第五話 誤り
もの問いたげなレンの視線を受け、ソフィーナは語りはじめる。
「レンさんもご存知の通り、神は私たち人間に、必ずひとりひとつの〝天分〟をお授けくださいます。この神の慈悲により、誰もが自分の役割を見出し、希望を持って生きることができるのです」
必ずしもそうではないと、レンは知っている。
己のように大して役に立たない〝天分〟もあれば、カイルのような規格外の評価を受けるものもある。
当たり外れが大きいのだから、随分と公平性に欠ける仕組みだ。
だから、〝天分〟と関係のない道へ進む者も、決して少なくはない。
ただ、〝天分〟のおかげで、誰にでも少なくともひとつは取り柄があるのも事実だ。
レン自身、〝遠見〟という〝天分〟を活かして斥候になったのだから、不平等だと文句を言うのは筋違いだと納得している。
「そして我が教会こそが、宣託というかたちで信者に〝天分〟を伝える使命を担っているのです」
教会、という組織名は、〝天分〟を教えるというその役目に由来する。
それを行うのが宣託官だということも、レンは承知している。
この大陸に生きる人間は、外法民や異端者という例外を除き、十六歳で成人を迎えると教会に出向いて、宣託官より〝天分〟を伝えられる。
そして多くの者は、その〝天分〟を活かした道へ進むため独り立ちする。
「ところで、レンさんは知っていますか?」
「なにを?」
「ほとんどの〝天分〟は先天的に人が持っているものですが、ひとつだけ、後天的に獲得できる〝天分〟があるんです」
初耳だった。
生まれた時から持っているからこそ〝天分〟というのではないのか。
しかも、たったひとつだけ、後から得られるとはどういうことなのか。
レンの疑念の答えを、ソフィーナは続けて話す。
「〝天分〟を見出すための〝天分〟ですよ。教会はその〝人見〟の〝天分〟を、儀式によって後天的に人へ与えることができます。そして〝人見〟の〝天分〟を与えられた者こそ、我々宣託官なのです。この秘法を見出したことで、我々教会は神の代弁者たる地位を獲得し、大陸の実に八割以上もの国への布教を達成したのです」
たしかに、言われてみれば、ただの教会のいち職員が、不特定多数の人間の〝天分〟を、魔法のような特殊な力を使うわけでもなく見抜くのを不可思議に感じたことはあったが、その能力自体が〝天分〟だったと言われれば納得もいく。
「教会は、どうやってそんな秘法なんてものを発見したの?」
「大昔の聖人が神より授けられたという話です。嘘か真かは知りませんが。それに、今この場で重要なのは秘法の起源ではなく、その秘法によって教会が絶大な権力を得たということです。教会が〝天分〟を宣託することで、人々は己の人生に価値を見出しやすくなり、その恩恵によって我々の奉る神を信仰するようになったわけです」
宣託、という儀式が教会にとってどれほど重要なものかは理解できた。
だが、それが己の〝天分〟とどんな関係があるのか、レンには未だわからない。
「昨年のことです。レンさんと同じヤール王国第四十二司教区の教会で長子が宣託を受けたある商人から、教会本部に訴えがありました」
「訴え?」
「その長子の〝天分〟について、宣託されたものでは納得できないと。我が家の息子は既にまったく違う分野で天才的な能力を発揮している。だからきっと宣託官は間違った〝天分〟を伝えたのだろうと、クレームを入れてきたのです」
「そりゃ……とんだ親バカだ」
「ええ、訴えのことを知った誰もが、そう思ったことでしょう。しかし、その商人は教会に対して多額の献金を行っていたので、訴えを無視するわけにもいきませんでした。そこで、教会は特例的に上級宣託官を商人の屋敷へ派遣し、その長子の〝天分〟を再確認したのです。その結果――」
ソフィーナは一度言葉を区切ってから続ける。
「商人の訴えが正しかったと判明しました」
「え? それは、本当に〝天分〟が間違っていたってこと?」
「はい。元々宣託されていた〝天分〟と相似点こそありましたが、同じものとは決して言えないものだったのです」
話の意外ななり行きに、レンは眉を顰める。
「……どうして、そんなことに?」
「教会はすぐに調査を行い、程なく原因が発覚しました。ヤール王国第四十二司教区を担当する宣託官の能力不足です」
「能力って……だってそいつも〝人見〟の〝天分〟ってのを与えられていたんじゃないの?」
「もちろんです。ただし、〝天分〟を活かすためには訓練も必要です。レンさんだって、最初から自由自在に〝遠見〟の〝天分〟を使えたわけじゃないでしょう?」
「う、うん」
レンの〝天分〟である〝遠見〟は、その名の通り遠くを見わたす能力だ。
ただしそれは、単に視力が良いなどというものではない。
目に魔力を注ぐことで、遮蔽物に視界が遮られているような場所でも、視覚を遠くへ飛ばして見通すことができるのだ。
そんな特殊能力を、宣託を受けた直後から使えたわけではない。
冒険者としていくつものクエストをこなし、プライベートでも訓練を重ねる中で、力を伸ばしたのだ。
「宣託官も同じです。〝洗礼〟を受けた後、厳しい訓練を積み、難易度の高い試験に合格することで、はじめて資格を与えられます」
「だったらどうして」
「件の宣託官は、聖職貴族家の三男坊だったとかで、資格試験の際、試験官に賄賂をわたして合格を買っていたのだそうです。結果、実力を満たしていないのに宣託官となったわけです」
「だから、宣託の儀で〝天分〟を間違えたのか」
「はい。その宣託官の実力を測るため、教会は監視の下で複数の人物の〝天分〟を観させました。結果、的中率は九割程度だったとのことです」
「なんだ、思ったより高いね」
「いいえ。宣託官が〝天分〟を間違えるなんて、万に一度だってあってはならないことです。それを一割も外すだなんて、到底許されません。先程私は教会にとって〝天分〟の宣託が如何に重要かを説明しましたね? それが不確実だなどということになれば、教会の威信が揺らぎかねないのです」
「そ、そうか」
「ゆえに教会は、すぐにその宣託官と不正にかかわった試験官らを家門諸共破門にしました」
教会の社会における影響力を鑑みれば、元教会員への破門という処分が如何に厳しいかは、レンにも想像できた。
良くて外法民に身を落とす、最悪の場合は野垂れ死にだろう。
それだけ教会はこの出来事を重く捉えたということだ。
「ここまでお話を聞いていただき気付かれたかもしれませんが」
細く開いた目の隙間から視線を向けられ、レンは首肯する。
「ああ。オレらに宣託を下したのも、その破門された宣託官なんでしょ?」