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忘れ物センター便り  作者: nime


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忘れ物6 なくしたままの休日

### 忘れ物6 なくしたままの休日


 その日は、珍しく予定のない日だった。


 朝、目が覚めたとき、モノカゲはしばらく天井を見つめていた。

 いつもなら、起きる前から時間割が頭に浮かぶ。

 仕分け、配達、返却判断、倉庫。

 けれど今日は、何もない。


 少し遅れて、体を起こす。

 窓の外は明るく、急かされる感じがしなかった。


 モノカゲは配達用の制服ではなく、少しだけ地味な服を選んだ。

 色のない服。

 人混みに紛れてしまえる服。

 鏡の前で立ち止まり、自分の姿を確認する。


 ――今日は、誰でもない。


 そう思って、外に出た。


 カゲマルは肩にはいなかった。

 代わりに、足元の影がほんの少しだけ濃い。

 歩くたび、遅れずについてくる。

 それで十分だった。


 駅前は賑やかだった。

 朝と昼のあいだの、いちばん落ち着かない時間。

 子どもの声、呼び込みの声、すれ違う人たちの靴音。


 モノカゲは人の流れに逆らわないように歩いた。

 立ち止まらず、急がず、誰の視界にも長く残らない速度で。


 誰も、こちらを見ない。

 名前を呼ばれることもない。


 それが、少しだけ楽だった。

 同時に、胸の奥が静かすぎる気もしたが、理由は考えなかった。


 商店街を抜ける。

 八百屋の前では、野菜が水を浴びせられていた。

 魚屋の氷が、乾いた音を立てて割れる。


 モノカゲは立ち止まり、ガラス越しにそれを眺めた。

 仕事の日なら、通り過ぎてしまう光景。

 今日は、ただ見ていられた。


 小さな公園に入る。

 ブランコと滑り台と、古い砂場。

 ベンチには誰も座っていなかった。

 鳩が二羽、足元を歩いている。


 その近くに、小さなものが落ちていた。


 最初は、ゴミかと思った。

 けれど、かがんで拾い上げてみると、キーホルダーだった。

 動物の形をしている。

 何の動物か、少し迷う形。


 ずいぶん使い込まれていて、表面は少し削れていた。

 金具も、くすんでいる。


 モノカゲは、そっと触れてみる。


 ――何も、聞こえない。


 情景も、感情も、残っていなかった。

 能力は静かなまま。

 耳の奥が、空白になる感じ。


 忘れ物センターのものではない。


 そう判断するまでに、少しだけ時間がかかった。

 反応しない忘れ物に、慣れているわけではなかったからだ。


 交番は、通りを一本戻ったところにある。

 センターに送ることも、できなくはない。


 モノカゲはベンチに腰を下ろし、キーホルダーを膝の上に置いた。


 誰かが探しているかもしれない。

 もう忘れてしまったのかもしれない。


 どちらも、断定できない。


 キーホルダーは、何も語らない。

 ただ、そこにあるだけだった。


 しばらくして、モノカゲは立ち上がり、元あった場所にそれを戻した。

 落ち葉の横。

 目立たないけれど、見えなくはない場所。


 影の中で、カゲマルが小さく動いた。

 色は変わらない。

 嫌がってもいない。


 それだけで、十分だった。


 昼を過ぎ、街の音が少し低くなる。

 公園には、別の誰かがやって来ていた。


 モノカゲはその様子を遠くから眺め、歩き出す。

 今日は、何も持たない。


 夕方になると、公園はまた静かになった。

 風が、ブランコを少しだけ揺らす。

 鎖が、かすかに鳴る。


 帰り道、ポケットに手を入れる。

 空っぽだった。


 それを、悪くないと思った。


 失くしたままでも、世界はちゃんと続いていた。


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