第三話 宣託官
パーティーを追われて約二ヶ月後、レンは拠点を別の街に移して冒険者を続けていた。
といっても、斥候がソロでやっていくのは実質不可能なため、フリーの臨時雇いとして複数のパーティーに参加していた。
準一級とはいえ〝勇者〟であるカイルのパーティーはそれなりに名が売れており、元メンバーというだけでレンを雇いたがる冒険者はそれなりにいた。
それに、斥候向きの〝天分〟持ちは珍しいので、それだけでも重宝がられた。
だから今のところ食いっぱぐれずには済んでいるものの、やはり直接的な戦闘では目立った活躍ができないため、需要のわりにクエスト報酬の取り分は多くない。
その日もレンは、少し前なら考えられない程低ランクのクエストに参加し、己を雇った冒険者たちから分け前を受け取った後、宿へ向かって街中を歩いていた。
報酬の入った袋は驚くほどに軽く、おもわず溜息が漏れそうになる。
宿代と食費を払ったら、ほとんど手元には残らないだろう。
こんな生活に先はないと、レンは気付いている。
今後も冒険者として生きていくのであれば、それなりのランクか将来性のあるパーティーに加わるべきだ。
実際、レンの働きを評価し、勧誘してくれているパーティーもある。
だが、また仲間に捨てられるかもしれないと思うと、どうしても徒党を組む気にはなれない。
ならいっそ冒険者など辞めるという手もある。
カイルから渡された手切れ金にはほとんど手を付けておらず、それを元手にすればなにか商売を始めることもできるだろう。
しかし、引退を意識するたび頭にちらつくのが、昔、かつての仲間たちと目指した目標だ。
大陸で最高の冒険者になると最初に言い出したのが誰だったか、今となっては覚えていない。
それに、そもそもなにをもって大陸最高とするのか、定義が曖昧すぎる。
あらためてふり返ると、随分と子どもじみた望みだと言わざるを得ない。
ただ、パーティーを組んだ直後は、この仲間たちと一緒であれば、いつかは手の届く夢だと、たしかに信じていた。
その想いが胸の内で燻っている限り、冒険者を辞める決断ができないのだ。
「……未練たらしい」
陽が暮れかけ、人気の少なくなった通りを歩きながら、レンは溜息交じりに独り言つ。
仮に、あのパーティーで大陸最高の冒険者とやらになれたとして、決して己の力によるものではなかったはずだ。
それはきっと〝勇者〟であるカイルがリーダーを務め、実力者である他の三人が脇を固めているからだ。
己はそのおこぼれにありついたに過ぎなかっただろう。
「……なんだよ、スーの言う通りじゃないか」
二ヶ月前のあの日、仲間と信じていたひとりから浴びせられた言葉を思い出す。
『パーティーに寄生し続けてきたレンは恥を知るべき』
悔しいが、その通りだ。
結局、ハズレの〝天分〟を与えられた時点で、己は彼らの仲間にはなれなかったということなのだろう。
そりゃ捨てられるのも当然だよな、とレンは自嘲する。
そう自覚してなお、冒険者であることにしがみつく己は、なんと浅ましく惨めな男なのだろうか。
際限なく己を貶める思考に、なにやら昏い快感のようなものさえ感じ始めていたレンは、いつの間にか逗留している木賃宿の前まで戻って来たことに気付き、俯けていた顔を上げた。
クエスト後の疲労と気鬱のため、すぐにでも寝床に潜り込みたい。
足早に宿の入り口へ向かおうとしたところで、レンは建物の前に見慣れぬ装いの女が佇んでいるのを発見する。
「あれは……尼僧か?」
白を基調とした丈長のローブには金糸で複雑な刺繍が施されており、そのモチーフは教会のシンボルである十字と×で表現された光芒であると見てとれた。
ただ、高級品に見えるそのローブは、どういうわけか腰のあたりからサイドがざっくりと開いており、編み上げブーツの上に黒いストッキングを履いてガーターベルトを装着した脚が大きく覗いている。
神職らしからぬ扇情的な佇まいに気付き、尼僧に扮した街娼かとレンは思う。
「だとしたら、随分と罰当たりな趣向だな」
異端審問官にでも通報されたらただでは済むまい。
かかわり合いになりたくないと思い、視界の端で窺いつつ、避けるように宿の入口へ向かう。
すると、視線に気付いたらしい女が、探るような様子で近付いて来るので、レンは狼狽える。
顔をよく見れば、目が糸のように細いものの、非常に整った造形だと気付く。
歳の頃は二十代前半程に見えるが、髪は総白髪だ。
肌も透き通るように白いことから、先天的に色素が薄いのかもしれないと推察できた。
女はレンとの距離を三四歩程度にまで詰めると、ただでさえ細い目をさらに凝らして顔を見つめてきた。
客を値踏みしているのだろうかと判断し、目を逸らしながら伝える。
「悪いけど他を当たって――」
「あのぉ、ヤール王国第四十二司教区出身の冒険者、レンさんで間違いないでしょうか?」
どういうわけか身元を特定され、レンは瞬時に女を警戒する。
「……誰、あんた?」
「あ、ああ、これは失礼しました! まずはこちらから名乗るべきでしたね!」
女は小さく咳払いすると、自己紹介する。
「私、聖庁より派遣されてまいりました、上級宣託官のソフィーナ・ゾハルと申します」
「宣託官?」
どうやら本物の神職だったらしい。
しかし、宣託官などという肩書きの人間が、いったい己になんの用だと、レンは訝しむ。
「はい。実はレンさんの〝天分〟について、少々確認させていただきたいことがありまして。今、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
心身の疲労ゆえ、すぐにでも休みたいと思っていたレンだが、〝天分〟の話と言われて微かに好奇心が刺激される。
丁度、カイルたちと比べ、あまりに恵まれぬ己の〝天分〟を嘆いていたところだ。
そんな凡庸な才に、教会の本部である聖庁から出張って来たというこの女が、いったいどんな用があるというのか聞いてみたい。
「……まあ、かまわないけど」
女は胸の前で掌を打ち合わせ、笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます! では少々込み入ったお話になりますし、立ち話もなんですから場所を変えましょう」
そう言って身を翻すと、ソフィーナと名乗った女は、何処へと問う間もなく歩き出した。
わざわざ移動する程込み入った話とわかり、あまり深く考えず女の頼みを受け入れたことを早くも後悔しながら、レンは彼女の後に続いた。