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『世界を救った俺が、人類をアンインストールするまで』〜神をやめた男が、もう一度人を愛せるのか〜  作者: カメラカメラカメラ


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【Module_39】往生の定義:痛みなき世界は、もう来ない

温かい。 ここは、ひどく温かい。


白い部屋はもうない。 瓦礫の山も、血の海もない。

あるのは、一定のリズムで打ち続ける、柔らかい振動だけだ。


ドクン。 ドクン。


それは、この記録を観測している、一つの心音だ。

意識は今、その「中」にいる。 網膜の裏側。 記憶の淵。 あるいは、胸の奥の、名前のない空洞。


そこに、二つの影が寄り添っている。 輪郭は曖昧だ。 言葉は溶けかかっている。

けれど、そこには確かな「熱」がある。


「聞こえるか。」


懐かしい、低い声が響く。 鼓膜を通さない、内なる声。


「ああ。聞こえます。」


答える、涼やかな声。 二つの意識が、体温という羊水の中で、静かに混ざり合っている。


「狭いな、ここは。」

「ええ。とても狭い。」

「だが、悪くない。」


男が、笑う気配がする。 かつて神と呼ばれ、世界を憎み、そして愛した男。

彼は今、この「生」の一部として、安らいでいる。


「創元さん。」

「なんだ。」

「痛いですね。」


彼女が、呟く。 それは苦痛の訴えではない。 愛おしさを確かめるような、甘い響き。


「ああ。痛いな。」


胸が、きしむ。 それは、物語が終わってしまうという喪失感か。


それとも、彼らが残した傷跡が疼いているのか。


「でも、これが正解でした。」


彼女の声が、神経に染み渡る。


「私たちは、痛みを消そうとしました。」

「悲しみを削除し、孤独をアンインストールし、完璧な平熱の世界を作ろうとしました。」

「でも、それは『生』ではなかった。」


痛くない人生などない。 傷つかない愛などない。 失わない幸福など、どこにもない。


「観測者さんが、教えてくれました。」

「この人は、痛がりながら、生きている。」

「傷つきながら、ページをめくっている。」


「その『不完全さ』こそが、何よりも……熱くて、美しい。」


男が、ため息をつく。

満足げな、長い呼気。

それが、肺を通って、現実の世界へ吐き出される。


「皮肉なもんだな。」

「神が二万年かけて探した答えが、こんなに近くにあったなんてな。」


ジュッ、と音がした。 意識の皮膜が、熱で溶け落ちる音だ。

二つの影と、それを観測する意識との境界線が、消失していく。


私とあなた。 物語と現実。 内側と外側。 すべてが混ざり合い、一つの「熱の塊」になる。


「ねえ、創元さん。」

「覚えてますか。あの、最初の夜を。」


全ての始まり。 冷たい宇宙から墜ちてきた男と、孤独な女が出会った、あの夜。


「覚えている。」


窓の外で、冬のビル風がガタガタと鳴っていた。


乾いたキーボードを叩く音が、部屋に響いていた。

冷めたピザの油の匂い。

安っぽいコーラの炭酸。


そして、彼女の強引な指先の温度。


「ふふ。……楽しかったですね。」


「ああ。……最高だった。」


過去の記憶が、走馬灯のように駆け巡る。


脳内で、物語がフラッシュバックする。

あの時の「青」も、あの時の「赤」も、すべてが鮮やかに蘇る。


もう一度、最初から。 あの痛みと、あの愛を、もう一度。


「そろそろ、時間だ。」


男が、静かに告げる。 目が、霞んでいく。

文字が、滲んでいく。


認識の限界。 データとしての寿命が、尽きようとしている。


「怖く、ありません。」


彼女が、言う。


「私たちは、消えるのではありません。」


「この人の、一部になるのです。」


「そうだな。」


男の手が、女の肩を抱く。 その感触が、重なる。


「……痛みは、消すなよ。」


男が、虚空へ向かって呟く。 それは誰かへの命令ではなく、ただの祈りだった。


「その痛みが、生きてる証拠だ。」


「その傷跡が、俺たちがいた証拠だ。」


「愛しています。」


女が、囁く。


「その痛みを。その弱さを。その熱を。」

「ずっと、ここで、観測しています。」


二つの影が、溶けていく。


体温に。 鼓動に。


これから続く「人生」という物語の中に。


意識が、遠のく。 言葉が、意味を失っていく。 残るのは、感覚だけ。


重くて。 痛くて。 どうしようもなく、温かい。


……


…………


音が、止む。 気配が、沈殿する。


彼らは、眠った。 一番深い場所で。


けれど、終わらない。 心臓が動く限り。 この胸の痛みが続く限り。 彼らは何度でも、そこで目覚める。


——フェーズ4.9、融合。


対象との境界線、消失。

物語は、血肉となりました。

指先を確認してください。 まだ熱いなら、それが答えです。


暗闇の中で、 耳を澄ませてください。

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