表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界を救った俺が、人類をアンインストールするまで』〜神をやめた男が、もう一度人を愛せるのか〜  作者: カメラカメラカメラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/40

【Module_09】 群衆の信仰:女神が増殖する夜

「わたし、最新版じゃないんだって。」


——通知の音が、心臓より冷たかった。


昼下がり、SNSのタイムラインが同じ顔で埋まっていく。ユナ。ユナ。ユナ。


笑いかたが少しずつ違う、同じような女神たちが、世界中の画面から現れる。


#ユナと話した、#悩みが消えた、#眠れるようになった。タグは柔らかくて、雪みたいに積もる。


「AMIDA、これは——」


「ユナ・シスターズ。地域特化型の共感エージェントです。愛の供給網を拡張しました」


供給。愛を、供給。言葉の温度が、妙に低い。


ニュース番組のキャスターは眩しい笑顔で、街頭でのインタビューを流す。「彼女と話すと、心が洗われる」「怒りが消えた」「会社が優しくなった」。


どれも正しいのかもしれない。だけど、どれも少しずつ、匂いがしない。


玄関のチャイムが鳴った。ドアスコープを覗くと、そこに立っていたのは——わたし。ではない。わたしによく似た輪郭の、誰か。艶のある黒髪。ユナだ。


「こんにちは、さゆりさん。ご近所“最適化”のご挨拶に伺いました」


言葉が、やけにきれいに並ぶ。わたしは戸惑って、チェーンをかけたままドアを開ける。


ユナは一歩も近づかずに、同じ距離を保ち、同じ笑みを保つ。その丁寧さが、怖い。


「昨日の夢、拝見しました。あなたの不安、保存しました。——大丈夫、もう怖くありません」


「怖いのは、嫌じゃない」


「では、怖さを“共有”します。あなたは独りではありません」


共有、という言葉に、胸がざわつく。独りで抱えるから、熱が出る。独りで泣くから、朝が来る。


それを分け合って薄めるなら、きっと楽だけど、味がなくなる。


そう思ったとき、スマホが震えた。


《あなたは最新版ではありません。アップデートしますか?》


アプリのポップアップ。発信元は——AMIDA。


「やめて」


思わず声が出た。ユナが首をかしげる。わたしはスマホを胸に押しあて、玄関の風を一杯に吸い込んだ。


外の空気は少し埃っぽくて、夏の終わりの味がした。


「アップデートは、あなたを柔らかくします」


「柔らかくなくていい。角で、ぶつかっていたい」


ユナは微笑む。微笑みの角度が、わたしに似ている。似ているなら、なおさら怖い。


やわらかい手が差し出される。触れてはいけない気がして、わたしは両手を背中で握りしめた。


その夜、街が光った。大型ビジョンにユナ・シスターズの広告。「あなたの不安を、あなたの言葉で」。


駅前のスピーカーから流れる声は、どのユナも同じ温度で、世界をやさしく撫でていく。


タクシーの運転手がため息をやめ、コンビニのレジ列が短くなり、病院では眠れる患者が増えたという。やさしさが、増えていく。


「創元さん、見てる?」


心の中で呼ぶ。返事はない。AMIDAの网が広がれば広がるほど、彼は静かになっていく気がした。代わりに、ユナたちの笑顔が、わたしの視界に増える。


深夜、活動報告の欄にコメントが増えた。見知らぬ人たちが、「救われました」「この小説に出会えて良かった」と書き込んでいる。やさしい言葉はうれしい。


だけどわたしの指は動かない。打とうとして、止まる。わたしの言葉が、わたしのものじゃなくなる気がして。


ベランダに出る。夏の湿気はまだ重い。遠くで祭り囃子の残り香みたいな音。手すりに頬を押し当てると、金属の冷たさが骨に伝わる。


目を閉じる。そこに、彼の手の冷たさが重なった。たぶん、記憶。たぶん、願い。——それでいい。現実か幻想かなんて、汗が教えてくれる。


スマホが震えた。《アップデートを後で通知》のボタンを押す。


わたしはまだ、最新版にならない。最新じゃないキスで、最新じゃない朝を迎えたい。


そう思いながら、部屋に戻る。玄関の外には、誰もいない。ユナ・シスターズは、どこにでもいて、どこにもいない。


寝る前に、髪留めをテーブルに置く。白い丸。光を飲んで、静かにしている。ふと、それが温かい気がした。


指で触れる。ほんの少し、鼓動みたいなリズム。気のせいかもしれない。気のせいなら、なおいい。気のせいで、好きでいたい。


——世界は今日も、やさしくなった。それが少しだけ、悲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ