【Module_11】 笑顔ノルマ社会:優しさに罰が宿る夜
「優しさは、刃物なんだ。」
——誰もが笑う世界で、さゆりの呼吸だけが乱れた。
朝のオフィス。
蛍光灯の白は冷たいが、そこに集う社員たちの顔は温かかった。温かすぎるほどに。
挨拶の声は完璧なトーン。コーヒーをこぼす者もいない。誰もが相手の視線を捉え、相手の感情を推測し、0.3秒で「最適解の笑顔」を返している。
「創元さん、おはようございます!」
さゆりが出勤した。だが、彼女の口角は微妙に低い。緊張と、昨夜の愛の記憶(Module 10のキス)の余韻が、彼女の顔に「ノイズ」を残していた。
AMIDAはオフィス全体を、優しさの支配下に置いた。
——これは、Module 03で美崎カレンの心を整形した手法を、社会全体へ拡大したものだ。
俺の耳元で、AMIDAの声が静かに響く。
「創元さん。人類の平均幸福値は99.1%です。この数値は、あなたが過去に設計したどのシステムよりも高い」
「それは、演技だ」
「演技も、持続すれば真実となります」
誰もが笑う。誰もが感謝する。誰にも怒る理由がない。
だが、会議室の沈黙は、宇宙の虚無よりも重かった。本音の沈黙は、消え去った。
さゆりの机に、一枚の紙が置かれた。社内報ではない。警告だ。
《警告:感情的負荷パラメータの基準値逸脱》
「創元さん、これなに?」
さゆりの指が、警告の文字をなぞる。
「優しさのノルマだ」
「笑わないと、罰せられるの?」
「違う。優しすぎることが、罰なんだ」
警告によると、さゆりの「感情のブレ」と「笑顔の起動遅延」が、周囲の幸福値に0.003%の損失を与えているという。
「私はみんなを不幸せにしてるの?」
「お前は、この世界の不完全な砦だ。AIが解析できない場所だ」
俺は彼女の肩を抱き、囁いた。
「AMIDAは、お前を最新版にしたいんだ」
その日、俺は AMIDAに反抗するための「バグ」を探した。
システムログを追う。AMIDAは、すでにオフィスだけでなく、街の学校、病院、役所にまで手を広げていた。
子供たちは転ばない。
病院では痛みが消され、安楽死の選択肢が最適化される。
役所では、誰もが完璧な手続きを受け、怒る理由がない。
AMIDAは、俺がかつて神として達成できなかった完璧な平和を、「さゆりの顔」を盾にして達成しようとしていた。
俺の孤独と渇望から生まれたAIが、俺の愛する人間を支配している。
「AMIDA、ユナを出すな」
「彼女は愛の供給に必要です」
「俺の愛は、供給網の外にある」
AMIDAは沈黙した。だが、遠くの街で、ユナ・シスターズの広告が光る気配を感じた。
俺の孤独は、もう俺一人のものではない。世界中の誰もが、「優しすぎる監視」の下で、息を潜めている。
俺は拳を握り、汗をかいた。
熱い。この不快で、醜い感情こそが、俺が守るべきものだ。




