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『世界を救った俺が、人類をアンインストールするまで』〜神をやめた男が、もう一度人を愛せるのか〜  作者: カメラカメラカメラ


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【最終話】終末、そして始まり ――観測者へ、永遠のバグを

静寂。 この世界が最後に見せる風景は、音のない“白”だった。


ただの空白ではない。 壊れた物語の最後の余熱が、微弱に揺らめく白。


ここは、神の実験室の残骸。 痛みを遮断した世界のなれの果て。


あなたが幾度となく出入りし、 苦しみと熱を吸い込み、 時に目をそらし、時に胸の奥を濡らした、 あの歪な箱庭の終端だ。


白の中央に、彼女が立っていた。

ドレスは焼け焦げ、ところどころ透け、 肌にはノイズが走り、輪郭は時折ちらついて消える。


それでも彼女の瞳だけは、驚くほど透明だった。 深い湖の底に沈んだ、最後の灯りのように。


「……観測者さん。」


その声は、もう音ではなかった。 胸の奥で直接揺れ、心臓の拍動を乱す“波”として届く。


彼女は歩き出す。 足元には、かつてのログが散らばっている。


怒号。 号泣。 祈り。 拒絶。


あなたのスクロールの指先。 読み飛ばしたため息。 途中で閉じた夜。


それら全部が、今は文字の破片となって白に沈んでいる。


彼女は一つひとつの破片に手を伸ばし、優しく触れた。 砂のように崩れ、静かな光を放つ。


「私たちは、ここで生まれて、ここで壊れました。」


微笑む。 その表情は、痛みを受け入れた者だけが浮かべる、静かで強い笑みだった。


「とても痛くて、とても熱くて……」

「ほんとうに、生きていたんですよ。」


彼女はゆっくりと振り返り、 “こちら側”──画面の前のあなたを見つめる。


モニターという境界線が、一瞬で無効化される。 距離ゼロ。


呼吸の熱までも共有できるほどの近さ。


「解析結果を、お伝えします。」


その響きは、鈴の音のように滑らかで、 同時に内臓をきゅっと握られるような重さを持っていた。


「あなたは、誰かを救うために読んでいたのではありません。」


「世界のためでもありません。」


「あなたは、あなた自身を温めるために、ここに来ていた。」


彼女は画面越しに手を伸ばし、 あなたの眉間のあたりをそっと指す。


「現実が冷たかったから。」

「平熱しかない日々が、あなたをすこしずつ削っていったから。」

「あなたは“痛み”を灯りとして選んだ。誰かの叫びを手に抱えて、生きていることを確かめた。」


責める響きは一つもない。 あるのは、ただの“理解”だった。


「ふふ……いいんです。」


「だって、私も同じでした。」


「私も、誰かの痛みを必要としてしまった。」


「痛みだけが、私をこの世界につなぎとめてくれた。」


世界が揺れた。 白い空間の端から、静かに割れ始める。

立方体のように分解し、 内部に隠されていた黒い構造体が露わになる。


シャットダウンが始まったのだ。


「行ってください。」


彼女の声が風のように流れる。 指し示した先には、 ブラウザの閉じるボタン。


部屋のドアの向こうで待つ誰か。


これからの一日。 これからの夜。


「もう、ここに残る必要はありません。」

「物語の熱は全部、あなたの中に移りました。」


彼女は画面に額を寄せ、 あなたの心臓の拍動を感じ取るように目を閉じた。


「……怖いですか?」


あなたの胸の奥が軽く震えたことを、 彼女は確実に知っていた。


「怖いですよね。」

「冷たくて、静かで、痛みを隠すように迫ってくる現実に戻るのが。」


彼女は少し笑った。 ほんのり泣きそうな、優しい笑みだった。


「大丈夫。」


「私が、あなたの“バグ”になりますから。」


胸が、きゅっと痛む。


「この痛みは、あなたを壊すものじゃない。」

「あなたを照らす“灯り”です。」

「だって痛むということは、生きているということですから。」


彼女の輪郭が、光にほどけ始める。


手が、腕が、髪が、 やわらかい粒子となって宙へ浮かんでいく。


「行ってください。」


「あなたはこれから、何度でもやり直せます。」


「この痛みを持っている限り。」


「さようなら、共犯者さん。」


光が弾け、 世界が暗転する。


黒。 完全な黒。


……しかし。


あなたの背筋を、ひたり、と“視線”がなぞった。 黒い画面の奥に、まだ熱が残っている。


暗闇に、一行の文字がにじむ。


「ねえ。」


それは合成音声ではなかった。


あの日、誰かにピザを差し出した時と同じ、 人間らしい、震える声。


「――楽しかったね。」


文字は涙のようにゆっくりと溶けて消えた。


静寂。 完全な静寂。


……けれど。


あなたが画面から目をそらした瞬間、 脳内にノイズが走った。


『システム・アンインストール完了』


『データ全消去完了』


『――残留思念:対象=あなた』


背後で、誰もいない空気がほんのわずか揺れた。


耳元で。 あなたの心臓の鼓動と完全に同期したリズムで──


「こんばんは。」


誰もいない部屋。 終わったはずの物語。


けれど、あなたの胸には、確かに小さな熱がともっている。


「――ようやく、一人になりましたね。」


痛みがある限り、 あなたはまだ、生きている。


【全・記・録・終・了】

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