表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全能視覚の冒険者  作者: 囹圄
第一章『追放と絶望』
8/38

第七話 過去を視る

「これ、は」


 陽が落ちているにもかかわらず、魔法で色を変えた灯火がそこら中で焚かれ、酔っぱらった冒険者風の男たちや客引きの女で(にぎ)わう大通りが眼前に広がっている。

 今滞在しているワンモスという街よりも、明らかに栄えた歓楽街だ。


「…………マジで、ジョリアの風景を観てるのか?」


 驚いたことに、街の喧騒(けんそう)まで聞こえて来る。

 目で見るわけではないとは言われていたが、視覚以外の情報も得られるとは思わなかった。

 ただし、歓楽街ならどこからか漂ってくるはずの料理の匂いや、女たちが身に(まと)う香水の香りは感じられない。

 それに、屋外はそれなりに冷える時間帯だが、肌寒さもない。

 どうやら取得できるのは光と音を介する情報に限られるようだ。


「それでも、すごい能力だ」


 〝遠見〟で見ることができた距離は、実際に目で見渡せる程度の範囲だった。

 〝遠見〟という能力名ながら、その実態は遠くを見るというより、視点を飛ばすことで視線の通らない場所を見られる能力なのだ。

 それでもレンはかなり視力が良い方なので、小さな街の端から端ぐらいまでの範囲内なら大抵は視認することができた。

 だがこの〝全能視〟は、おそらく距離など関係なくどこだろうと、それこそ大陸の端から端、それどころか海の向こうさえ視ることができるのだと、なんとなくわかった。


「問題なく視られたようですね」


 街のざわめきに重なってソフィーナの声が耳に届き、集中の途切れたレンの眼前から繁華街の景色が()き消える。


「あ、ああ……いやすごいな、この〝天分(ギフト)〟」

「ええ、女の子の裸とかも見放題ですねぇ」

「いや、それは……」


 その気になれば〝遠見〟でも見れた、とはあえて言わない。


「そんなことよりも、この力を使えば冒険者ギルドで情報取得系の依頼は大抵こなせそうだ」

「冒険者にこだわるよりも、王国軍に仕官でもした方が良いのでは? 他国の情報をいくらでも得られる能力ってことで間違いなく厚遇(こうぐう)されますよ?」


 たしかに、使いようによっては富も名声も得放題かもしれない。

 しかし、レンは首を横に振る。


「夢があるんだ」

「夢、ですか?」

「うん……大陸最高の冒険者になるって。だから、冒険者を辞めるつもりはない」


 ソフィーナは首を(かし)げる。


「最高、ですか? 定義がわからないですね」

「いや、まあそれはオレもそう思うけどさ」


 レンは苦笑する。

 今さっき出会ったばかりの相手に、なにを語っているんだ。

 こんな子どもじみた夢など、普通は一笑に付されるとわかりきっているのに。

 だがソフィーナは、特に馬鹿にした様子もなく、続ける。


「〝天分〟をどう使うかはレンさんの自由ですが、まだ試していない能力がありますよ」

「え? あ、そうか……過去や未来も視れるとか言ってたよね」


 そこまでいくと、もはや自分に知り得ぬことなどないのではないかと思えてくる。


「はい。ただ〝未来視〟についてはひとつだけ制限があります」


 万能感に酔いかけていたレンは、ソフィーナの言葉に、水を差されたような気分になる。


「制限?」

「ええ。レンさん自身の未来だけは、視ることができないはずです」

「そうなの? どうして」

「あなたが自分の未来を知れば、その瞬間に未来が変わるからです」

「え、でも、そりゃ悪い未来は変えようとするかもしれないけど、良い未来ならむしろ変えないようにするでしょ」

「たとえ変えるつもりがなくても、未来を()るという状態は確実にあなたの行動に影響を及ぼし、決まっていたはずの未来を変えるのです」

「そういうものなのか」


 少しがっかりしながらも、もし自分が死ぬ未来など視て、それが避けられない運命であれば、一生怯えながら生きることになったかもしれないとレンは想像する。

 そう考えれば、自分の未来を視られないという制限は、むしろ良かったのかもしれないとポジティブに受け容れることができた。


「まあおそらく難易度としては〝過去視〟の方が低いので、先にそちらから挑戦してみましょう」

「ん? どうして過去を視る方が簡単なの?」

「既に確定した出来事だからですよ。未来は不確定ゆえ、最初は揺れる水面を視るような感覚を覚えるはずです」

「ふうん、そうなんだ」


 自分自身の〝天分〟でもないのに当人より詳しく知っているとは、宣託官というのは大したものだとレンは思う。

 それとも、上級宣託官である彼女が特別なのだろうか。


「たしかに、一般的な宣託官よりも多くの情報を伝えられるからこそ、私は上級なのです」


 内心を見透かされたようなことを言われ、レンはたじろぐ。


「宣託官とはその肩書きの通り、宣託を下す者です。つまり神の代弁者。神が授けた〝天分〟についてあなたより詳しいのも、神と(つな)がっているからこそ、当然なのですよ」

「そ、そう」


 今の発言自体が、彼女が神懸(かみが)っていることの証左であると感じ、レンは出会ってからはじめてソフィーナに微かな畏怖(いふ)の念を抱く。


「では〝過去視〟を行ってみてください。方法は〝千里眼〟と同じです。過去の出来事を、視たいと強く望むのです」

「うん……うっ」


 目を伏せ、過去に想い()せようと試みるが、目の前に凄まじい速度の映像が流れたことで、眩暈(めまい)を覚えてひっくり返りそうになる。


「なん、だ、これ……」

「難しいですか? そうですね……では最近もっとも心に残った出来事を思い出してください。力を使い慣れてない今のレンさんに必要なのは、強いイメージですので」

「最近の――」


 ソフィーナの言葉によって、レンの脳裏にひとつの記憶が浮かび上がる。


「心に残った、出来事――」


 次々と流れ去る景色が弾けるようにして消え去り、目の前に見覚えのある光景が現れる。


「……ここは」


 周りをよく見ようと意識すると、思うままに視点が移動する。


「ジョリアの酒場!? じゃあもしかして――」

『いらねえよ! バカにすんな!』


 大声を耳にして驚き、咄嗟(とっさ)に声の方へ意識を向けたレンは、視線の先に映った人物に気付いて息を呑む。

 屈辱と怒りに顔を歪めた自分自身が、勢いよく席を立ち、眼前に置かれた袋を引っつかむところだった。


「…………()()()のオレ、か」


 過去のレンは足元に置いた自分の荷物を持つと、テーブルを挟んで対面する仲間たちに背を向け、足早に出口へ向かった。

 レンはその後ろ姿から、かつての仲間達へと視線を移す。

 不快げな顔を背けたままのナディーン、冷めた顔のスー、呆れ顔のミーシャ、そしてカイルのニヤケ(づら)を見て、あの時の悔しさが(よみがえ)る。

 何故、よりにもよって、あの時の光景など視てしまったのか。

 四人はもちろん、自分の意識を誘導したソフィーナにまで怒りが湧く。


『おい、ケンカか?』


 近くで囁く声が聞こえ、レンが背後に意識を向けると、別の卓についていた冒険者たちが大声に気付き、カイルたちと店の入り口へ向かうあの時の己の間で視線を動かしながら、ひそひそと(ささや)き合っている。

 続けて店中に注意を払うと、他の客たちもかつての自分たちに注目し、何ごとかと言葉を交わしているのに気付く。

 そういえばソフィーナが冒険者の噂になっていたと言っていたが、その発信源はこの場にいた客たちだったのだろう。

 そんなことを考えているうちに、あの時の自分が店の扉を押し開け、出て行くのをレンは見送る。


『おい見せもんじゃねえぞテメエら!!』


 先程の自分の怒鳴り声よりも、さらに大きな怒号に、酒場が一瞬で静まりかえる。

 驚いたレンが声の方へ意識を向けると、カイルが他の客たちへ鋭い視線を向けていた。

 (にら)みつけられた客たちは、慌てて目を反らして口を噤む。

 勇者であるカイルに腕っぷしで敵う人間などそういない。


『ちょっとカイル』

『ちっ!』


 ミーシャに(いさ)められ、カイルは舌打ちしてふんぞり返る。


「……そういやこいつら、オレが出てってからどんな話してたんだ?」


 そう疑問に思った途端、レンの視点はかつての仲間達に近寄っていく。

 間もなく彼らが会話を始めると、レンはその内容に愕然(がくぜん)とすることになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ