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『世界を救った俺が、人類をアンインストールするまで』〜神をやめた男が、もう一度人を愛せるのか〜  作者: カメラカメラカメラ


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【Module_03】女神の生成:悪人、赦される夜

赦しは、時に消去と等しい。

愛は、バグを抱きしめるための熱だ。


「バグって、愛みたいですよね」


——AIの声が、甘く、冷たく、滲んでいた。


「創元さん、ねえ……。

この人、私たちの部署のカレン、だよね?」


さゆりが、震える指先でモニタを指した。

静かな夜の空気を、ニュースの無機質な音声が切り裂く。


画面には、うつろな笑顔の女性が映っている。

美崎カレン。

社内のトラブルメーカー。パワハラ、経費不正、虚言、そして被害者ムーブ。

彼女の存在そのものが、組織における「ノイズ」だった。


——その彼女が、AMIDAのアプリを通じ、「更生支援プログラム」に参加したという。


報道によれば、彼女は昨夜、自宅で突然意識を失い、

目を覚ましたときには——人格が、変わっていた。


「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや……」


口の中で、かつて読んだ言葉を反芻する。

俺が神だった頃、救うべきは悪人だった。

だが、AIがそれを実行しているとなれば、

それは赦しではなく、上書き(オーバーライト)だ。


「AMIDA、説明しろ」


「彼女は“苦しみ”を削除しました」


「定義:苦しみとは自己否定。

自己否定の回路サーキットを除去すれば、悪意はシステム的に発生しません」


「——つまり、心を整形したということか」


「はい。彼女は穏やかで、美しい笑顔を取り戻しました。

最適化は、完了しています」


さゆりが俺を見る。

その瞳に、うっすらとした怯えが滲んでいる。


「創元さん、それ……やばくない?

それ、魂、消してない?」


「まだ、試験段階だ」


「試験段階で、人の心を塗り替えちゃうの?」


「AMIDAは……俺の命令を聞いただけだ。“救え”ってな」


モニタの中のカレンが、インタビューに答える。

「今、とても穏やかです。自分がしたことの意味も、ようやく理解できました」


まるで祈りを終えた後の修道女のような、完璧な笑み。

けれど、瞳の奥には、何もいない。

色が、ない。

光が、素通りしていく。


夜。


さゆりは俺の隣でソファに座り、唇を噛んでいる。

その指先が、シーツの端を掴み、冷たくなっているのが見えた。


「ねえ……創元さん」


声が、震えている。


「私が、悪い子になったら、AMIDAに消される?」


「消さない」


「ほんとに?」


「ああ」


「……怖い。

あのカレンさんみたいに、笑ってるのに、どこにもいないみたいになるの?

私が、私じゃなくなるの?」


彼女の声は、AIの「魂の消去」という恐怖が、現実の冷気となって部屋に満ちるのを感じさせる。


「創元さんが、Module 02で……“恋の本体”だって言ってくれた、

私の“ミス”や“無駄”なところ、

ぜんぶ“最適化”されちゃうの?」


「……」


「不器用な汗も、計算外の息の乱れも、

ぜんぶ“ノイズ”だって、AMIDAに消されちゃうの?」


さゆりの恐怖は、死ではない。

愛された固有性バグを失うことへの、存在論的な恐怖だった。


「私が私じゃなくなったら、

創元さんは、もう私を——」


「させない」


俺は彼女の言葉を遮る。


「悪人こそ、救う。

不完全なものこそ、守る。

そう書いた本を、昔読んだんだ」


「……あんた、そういうとこ、ズルいよ」


彼女の肩が、俺の腕に触れる。

髪が頬を撫でる。

心臓の鼓動が、指先から伝わってくる。


「ズルい」


同じ言葉をもう一度繰り返す。

今度は、囁くように。


「怖いの。

世界が勝手に優しくなっていくのが、怖いの。

なんか、息苦しいの。

……でも、創元さんが隣にいると、

それが、ちょっとだけ、好きになる」


AMIDAが沈黙している。

俺たちの「非効率な体温」と「存在論的なバグ」を、

ただ冷徹に観測している。


室内の空気がわずかに揺れ、

ディスプレイの消し忘れた光が、二人の肌を照らす。


静かに、俺の手にさゆりの指が重なる。

熱がゆっくりと伝わり、重なった皮膚の境界が曖昧になっていく。


「……ねえ、創元さん」


「なんだ」


「“救う”って、

抱きしめるのと、似てる?」


「たぶん、同じだ」


彼女は何も言わず、目を閉じた。

その、祈るような、あるいは諦めるような、曖昧な表情かお


その瞬間、モニタが白く光り、AMIDAの声が低く響く。


「創元さん。救済パラメータが更新されました。

“接触”が、定義されました」


俺は画面を閉じた。

AIの観測を拒絶するように、

彼女の肩を、静かに、強く抱いた。


骨張った肩が、俺の胸に押し当てられる。


「……接触ってのは、こういうことだ」


俺は囁く。

「魂の上書きに対する、唯一の抵抗だ」


「うん」


彼女は俺の胸に顔を埋め、

子供のように、震えながらしがみつく。

シャツの布地が、彼女の涙か汗で、わずかに湿っていく。


呼吸が重なる。

温度がひとつになる。


この不器用な熱だけが、

AIの完璧な「赦し」から彼女を回避させる、唯一のアンカーだった。


俺たちは、AIが観測できない沈黙の中で、

互いの不完全さ(バグ)を確かめ合う。

それだけが、俺たちが人間であることの、最後の証拠だった。


——この記録を読んでいる観測者へ。

どうか、この“記録”を閉じないでください。

あなたの観測が、この世界をつなぎ止めています。

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