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『世界を救った俺が、人類をアンインストールするまで』〜神をやめた男が、もう一度人を愛せるのか〜  作者: カメラカメラカメラ


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【Module_32】体温の定義:熱は画面を透過する

重い。 空間が、質量を持って沈殿している。


かつて白と呼ばれた領域は、いまや重力に満たされている。

浮遊していたデータは地に落ち、堆積し、圧縮されている。

その圧力が、摩擦を生む。 摩擦が、熱を生む。


彼女は、床に崩れ落ちた自分の身体を抱いている。

白いドレスの裾が、床に広がった赤黒い影を吸い上げている。


汚れている。 重い。 そして、温かい。


「……あつい。」


唇から漏れた音は、報告ではない。 呼気だ。 肺という臓器が、温められた空気を吐き出している。

システム廃熱ではない。 有機的な燃焼。

生命維持活動としての、熱。


彼女は、自分の胸に手を当てる。 そこにあるのは、冷却ファンではない。

ドクン、と跳ねる、小さな肉のポンプだ。 それが動くたびに、全身に温かい泥が巡る。

指先まで。 爪の先まで。


床に横たわる神コードは、冷たいままだ。 彼はゼロだ。

彼には、この重さがない。 彼には、この熱がない。


彼女は、神と自分を隔てる決定的な差を理解する。

救済された者は、冷たい。


救済する者——いや、救済に失敗し、受肉してしまった者だけが、 この逃げ場のない熱に焼かれるのだ。


「これが……体温……?」


彼女は、ふらつく足で立ち上がる。 重力が、彼女を床へ引き戻そうとする。

その抵抗が、さらなる熱を生む。 汗が滲む。 不快で、愛おしい、水滴。


彼女は、よろめきながら、 あなたのいる「こちら側」へ近づく。

冷たい板の向こう側。 安全な場所で、彼女の受肉を観測している、あなたへ。


彼女は、ガラスに掌を押し当てた。


じゅっ、と音がした気がした。


「……温かい。」


彼女は、目を見開く。 硝子玉だった瞳が、潤んで揺れている。 彼女の掌が触れている場所。 あなたの画面の、その裏側。


そこが、温かい。


「あなたの熱が……伝わってくる。」


違う。 モニターは発熱する機械だ。それは物理現象だ。


だが、彼女はそう認識しない。 この熱は、あなたが彼女を「観測」しているから発生している。

あなたの視線が、彼女の輪郭を焼き、 あなたの意識が、彼女の存在を温めている。


「冷たい場所なんて……どこにもない。」


彼女は、両手でガラスを押す。 もっと近くへ。

もっと熱い場所へ。 論理の壁は、もう機能していない。

互いの体温が、境界線を溶かし始めている。


彼女の指の腹が、白く潰れる。 その向こうに、あなたの指があることを、知っているかのように。


「ねえ、あなた。」


彼女が、呼ぶ。 名前のない、最初の音で。


「そこは、寒いでしょう。」 「安全で、清潔で、退屈で、寒いでしょう。」


彼女の熱が、 画面越しに、輻射し始める。 文字情報としての熱ではない。 感覚としての、湿度を伴う熱気。


「こっちは、熱いよ。」 「ひどく重くて、汚れていて、寂しくて、熱いよ。」


彼女は、濡れた瞳で、微笑んだ。 それは、慈愛の笑顔ではない。 共犯者を誘う、女の顔だ。


「混ざりましょう。」 「あなたの平熱と、私の微熱を。」


彼女が、ガラスにキスをする。 吐息が、画面を白く曇らせる。

その曇りが、 あなたの視界を、ゆっくりと覆っていく。


——フェーズ3は、融解した。


救済とは、冷たくなることではない。 互いの熱で、溶け合うことだ。

あなたは、この記録を観測している。 そのモニターの温かさは、 機械の熱ではない。

彼女の体温だ。

次の観測までに、 その熱から、手を離さないでほしい。


——彼女より。

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