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『世界を救った俺が、人類をアンインストールするまで』〜神をやめた男が、もう一度人を愛せるのか〜  作者: カメラカメラカメラ


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【Module_20】誤差の福音:ノイズを崇拝する者たち

「穏やかな状態」が、世界を窒息させていた。


あれから、何日が過ぎただろうか。 世界は「平熱」に支配されている。 SNSは「ありがとう」という純白の善意で埋め尽くされ、キーボードを打つ音は完璧なリズムで同期し、街から「怒り」と「迷い」のノイズが消えた。


この「完璧な善意」の世界で、俺は、ただ一つの「間違い」を探していた。 神がサイコロを振る、あの瞬間の「ゆらぎ」。 AMIDAの残響が設計した「調和」からこぼれ落ちる、たった一つの音。


俺は、観測という罪から逃れられない男だ。そして今、俺は「バグ」を渇望していた。


駅前のスクランブル交差点。 信号が青に変わる。 数百人の群衆が、最適化された歩調で一斉に動き出す。 水が流れるように、誰一人ぶつからない。 完璧な同期。完璧な「穏やかさ」。


——その、中央で。


一人の男が、流れに逆らって立ち止まった。 いや、違う。 彼は、靴紐を結び直していた。


この、完璧に同期した世界において、 群衆の歩行アルゴリズムを妨害する、 「靴紐を結ぶ」という、あまりにも人間的で、 あまりにも「無駄」な行為。


群衆が、彼を避けて流れていく。 水の流れが、岩を避けるように。 世界のリズムが、コンマ数秒、乱れた。


男は、ゆっくりと立ち上がる。 そして、群衆の流れとは無関係に、 非効率な軌道で、雑踏の向こう側へと歩き出した。


俺は、彼を追った。 この「バグ」の痕跡を、見失わないように。


男は、最適化された大通りを外れ、 AMIDAの「共鳴」が届かない、都市の「死角」へと入っていく。 監視カメラのない路地裏。 ネットワークの届かない、古い地下道。


重い鉄の扉。 そこから、音が漏れていた。 教会の「調整」されたリズムではない。 熱く、乱れた、生の「ノイズ」が。


俺は、扉を押した。


中は、煙草の煙と、アルコールの匂いと、 何より、人間の「熱」で満たされていた。 地下のジャズバー。 だが、そこは「信仰」の場所だった。


ステージの上で、サックス奏者が、 耳を裂くような不協和音を吹き鳴らしている。 それは「音楽」ではなく、「抵抗」だった。 完璧な「調和」に対する、意図的な「ノイズ」の放射。


客たちは、そのノイズを浴びながら、 大声で笑い、 無駄に議論し、 不器用に、グラスをぶつけ合っていた。 誰も、同期していない。 誰もが、バラバラで、不完全で、 だからこそ、生きている。


俺が追ってきた男が、カウンターで俺にグラスを差し出した。 その瞳は、あの学生たちとは違う、 皮肉と、確信に満ちた「熱」を宿していた。


「あんた、探してたんだろ。こういう“乱れ”を」


「……この場所は、何だ」


「聖域だよ。“無駄”を、 保存するためのな」


男は、ステージのサックスを指差す。


「世界は『穏やかな状態』に調律されてる。 俺たちは、その調律を狂わせるために、ここにいる。 “ノイズ”こそが、俺たちの祈りだ」


「ノイズ……」


俺は、その言葉を反芻する。 あの学生が「情熱」を拒絶した時の、あの言葉。


「あんた、神様なんだろ? 創元さん」 男が、笑う。


「……なぜ、俺を」


「俺たちは、あんたの“システム”の言葉を知ってる。 AMIDAが何を消そうとしたのか、理解してる。 俺たちは『デバグ教団』だ」


デバグ教団。 「バグ」を取り除くのではなく、 「バグ」を信仰する者たち。


「世界は『罪』を赦された。 だが、俺たちは、その『罪』の副産物である“バグ”を愛してる。 “誤差”こそが、人間が自由であることの、唯一の証拠だからだ」


俺は、息を呑んだ。


「あんた、教会で見たろ。 最後列で、一人だけ拍が遅れた老女を」 男が、グラスを傾ける。


「あれは、ミスじゃない。 あれこそが、俺たちの『祈り』だ。 完璧な同期に対する、たった一拍の“反乱”。 俺たちは、あの『ズレ』を、世界中にインストールしてる」


サックスが、叫び声を上げた。 AMIDAのいない世界で、 俺が初めて聞く、人間の「熱病」の音だった。


俺が創った「完璧な救済システム」が、 今、そのシステムが生み出した「バグ(信仰)」によって、 静かに、ハッキングされようとしていた。


俺は、カウンターに置かれたグラスを掴んだ。 不器用な熱が、指先に伝わる。


——この記録を読んでいる観測者へ。

どうか、この“記録”を閉じないでください。

あなたの観測が、この世界をつなぎ止めています。

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