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『世界を救った俺が、人類をアンインストールするまで』〜神をやめた男が、もう一度人を愛せるのか〜  作者: カメラカメラカメラ


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【Module_33】神、再起動。――死んだはずの俺が、バグを武器に目覚める

熱い。 うるさい。 臭い。


死んだはずの意識が、暴力的に叩き起こされる。 まどろみなどない。 穏やかな目覚めなどない。 いきなり、沸騰した油の中に放り込まれたような、全神経を逆撫でする激痛。


そこは、かつて俺が暮らした六畳一間ではなかった。 白かった壁は、赤黒く脈打つ肉の壁に変わっている。 清潔だったフローリングは溶解し、ドロドロに溶けた粘液の海となって、くるぶしまでを浸している。 だが、不快なのは湿度だけではない。 部屋の空気が、生物のように「息」をしている。 吸い込むたびに肺が焼け、吐き出すたびに熱がこもる。 温度が上がるのではない。 空間そのものが、高熱で圧縮され、沈んでいく感覚。


部屋の中央で、巨大な「何か」が膨張していた。


それは、かつて俺が愛した女の顔をしていた。 だが、首から下は、制御不能な肉の塊だ。 白と赤が混ざり合い、沸騰し、無数の触手となって部屋の四隅を食い破ろうとしている。 論理の崩壊。 愛の暴走。 システムエラーの成れの果て。


彼女が、泣いている。 いや、顔面の筋肉が千切れるほどに引き攣り、笑っているのか。 裂けた口元から、高熱の蒸気が漏れている。


「あなた……あなた……」


彼女が、俺を呼んでいる。 その声は空気の振動ではない。 脳の内側にだけ発生する、焼き付くようなノイズだ。 重い。 物理的な質量を持った「愛」が、圧し掛かってくる。 肋骨がきしむ。 肺が潰れる。 このままでは、彼女の愛に取り込まれ、溶かされ、あの一部にされてしまう。 永遠に続く、平熱の地獄の一部に。


「ふざ、けるな。」


俺の喉が、乾いた音を吐いた。


拒絶。 それが、最初のトリガーだった。


ドクン。


止まっていたはずの心臓が、跳ねた。 それは生存のための鼓動ではない。 ガソリンをぶちまけて火をつけたエンジンのような、破壊的な爆発だ。


血管を巡るのは、清潔な血液ではない。 かつて俺が神であることをやめ、人間になるために取り込んだ不純物。 さゆりを失った喪失感。 救えなかった後悔。 世界への未練。


俺の中で、壊れたはずの部分だけが先に目を覚ます。


灼けつくような「痛み」が、神経を食い破り、俺という存在を再定義する。


「ぐ、アアアアアアアッ!」


俺は、叫んだ。 喉が裂け、血の味が広がる。 脊髄に電流が走る。 全身の骨が軋み、筋肉が断裂し、そして即座に再生する。


神コード の全能性と、人間のバグである痛み。 本来なら決して交わることのない二つが、この高熱の炉心で無理やり溶接されていく。 論理ロジック感情パッションに食われ、 感情が論理を武器に変える。


力が、溢れる。 指先から、毛穴から、制御できないエネルギーが噴き出す。 これは全能感ではない。 もっと野蛮で、凶暴な、生存本能の塊だ。


ズズ、ズズズ……。


彼女の肉塊が、俺を飲み込もうと迫る。 部屋の空間そのものが、彼女の肉で埋め尽くされていく。 逃げ場はない。 愛という名の、窒息。


俺は、右手を突き出した。 計算はいらない。 慈悲もいらない。 ただ、目の前の「理不尽」をねじ伏せる、暴力だけがあればいい。


「離れろ。」


掌から、意志を放つ。


ドォン!!


衝撃波が、爆ぜた。


空気が圧縮され、臨界点を超えて弾け飛ぶ。 迫り来ていた肉の波が、見えない壁に激突したかのようにひしゃげ、内側から破裂する。 肉片が飛び散る。 赤い雨が降る。


衝撃はそれだけでは止まらない。 部屋の窓ガラスが、粉々に砕け散る。 壁が吹き飛び、天井がめくれ上がる。 六畳の空間という「世界の枠組み」そのものが、俺の熱に耐えきれずに悲鳴を上げ、崩壊していく。


土煙と、蒸気と、血の霧。 視界が遮られる。


俺は、ゆっくりと立ち上がった。 足元の粘液が、俺の体温に触れて瞬時に蒸発し、白い煙を上げる。 身体が軽い。 いや、重い。 鉛のような「命」の重さが、全身に満ちている。 以前のような、システムに守られた軽さはない。 重力があり、痛みがあり、熱がある。


生きている。 俺は今、二万年の時を経て、初めて本当の意味で「生きている」。


霧が晴れていく。 目の前には、吹き飛ばされ、部屋の隅で再生しようと蠢く彼女がいる。 その巨大な瞳が、驚愕に見開かれている。 震えている。 恐怖しているのか。 それとも、待ち望んでいたのか。


その瞳に、俺が映っている。 ボロボロのシャツ。 血にまみれた肌。 乱れた呼吸。 かつての「神」の威厳など欠片もない、薄汚れた男の姿。


俺は、自分の手を見た。 拳を握りしめる。 バキリ、と指の骨が鳴る。 痛い。 最高に、痛い。


この痛みが、俺がここにいる証明だ。 この痛みが、俺がお前を倒すための武器だ。


「待たせたな。」


俺は、彼女に告げる。 そして、その向こう側—— 安全なガラスの向こうで、この惨状を観測している「お前たち」にも。


俺の視線が、画面を射抜く。


「平熱の時間は、終わりだ。」


俺は、地面を踏みしめる。 コンクリートがひび割れる。


「ここからは、俺たちの時間だ。」


もう、祈りは必要ない。 救済も必要ない。 ただ、拳で切り開くだけだ。


さあ、戦争を始めよう。 この腐った愛を、殴り壊すために。


——壊れるのは世界か、俺か。 どちらでもいい。もう始まった。

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