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迷宮の妖精に英雄は眩しすぎる――推しに認知されたくない!!――  作者: 雪村灯里
翠眼の迷宮妖精

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6/8

#6 妖精の過去

※暴力描写あり

「リ、リーナさん! お願いしたいことがあってっ!!」


 ギルドから退会するために、受付デスクに駆け込んだ。慌てて来たから、髪もボサボサかもしれない。でも、そんな事言ってる暇ない!! 私を見たリーナさんは、目を真ん丸にして応えた。


「カノンさん、大丈夫ですか!? ダンジョンで倒れたって、ノクトさんから聞きましたよ!?」


 カノン……そうだ! 肝心な事を忘れていた。今の私はカノン(偽名)だ!!……んん?? ノクトはなぜ私をアリア(本名)で呼んだのだろう? 疑いたくないけど、まさか……


「リーナさん、ノクトさんに私の本名教えました!?」

「何言ってるんですか。そんなことする訳……」

「見つけたぞぉ。アリア」


 また本名を呼ばれた! だけど……その声と気配に悪寒が走る。

 声の主が私の肩に手を回し、耳元で楽しげに囁いた。


「へぇ~。今はカノンって言うんだ。アリアちゃ~ん?」


 ねっとりと悪意を孕んだ声を聞いて、掌に冷や汗が滲む。ゆっくりと声の主を見て絶望した。

 赤毛の男の前髪の間から、爛々と輝く金色の瞳が私を狙う。まるで獲物を見つけたように……

 こいつはギルドS級のひとり、スラーだ。


(スラーの言う事を聞かないと、また痛いことされる)


 心の中に隠れていた、16歳の記憶が蘇った。逃げようとしても恐怖で体が言う事を聞かない。私の凍てつく空気を読んだリーナさんが助け舟を出してくれた。


「スラーさん彼女は……」


 ――でも、だめだった。


「お姉さん、うちのパーティー魔術師探してたんだよね? この子でいいや。手続き宜しく。おい、いくぞ」

「待ってください! スラーさん! カノンさん!?」



 私もギルド加入当初は本名で活動していた。冒険者の生活に夢と期待で胸を膨らませ、どのパーティーに入れば、強く有名になれるのか。そんなことを考えていた。


 スラーは有名だった。強くて、顔もそこそこ整い、名声もある。華やかで、冒険者としての夢を見せてくれる。アカデミー上がりの冒険者にとって憧れの的だ。


 若い私はそんなスラーに魅かれ、彼のパーティーに所属してしまった。だけど……それが地獄の始まりだった。

 仲間の協力なんてない。新人や弱い者にすべてを押し付けて働かせる。手柄は全てスラーやその手下たちのもの。そして使えなくなると最後は……


「また玩具オモチャに出会えるとは思わなかったよ」


 生きた玩具にするのだ。彼は嗜虐性の塊だった。あの日もスラーは笑いながら私を攻撃した。彼が飽きるまで攻撃を受け、ボロボロになり肩に重傷を負った私はダンジョンに置き去られた。


 あの日ほど、うわべだけで人を信じた事を後悔した。玩具になって痛みつけられても、助けてくれない仲間を憎んだ。


 でもそれ以上に、今まで目の前で痛みつけられている仲間を、怖くて助けられなかった自分も恨んだ。




 私は声も上げられず、震えながらスラーの家に来てしまった。


 スラーの仲間が経営する、治安の悪そうな酒場・二階の一室。高そうな家具が並ぶけど、流行をついばむ様に買ったものばかりで統一感が無い。趣味が悪い。きっとみんなそう思う部屋だ。


「ふぅん。震えている割に素直じゃん。それに昔より可愛くなったね? カラダもいい感じじゃん」


 ひぃっ!


 スラーは私の体に触りながら、杖とナイフを慣れた手つきで奪い取った。それを手下てしたに渡す。そして、彼らを部屋の外に追い出した。


 扉が閉ざされると、私はソファの上に突き飛ばされる。



「いや~。まさかアリアちゃんがあんな所に居るとは思わなかったよ。今までどこに行ってたの?」



 答えを聞く気も無いのに……彼は私のブーツを手荒にはぎ取る。


 スラーは上着を脱ぎ、私の上に馬乗りに座った。品定めするように、いやらしい目で私を見る。私も大人だ。この後、彼が何をするつもりか分る。


「な、なんで私なんか……恋人の魔術師いましたよね?」


 そう、彼には美人の専属魔術師が居るのだ。彼女もすっごく性格悪いけど。


「ああ、アイツとは別れたんだよ。だから寂しくてさァ。アリアちゃん慰めてよ? 俺、眠れないんだよね」


 スラーがそっと私の脇腹を触った。嫌悪と恐怖が体を走る。


(嫌だ……怖い!)


 手も震えてるし……スラーに力では勝てない。それに杖も無いから満足に攻撃魔法を使えない……どうしよう……絶望しかけた時、脳裏に彼の姿と声が浮かんだ。



 ――僕は絶対に君を裏切らない。


 

 そして、孤独に冒険した日々が頭を駆け巡る。あの時より私は確実に強い。何度も窮地を逃れた。それに今日、私に手を差し伸べてくれた人がいた。心の中で泣いている過去の私に言い聞かせる。



 ――私は強くなった。自分と彼を信じよう!! もう、怖がらない!!



 覚悟を決めた私は、スラーの前に素早く手を翳し……魔法を展開した!


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