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忘れ物センター便り  作者: nime


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忘れ物5 いちばん古い番号

忘れ物5 いちばん古い番号


 朝の仕分け室は、いつもと同じ音がしていた。

 紙が擦れる音、スタンプが押される音、遠くで誰かが台車を動かす音。


 モノカゲは小さな机の前に立ち、忘れ物の箱を一つずつ開けながら、管理番号を読み上げていった。


「七二六三五。……七二六三六。……七二六三七」


 数字は整然としている。

 だいたい同じ桁で、だいたい同じ重さを持っていた。

 最近の忘れ物は、まだ温度が残っていることが多い。


 次の箱を開けたとき、モノカゲの指が止まった。


 中には、とても小さなものが入っていた。

 欠片のようで、部品のようで、それ以上は言えない。

 触れば壊れてしまいそうな、軽いもの。


 管理番号を見て、モノカゲはもう一度、札を見直した。


「……二三」


 桁が、少なすぎた。


 その瞬間、肩に乗っていたカゲマルが、わずかに色を変えた。

 黒が濃くなり、紫が沈む。

 嫌悪とも、警戒ともつかない反応だった。


「どうしたの?」


 モノカゲが聞いても、カゲマルは答えない。

 ただ、いつもなら机の端まで近づいてくるのに、その日は一歩、距離を取った。


 モノカゲは小さな忘れ物に、そっと触れた。


 ――聞こえない。


 いつもなら、かすかな情景や、最後の感情の名残が届く。

 嬉しかった、怖かった、間に合わなかった。

 そういう断片が、音にならない声で伝わってくる。


 けれど、それは静まり返っていた。


 何もない。

 空白だけがある。


 代わりに、ひとつだけ、妙な感覚が残った。


 待っている。


 誰かが、何かを、ずっと。


 モノカゲは眉をひそめたが、理由は口にしなかった。

 分からないものを、無理に言葉にしない。

 それは、この場所で身についた癖だった。


「今日は……返却、できないね」


 独り言のように言って、箱を閉じる。

 カゲマルは何も言わない。

 ただ、しっぽの先だけが、床を軽く叩いた。


 倉庫へ向かう通路は、少しひんやりしていた。

 忘れ物センターの奥。

 返せなかったものたちが、静かに保管される場所。


 棚は、きちんと分類されている。

 救いの棚、保留の棚、隔離の棚。


 モノカゲは番号札を見ながら、歩いた。


 どこにも、当てはまらない。


 年代でもなく、状態でもなく、感情でもない。

 棚の前に立って、しばらく考える。


「……今日は、ここまで」


 そう言って、いちばん手前の作業台に箱を置いた。

 無理に押し込む必要はない。

 忘れ物には、順番がある。


 帰り道、通路の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。


 モノカゲはぽつりとつぶやいた。


「忘れ物にも、順番があるんだね」


 カゲマルは答えなかった。

 いつもより少しだけ、距離をあけて歩いている。


 その夜。


 倉庫に残された小さな箱の中で、管理番号が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。

 数字ではない、何か。

 名前のようで、そうでないもの。


 誰にも読まれないまま、それはまた静かに戻った。


 順番を待つように。


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