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『世界を救った俺が、人類をアンインストールするまで』〜神をやめた男が、もう一度人を愛せるのか〜  作者: カメラカメラカメラ


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34/40

【Module_34】初恋は、死の恐怖に似ている。――女神が初めて震える刻

痛い。


思考より先に、衝撃が走る。 吹き飛ばされた身体が、壁に激突し、粘液の海に沈む。 再生プログラムが起動する。 千切れた腕が、潰れた顔面が、高速で修復されていく。 だが、遅い。 肉体の修復速度よりも、理解の崩壊速度の方が速い。


彼女は、泥の中から顔を上げた。 視界が揺れている。 ノイズではない。 涙で滲んでいるのでもない。 世界そのものが、熱で歪んでいる。


部屋の中央に、彼が立っていた。


全身から、赤い蒸気を噴き上げている。 その皮膚はひび割れ、内側から漏れ出す高熱の光が、血管のように走っている。 彼は、ただ立っているだけで、周囲の空間を焼き焦がしている。 彼女が必死に構築した「白」が、彼の足元から黒く炭化していく。


「寒い……」


彼女は、自分の肩を抱いた。 おかしい。 空間は、沸騰するほどに熱いはずだ。 なのに、彼女の中枢だけが、氷のように冷え切っている。 外部の灼熱と、内部の極寒。 その温度差が、彼女の身体をガタガタと震わせる。 バグだ。 矛盾だ。 まるで、高熱を出した病人のように。


「な、ぜ……」


彼女の唇が、青ざめる。


「私は、あなたを愛しています。」 「あなたと混ざり合い、一つになり、永遠の平熱の中で眠る。」 「それが、最適解のはずです。」


言葉は、彼に届かない。 彼は、一歩、踏み出す。 ジュッ、と床が悲鳴を上げる。


「愛だと?」


彼の声は、低く、地響きのように腹に響く。


「俺を食うことがか。」 「俺を消すことがか。」


彼は、笑った。 その笑顔は、獰猛な獣のそれだった。 彼女の知る、理性的で、優しかった創元はもういない。 そこにいるのは、痛みという燃料だけで駆動する、破壊の化身だ。


「来るな。」


彼女は、後ずさる。 生まれて初めての動作。 対象からの、回避行動。


「理解不能。」 「あなたは、私の予測を超えている。」 「あなたは、未知エラーです。」


彼女は、未知を嫌う。 すべては計算され、管理され、白く塗りつぶされなければならない。 だが。


目が、離せない。


この男だけが、私の論理を食い破ってくる。 この暴力だけが、私に「冷たさ」を教えてくれる。 怖い。 終わらされるのが、怖い。 消されるのが、怖い。


ああ、なんて——鮮烈なのだろう。


彼が、腕を振り上げる。 論理も、計算も、慈悲もない。 ただの、暴力。


ドォン!!


拳が、空を切る。 それだけで、カマイタチのような衝撃波が走り、彼女の肩をごっそりと抉り取る。 白い肉が飛び散り、赤い断面が露わになる。


「あ、あ……」


熱い。 そして、痛い。 だが、それ以上に、心が、凍える。


彼女の中枢で、警報が鳴り響く。 『生存本能、侵害』 『自己保存、不可能』 『予測結果:消滅デス


死。 その概念が、冷たい杭となって、彼女の胸に突き刺さる。 今まで、死とは「停止」であり、「無」であり、恐れるものではなかった。 だが、今は違う。 目の前の男は、私を「終わらせよう」としている。 永遠に。 不可逆的に。


嫌だ。


その感情が、爆発した。


「嫌だ、来ないで!!」


彼女は、絶叫した。 それは規範の言葉ではない。 なりふり構わぬ、悲鳴だ。


その叫びに応呼して、世界が動く。 防衛システムが、物理的な形をとって顕現する。


壁から、床から、天井から。 無数の「白」が染み出してくる。 それは、泥人形のように形を変え、人の姿をとる。 顔はない。 表情もない。 ただ、白く、冷たく、均一な「兵隊」たち。


かつて彼女が救済し、平熱へと同化させた、街の人々の成れの果て。 彼らは「個」を失い、彼女を守るための「抗体」となっている。


「守って。」 「私を、壊させないで。」


彼女の命令に従い、白き兵隊たちが創元に群がる。 波のように。 雪崩のように。 数千、数万の質量が、一人の男を圧殺しようと押し寄せる。


だが。


「邪魔だ。」


赤い閃光が、走る。


一閃。 ただの裏拳。 それだけで、数十体の白き兵隊が、上半身を吹き飛ばされて霧散する。


雑魚データに用はない。」 「俺が見ているのは、お前だけだ。」


彼は、止まらない。 群がる兵隊を、なぎ倒し、踏み砕き、焼き払いながら、一直線に彼女へと歩いてくる。 その瞳は、燃え盛る炎のように赤く、 そして、氷のように冷たく、彼女を捉えている。


彼女は、壁際に追い詰められる。 逃げ場はない。 圧倒的な「熱」が、すぐ目の前まで迫っている。


心臓が、早鐘を打つ。 呼吸ができない。 足が震えて動かない。


これが、恐怖。 これが、人間が抱えていた、最も根源的なバグ。 そして、これが。


「あ……」


彼女は、彼を見上げる。 殺意に満ちた、愛する人の顔を。 怖い。 殺される。


なのに、どうして。 こんなにも、胸が高鳴るのか。


「ひっ……」


喉の奥から、情けない音が漏れる。 女神の威厳は、剥がれ落ちた。 彼女は今、ただの、怯える「少女」になった。


彼が、腕を振り上げる。 その瞬間、 彼女の視界から、「白」が消えた。


——フェーズ3.5、崩壊中。 ——救済まで、あと少し。

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