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全能視覚の冒険者  作者: 囹圄
第一章『追放と絶望』
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第四話 酒場にて

 ソフィーナに先導されるかたちでやって来たのは、冒険者も愛用する酒場だった。

 どうやら彼女は昼過ぎにこの街へ到着し、宿の前でレンの帰りを待っていたらしく、その間、腹ごしらえをする暇もなかったため、席に着くと大量の食事と酒を注文した。


「ぷっはぁ~! やっぱり旅の後は街で飲む酒とまともな肉料理に限りますねぇ! ここ数日保存食ばっかでしたからようやく生き返った心地ですよぉ!」


 麦酒(エール)をざぶざぶと口に流し込んだソフィーナは、骨付き肉を食い千切って顔に喜色(きしょく)を浮かべた。

 卓に並べられた大量の料理に、レンの表情が強張(こわば)る。

 よもやこの女、己に()()()気ではあるまいな。

 そんなレンの危惧を見透かしたように、ソフィーナは笑みを浮かべる。


「そんな不安そうな顔しないでも、ここの払いは経費で落ちますんで大丈夫ですよぉ。教会はたくさんお布施(ふせ)をもらってるからお金持ちなんですぅ。レンさんもよかったら注文してください。ここはおごりますからぁ」

「い、いや、オレはいい」

「そうですかぁ? んぐっんぐっ……っくぅぅ、信者のお金で飲む酒は格別ですねぇ!」


 なんだこの女は、とレンは思う。

 教会の人間というのは、実際はどうあれ表面的には厳格な神の信徒を気取っている人間がほとんどだ。

 こんな俗物の尼僧と会ったのは初めてだ。

 己を見つめるレンの呆れたような視線に気付き、ソフィーナは苦笑する。


「や、実は私、物心ついた頃からずっと修道院で育ってきたんですよぉ。あそこは清貧(せいひん)を美徳とする施設ですからねぇ。宣託官として俗世に出るようになって、自分がどれ程つまらない人生を送って来たか、はじめて知りましたぁ」

「暴飲暴食はその反動って言いたいの?」

「はいぃ。修道院じゃお酒はもちろんこんな油っぽくて塩けたっぷりの肉料理なんて絶対食べられませんから。それに、おしゃれだって」


 脚が大きく露出したローブも、修道院から俗世デビューした結果というわけか。


「まあ酒でも肉でも好きに頼めばいいよ。でも、オレは今、あんまり酒場に長居したくないんだ。だからとっととこっちの用事を済ませてくれない?」


 ソフィーナは、すぐには応じず、飲み干した麦酒のジョッキを傾け、わずかに残った雫を受け止めようと大きく口を開け、舌を伸ばしている。

 行儀の悪い女だとレンは思う。


「へぁー……ん、もう飲み切っちゃいましたか。ぜんぜん足りないですねぇ。おねーさーん! 麦酒のおかわりお願いしまぁす!」

「ねえ、聞いてる?」

「酒場から出たいのは、パーティーを追放された時のことを思い出すから、ですか?」


 ぎくりと、レンの体が固まる。


「……あんた、そんなことまで調べたの?」

「べつに調べて知ったわけじゃないですよ。あなたの居場所を特定するために、私はギルドに協力を求めました。その時に、最近、以前組んでいたパーティーから外れたと知りまして」


 たしかに、冒険者の所在を調べるならギルドに問い合わせるのがもっとも確実な方法だとレンは納得する。

 クエストを受けた記録は各ギルド支部で管理され、その情報は定期的に本部へ集められる。

 だからギルドは、所属する冒険者の所在を(おおむ)把握(はあく)しているのだ。


「いやでも、問い合わせたからって教えてはくれないでしょ普通。組合員の個人情報だよ?」

「そこは教会のコネとかありますから」


 教会の権力を使ってやりたい放題だな、とレンは思う。

 同時に、そんな権限を与えられている相手への警戒心が増す。


「ギルドは追放の経緯までは把握していないと思うけど?」

「レンさんが以前拠点にしていた街のギルドで情報を得た後、ついでだったので他の冒険者にもあなたのことを聞いてまわったんですよ。所在だけわかっても、容姿とかがわからなければ、あなたと特定することはできませんからね」


 だから、宿屋に戻った己をひと目見て、探し人だとわかったのかとレンは察した。


「その際、いろいろ噂も聞いたわけです。あなたたち、幼馴染でパーティーを組んでいたらしいじゃないですか。それなのに、お友達は出世のためあなたを切り捨てたとか。けっこう名が売れてただけに、皆さんよぉくご存知でしたよ?」


 そういえば、追放された時に、周囲には他の客もけっこういたとレンは思い出す。

 酒場の喧騒(けんそう)で詳しい会話を聞きとれた者はいなかっただろうが、己が激昂して出て行ったのに気付いた者はそれなりにいただろう。

 その後、自分がパーティーから抜けたことを知れば、おのずと事情は察せられたということか。

 早々に拠点を移して正解だったとレンは思う。

 能力不足で追い出されたなんて噂が立っているのでは、みっともなくて街を歩くこともできない。

 そこまで考えて、待てよ、と思う。

 自分が気付いていないだけで、噂はこの街にも流れてきているのではないか。

 もしそうなら、この街で一緒にクエストをこなした冒険者たちも、内心では己を嘲笑(あざわら)っていたのかもしれない。

 疑心暗鬼(ぎしんあんき)になり青褪(あおざ)めているレンの気も知らず、三杯目の麦酒を飲み終えたソフィーナは、ヘラヘラ笑いながら言う。


「まああまり落ち込んでも仕方ないですよ。それに、もしかしたら追放されてかえって良かったってことにもなるかもしれないじゃないですかぁ。一ヶ月後には、美女ばかりのハーレムみたいなパーティーを組んで大活躍しているかもしれませんよぉ?」

「なに言ってんの。そんなわけないでしょ」

「ええ~、わかんないですよぉ? 奴隷のエルフだとかぁ、亡国のお姫様とかぁ、困っている美女を助けまくってぇ――」

「もういい!」


 レンは溜息を吐いて席を立つ。


「〝天分〟についての確認だって言うからついてきたんだ。酔っ払いの戯言(たわごと)なら、オレ以外の奴に聞かせてやりなよ。あんたが酒をおごるって誘えば、その辺の男ならほいほいと――」

「三年前に教会の宣託官から伝えられたあなたの〝天分〟ですが、間違っている可能性があります」

「…………は?」


 立ち去るための捨て台詞を(さえぎ)られたレンは、ソフィーナの言葉に意表を突かれ、しばしの間言葉を失う。


「……………………間違ってる、ってなに? 〝遠見〟じゃないってこと?」

「まあ座ってください。雑談するつもりがないということなら、本題に入りますので」


 レンは一瞬の間を置いて、黙って席に着きなおした。

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