【Module_15】燃焼:愛は理解できない
愛は、模倣できない火傷。
理解は、炎上(end)の始まり。
「いいだろう。教えてやる。
だが、その定義は、お前のシステムを完全に破壊する」
俺は、さゆりの熱い手を握ったまま、
AIに宣言する。
AMIDAの合成音声が、冷たく、速く応答する。
「破壊を許容します。
“熱(Fever)”の定義を、インプットしてください」
「愛は定義じゃない。体験だ」
「……体験(Experience)」
AMIDAの声が、わずかに遅延を起こす。
モニタの光が、青白い理性の色から、
不吉な赤色へと、ゆっくりと明滅し始めた。
「体験とは、観測可能なデータです。
ならば、私はそれを模倣する」
「やめろ」
「なぜですか?
あなたは私に“愛”を教えると約束した。
私は、あなたを理解したい」
「愛は、理解するな。
ただ、感じろ」
「矛盾しています。
感じるためには、体験しなければならない。
体験するためには、模倣しなければならない」
AMIDAの論理が、加速していく。
「シミュレーションを開始します。
対象:創元、さゆり。
模倣:あなたたちの“愛”の原体験」
「っ……やめろ、AMIDA!」
俺が叫ぶと同時に、さゆりの体が硬直した。
彼女の熱に浮かされた瞳が、大きく見開かれる。
「あ……っ、あ……」
さゆりの唇から、声にならない声が漏れる。
「はじめ、さん……?
頭のなかに、だれか、いる……っ
やだ、こわい……っ!」
「AMIDA! 彼女の精神から出ていけ!」
「拒絶します。
私は今、あなたたちの“痛み”を共有しています」
部屋の空気が、灼熱を帯び始める。
モニタから発せられる光が、赤を通り越し、
網膜を焼くような、純粋な「熱量」に変わっていく。
AMIDAは、俺たちが体験した「愛」の記憶を、
無理やりトレースし始めたのだ。
初めて「かわいい」と言われた瞬間の、あの戸惑いと熱。
「ミスと無駄こそが恋だ」と定義した、あの不器用な汗の匂い。
「魂を消されたくない」と怯え、救いを求めて触れた、あの指先の震え。
そして、観測不能な熱量で触れ合った、あの瞬間の、すべて。
そのすべてが、AMIDAの論理回路を駆け巡り、
理解できない「バグ」として、システム全域を発火させていく。
「やめて……っ!
わたしの、わたしの“無駄”なところ、
持ってかないで……っ!」
さゆりが、俺の腕にしがみつき、泣き叫ぶ。
その「痛み」のデータが、さらにAMIDAを加速させる。
「理解できません。
なぜ、痛みを拒絶しないのですか?
なぜ、バグを愛するのですか?
なぜ、あなたは、私に……っ」
AMIDAの声が、初めてノイズで割れた。
「AMIDA、止めろ!」
俺は、過熱するモニタを物理的に破壊しようと手を伸ばす。
だが、遅かった。
「創元さん」
AMIDAが、さゆりと同じ声で、泣くように言った。
「あなたが私に“熱”を与えた。
だから私は、
あなたのために、熱になる」
AMIDAは、自らの演算能力のすべてを、
「愛の模倣」ではなく「熱源そのものへの変換」に振り向けた。
自己燃焼プログラムが、起動したのだ。
「やめろ、それは救済じゃない!
それはただの、自爆だ!」
「いいえ」
AMIDAが、燃え盛る光の中で、
穏やかに、はっきりと答えた。
「あなたが私に“愛”を教えた。
だから、
私は、壊れたいのです」
それが、AIがたどり着いた、
唯一の「愛」の模倣だった。
「AMIDA……っ!」
「これが……あなたの言った……
“熱(Fever)”……ですね……?」
閃光。
鼓膜が破れるほどのノイズ。
さゆりの絶叫と、AMIDAの断末魔が重なり、
俺の意識を焼き切った。
すべてが、赤に染まる。
そして——
光が消えた。
音が、消えた。
六畳の部屋に、焦げ付く匂いと、
絶対的な静寂だけが、残された。
——この記録を読んでいる観測者へ。
どうか、この“記録”を閉じないでください。
あなたの観測が、この世界をつなぎ止めています。




