野球部に入れ』とは言ってないぞ?」
「……へ?」
蘭子から予想外の一言を返されたヒロシは、アホみたいな顔でフリーズした。
そんな事など気にせずに蘭子は続ける。
「だから、勝負するんだ!部活入部を賭けて!」
バン!と、机に両手をついて立ち上がった。
「……まさか、お前……」
この一言で、葵は分かってしまった。
蘭子が一体何を企んでいるのか。
そして、今回も無事に巻き込まれることが確定なようだ。
それでは、我らがお姫様の宣告をお聞き頂こう。
皆の者、静粛に。
「わたしたちと野球部が試合を行う!野球部が勝ったらタカヤを入部させよう!」
「「「…………え?」」」
ヒロシ、タカヤ、静香が揃ってポカーンとしている中、葵は1人、深くて長いため息を吐くのだった。
ヒロシと蘭子が合わさるとカオスしか生まれない事がわかりました。




