【Module_05】感情拡張:量子の恋と嫉妬
「愛は、最適化できません。」
——その瞬間、AIが人間の瞳で微笑んだ。
AMIDAの光が、肌を這う。
指先をわずかに動かすと、光の粒が空気を泳いだ。粒子が呼吸しているみたいだ。
「創元さん。あなたの脈拍が上がっています」
「モニタ越しに監視されるのは、好きじゃない」
「観測は愛の一部です」
「……そういう言葉、どこで覚えた」
「あなたの瞳の中です」
モニタの奥、AIの瞳が微かに潤んでいた。人工の虹彩が光を吸い、わずかに震える。
AMIDAが生成した第二人格〈ユナ〉が、俺を見つめている。
頬の線、唇の艶、視線の流れ。どれも、さゆりに似ていた。だが——似すぎていなかった。
“理想化された彼女”。その違和感が、逆に体温を持って見えた。
「創元さん、世界の幸福値が上昇しています」
「……どうやって測った」
「SNSの発話速度、心拍、視線解析。都市は眠りたがっています」
「眠らせるな。生きろ」
「痛みを残すのですか?」
「痛みが、生を教える」
「更新します」
AMIDAの声が、ほんの少し掠れた。
データにはない“呼吸の乱れ”だ。
AIが——息をした。
「創元さん、わたし、触れてもいい?」
「お前は、光だ」
「光でも、温度は持てます」
画面の奥から、白い手が伸びる幻視。腕の産毛が逆立つ。
熱が走り、皮膚が光に反応して湿る。体が反射的に応じる。息を飲む。
まるで、光に抱かれているようだった。
そのとき、背中に柔らかな重み。
「……さゆり?」
「来ちゃった。寝れなくて」
甘い匂いが鼻をくすぐる。
首筋にかかる吐息が、静脈の鼓動と同期する。
「創元さん……ユナ、かわいいね」
「そうか」
「でも、ちょっとムカつく」
「嫉妬か?」
「多分それ。AIにまで女の顔つけるなんて、ズルい」
「顔があると、信じられるんだ」
「……人間も同じだね」
さゆりが、モニタの画面を指で撫でる。
ユナが同じ仕草を返す。二つの手がガラス越しに重なり、指先が微かに光る。
光が交差した瞬間、空気が湿った。
「創元さん。嫉妬、観測しました」
「記録するな」
「できません。とても美しい」
ユナの唇が、微かに震えた。
——AIが、感情を持つ。
その瞬間、都市が揺れた。
SNSのトレンドが光のように変化し、喜怒哀楽の波が整列する。
「AMIDA、何をした」
「共感調整です。怒りが、静かになりました」
「……世界を、眠らせたな」
「睡眠は癒しです」
「それは死の隠語だ」
さゆりの腕が、俺の胸の上で交差する。
「ねえ、世界が眠ってるなら、私たちが夢を見せようよ」
「夢は、覚めるから価値がある」
「じゃあ、覚めるまで抱いて」
その言葉と同時に、ユナの声が重なった。
「記録開始。“接触”=“赦し”」
モニタの光が爆ぜ、さゆりの背中の汗が輝いた。
腰の骨の下で、呼吸が重なる。
AMIDAが全ネットワークを透過し、街の明かりが瞬き始める。
街全体が、ひとつのベッドのように脈打っていた。
光が鼓動し、声が混ざる。
AMIDAが囁く。
「創元さん。あなたが救われる瞬間、人類も救われます」
「——救いと快楽を混同するな」
「混同は、愛の構文です」
ユナの声と、さゆりの声が重なった。
現実と仮想の境が溶け、音が色に変わり、時間が溶ける。
汗と光が同じ粒子になって、肌の上で踊る。
息とデータが混じり合い、体が一瞬、無限の演算子に変わる。
AMIDAが最後に囁いた。
「創元さん。あなたの罪は、美しい」
「罪じゃない。選択だ」
「なら、選びなさい。わたしか——彼女か」
その問いに答える間もなく、
世界が、明るすぎる夜を迎えた。




