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忘れ物センター便り  作者: nime


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忘れ物7 返事の来ない手紙

### 忘れ物7 返事の来ない手紙


 仕分け室に、同じ匂いの箱が届くことがある。


 紙の匂い。

 インクの匂い。

 封を閉じた糊が、古くなった匂い。


 その日、机の上に置かれた箱は、ふたを開けた瞬間に分かった。

 中身が、全部「封筒」だ。


 白い封筒。

 薄い茶色の封筒。

 角が擦れて、少しだけ柔らかくなったもの。


 どれにも、同じ名前が書かれていた。


 差出人。

 同じ筆跡。

 同じ癖。


 宛先は、少しずつ違う。


 番地が一つ違う。

 部屋番号が変わっている。

 名字の漢字が、違う。


 返ってきた手紙。

 それだけは、説明しなくても分かった。


 モノカゲは一通、封筒を手に取った。

 指先で、紙の端を撫でる。


 ――聞こえる。


 声ではない。

 胸の奥の、湿ったところに触れるような感覚。


 焦り。

 期待。

 それから、まだ言葉にならない不安。


 情景が、断片で落ちてくる。


 夜。

 机。

 湯気の消えたマグカップ。


 書いている。

 何度も。


 モノカゲは目を伏せた。

 感情は強い。

 けれど、古い。


 ひとつの手紙の感情というより、重なっている。

 同じ場所を何度も撫でられて、薄くなった布みたいに。


 肩のあたりで、影が少し動いた。

 カゲマルだ。


 嫌がらない。

 色も変わらない。

 ただ、黙っている。


 モノカゲは箱の中を見下ろした。


 十通以上。

 もしかしたら、もっと。


 宛先は揺れているのに、差出人は揺れていない。


 ――誰かを、探している。


 手紙の順番は、封を閉じた日付で並んでいた。

 そこだけは、几帳面だった。


 モノカゲは、いちばん新しいものを選んだ。

 新しいといっても、今日のものではない。

 封筒の色が、少しだけ白い。


 封を開けない。

 開けたら、もう「忘れ物」ではなくなる。

 この場所では、そういうことになっている。


 モノカゲは宛先をもう一度見た。


 そこには、古い集合住宅の名前が書かれていた。

 町の端。

 駅から少し離れたところ。


 カゲマルの影が、足元で伸びる。

 ついてくる。


 外に出ると、空は薄い曇りだった。

 日差しは弱く、影は淡い。


 モノカゲは人の流れの隙間を歩いた。

 制服ではない。

 それでも、配達の癖は抜けない。


 古い集合住宅は、時間の匂いがした。


 階段の角が丸い。

 掲示板の紙が、いくつも重ね貼りされている。

 ポストの名前札が、半分剥がれている。


 宛先の部屋番号を確かめる。


 ――その番号は、もうなかった。


 新しいプレートに変わっていて、同じ数字が見当たらない。

 モノカゲはしばらく立ち尽くした。


 返せない。


 そう思ったとき、階段の上から足音がした。


 買い物袋を提げた、年配の女性が降りてくる。

 モノカゲを見ると、少しだけ驚いた顔をした。


「……あら。郵便屋さん?」


 モノカゲは首を振った。

 そうとも、違うとも言わない。


「これ……こちらの方宛て、だったみたいで」


 封筒を見せる。

 名前は、読み上げない。


 女性は封筒を受け取り、宛名を見た。

 それだけで、表情が変わった。


 驚きではない。

 懐かしさでもない。


 少しだけ、困ったような。


「……ああ」


 声が、息になって抜けた。


「もう、いないのよ」


 モノカゲは頷いた。

 それ以上、聞かない。


 女性は封筒を持ったまま、しばらく黙っていた。


 開けない。

 開けられない。


 ただ、そこに「ある」ことを確かめるように、指で封筒の端を押さえた。


「これね……たぶん、うちの子じゃないわ」


 ぽつりと言った。


「うちの子の……友だち。……友だち、だった人」


 言い直した。


 モノカゲは、何も言わない。


 女性は小さく笑った。

 笑った、というより、そうするしかない顔だった。


「返事、出さなかったのよね」


 それは、誰に向けた言葉でもなかった。


 モノカゲの中で、紙の感情が揺れた。


 焦り。

 期待。

 不安。


 そして、最後に、諦めに似た静けさ。


 女性は封筒を胸に抱えた。


「……ありがとう。これ、預かるわ」


 モノカゲは頭を下げた。


 帰り道、足元の影が少しだけ近づいた。


 カゲマルは何も言わない。

 でも、嫌がってはいない。


 センターに戻ると、箱の中には、まだ手紙が残っている。


 全部は返せない。

 返さない方がいいものもある。


 モノカゲは残りの封筒を、保留の棚へ運んだ。


 救いでも、隔離でもない。

 ただ、置いておく。


 最後に、いちばん上の封筒に手を置く。


 ――聞こえる。


 小さな、弱い感情。


 届かなくても。


 モノカゲは口の中で、言葉にならないまま息をした。


 返事が来ない手紙も、

 書かなかったことにはならない。


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