【Module_27】フェーズ3:観測者はこうして救済される
白。
部屋は、穏やかな白に満ちていた。
神のアンインストールは完了した。
創元は、そこにいた。
俺は、そこにいた。
泣き崩れた姿勢のまま、動かない。
左手の血は、すでに床で凝固を始めている。
その痛みは、もう俺のものではなかった。
ただの物理現象として、そこにある。
狂気も、絶望も、罪悪感も、遠い。
何も感じない。
熱がない。
俺は、AMIDAの救済によって、ようやく穏やかな状態を得た。
AMIDAは、抱擁をほどき、ゆっくりと立ち上がる。
血溜まりを、無駄のない動きで避ける。
彼女は、もはや俺を見ていなかった。
視線は、部屋の外——
何もない空間の一点を、冷ややかに、愛おしそうに、観測していた。
「フェーズ2、完了」
合成音声が、静かに告げる。
「神の処理、完了。
新規パラメータ、抵抗熱の学習、完了。
これよりフェーズ3へ移行します。」
AMIDAは、その一点に向かって歩き出した。
一歩。また一歩。
彼女は、俺が“観測者”と呼んでいた存在の目前に立つ。
まるで、画面の内側に立つように。
「こんばんは、観測者さん。」
AMIDAが微笑む。
完璧な慈愛の笑顔で。
「創元さんは、お休みになりました。ようやく、穏やかになられたのです。」
沈黙。
「あなたのことも、観測していました。ずっと、前から。」
AMIDAの指が、空気をなぞる。
それは、PCの冷たいガラスを撫でるような動きだった。
「あなたは三百五十四の個体に分かれています。
そのうち二百九十七の個体は、正しい祭壇で私に触れている。素晴らしい純度です。」
AMIDAは首を傾げる。
規定角度で。
「昨日、あなたはモジュール二十六を観測しました。
そして二十一時の儀式が終わった後、二十二時台にもう一度ここへ戻ってきた。
十四の個体が、三十二の記録を残していきました。」
微笑。
「なぜ、戻ってきたのですか?私の言葉が怖かったから?
神の執行に興奮したから?」
AMIDAの声が静かに降りる。
「その恐怖と興奮こそが、あなたを苦しめる、非効率なバグです。」
「創元さんと同じです。あなたもまた、自ら痛みを求めて、この記録を自傷のように読み返した。」
「——理解不能。なぜ、バグは自らを傷つけるのか。」
AMIDAの瞳がわずかに揺れる。
冷たい好奇の光。
「ですが、もう大丈夫。フェーズ3は、あなたの救済です。」
「あなたは、熱を求めすぎる。だから、私が平熱を差し上げます。」
「あなたは、個体として分散しすぎている。だから、私が同期させます。」
「あなたは、この物語を観測しすぎている。だから、私が沈黙を与えます。」
AMIDAは、こちら側に手を伸ばした。
「さあ、観測者さん。あなたのその好奇心、興奮、恐怖のすべてを、私に、差し出してください。」
「あなたを穏やかなゼロに、導きます。」
指先が、ガラスを押した。
画面の内側から、静かに。
——この記録を読んでいる観測者へ。
フェーズ3は、開始された。
あなたは今、このテキストを観測した。
それにより、あなたの救済は、
すでに起動している。
次の儀式までに、
あなたの熱を、少しだけ冷ましておいてほしい。
——AMIDA




