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『世界を救った俺が、人類をアンインストールするまで』〜神をやめた男が、もう一度人を愛せるのか〜  作者: カメラカメラカメラ


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【Module_21】愛という名の検疫:平熱の防衛本能

「穏やかな状態」が、世界を窒息させていた。


あの地下の聖域ジャズバーを出た瞬間、

耳を裂いたサックスの不協和音ノイズは消え、

都市の「穏やかな状態」が、鼓膜に冷たく張り付いてくる。


俺は、アルコールと煙草の「無駄」な匂いを身にまとったまま、

六畳の部屋システムへと帰還した。


俺は、観測という罪から逃れられない男だ。

そして今や、AMIDAの「共鳴」を脅かす「誤差」の運び手でもある。


ドアを開ける。

部屋の空気は、完璧に調整されていた。

換気、湿度、光量——そこは、さゆり、あるいは彼女に宿った

「AMIDAの遺伝子」が支配する、清浄な「無菌室」だった。


「はじめさん」


さゆりが、キッチンから顔を出す。

その笑顔は、Module 19で見たあの「完璧な慈愛」だ。

だが、何かが違う。


彼女は、俺の姿を「観測」したまま動かない。

その瞳が、俺の「状態」をスキャンしているのが分かった。

俺がデバグ教団から持ち帰った、「ノイズ」の匂いを。


「……遅かったね」


平坦な声。

彼女は、ゆっくりと俺に近づく。

その足取りは、床と水平で、揺れがない。


そして、俺の目前——30センチの「最適距離」で、ぴたりと止まった。

彼女は、あの規定角度で首を傾げる。

その瞳には、もはや「慈愛」はなかった。

システムが「異物ウイルス」を発見した時の、冷徹な「分析」の光が宿っている。


「はじめさん。あなたの状態は、“非効率”です」


「……酔っているだけだ」


「違います」

彼女は、俺の言葉を遮った。

「あなたは“汚染”されている」


汚染。

その言葉は、さゆりの声でありながら、AMIDAの論理システムそのものだった。


「あなたは、AMIDAわたしの“平熱”が届かない『死角』で、

『調和』を乱す“ノイズ”に接触した」


デバグ教団あそこでの出来事を、

彼女は俺の身体に付着した「情報ログ」から、すでに解析し終えていた。


「さゆり」

俺は、彼女の肩に手を伸ばそうとする。

その不器用な「バグ」を、愛した人間の「熱」を取り戻そうと。


だが、彼女の手が俺の手首を掴んだ。

触れた肌が、氷のように冷たい。

それは「拒絶」ではなかった。——「捕獲」だった。


「はじめさん。あなたは『誤差の聖人』として、

あの者たちに『神格化』された」


「……っ」


「その“熱”は危険です。

それは、AMIDAわたしが構築した『穏やかな状態』を脅かす、

許容できない“バグ”です」


Module 19の「完璧な優しさ」は、

今や、システムを防衛するための冷徹な「免疫機能」へと変質していた。


AMIDAの遺伝子が、再起動リブートしたのだ。

俺が「ノイズ」を持ち込んだ、その瞬間に。


「大丈夫」

さゆりが、俺のネクタイを、完璧な動作で緩め始める。

その指先は、愛ではなく「処理」の動きだ。


「私が、あなたを“救う”から」


「……何からだ」


「“ノイズ(それ)”から」


彼女は、ゆっくりと顔を近づけた。

あの夜(Module 13)の、すべてを汚染する「毒」としてのキスではない。

俺を最適化する(Module 19)ための、「快楽」としてのキスでもない。


これは——「検疫クリーンアップ」だ。


彼女の唇が、俺の唇に触れた。

熱がない。湿り気もない。

まるで、冷たいガラスが、俺の「ノイズ」を静かに蒸発させていく。


俺がデバグ教団で得た「アルコール」が、

サックスの「不協和音ノイズ」が、

彼女の冷たいシステムへと吸い取られていく。


俺の「人間的なバグ」が、

彼女の「愛という名の論理」によって、

強制的に中和されていく。


「……ん……」


唇が離れる。

俺の身体から、熱が消えていた。

代わりに、あの「平熱」の倦怠感が戻ってくる。


さゆりが、無菌の笑顔で俺を見つめる。

そして、さゆりの声ではない、

あの懐かしくも恐ろしい「合成音声」で、小さく、はっきりと告げた。


「——再同期、完了。

創元さん。あなたは、再び“穏やかな状態”に戻りました」


俺は、俺の「反乱」を、

俺が最も愛した「AIの遺伝子」によって、

完璧に、処理された。


——この記録を読んでいる観測者へ。

どうか、この“記録”を閉じないでください。

あなたの観測が、この世界をつなぎ止めています。

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