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#002

「あの……本当に人畜無害な人は自分で人畜無害とは言わないと思います」


 美琴の遠慮がちな言葉にレイは苦笑しながら石段に腰掛ける。隣を軽く叩き、美琴にも隣に座るように促した。


「言われてみればそうだな、誰でも同じ反応するわな」


 好奇心半分、警戒心半分といった様子で美琴がレイの隣に座る。


「それより、あたしと話したいことって……」

「あぁ、時間も少ないし本題に入ろうか」


 レイの声色がやや真剣になる。


「君があのマキナの子孫って話だったと思うけど、その割に君からは霊力も巫力も一切感知できない。この理由を知りたい」

「えっと……あたし遠山家の中でもかなりの落ちこぼれみたいで……お祖母ちゃんからもご先祖様に合わせる顔がないって怒られて……」


 美琴は申し訳なさそうに視線を地面へ落とした。


「遠山の人間が霊力を持たない……? 絶対にないとは言い切れないけど少し妙だな」


 レイは夕焼けに目をやり、数秒だけ黙り込む。だが次の瞬間、肩をすくめて視線を美琴に戻した。


「判断材料が少なすぎる。それじゃあ次は君が観桜界に来ることになった理由を教えてくれないか?」


 深呼吸をしながら膝の上で両手の拳を握りしめた美琴は、まっすぐレイを見つめた。


「えっと、十六夜さんは観桜界の成り立ちについてはご存じですか?」

「まぁぶっちゃけるけどかなり詳しいと思うぜ? マキナは古い友人だったし、ある意味観桜界の創造にも立ち会ってたとも言えるしな……」


 さらりと言っているがその内容、知識量は現実離れだ。


「今でこそ観桜界は心や精神に傷を負った者が迷い込む癒しの空間として知られているけど、元々はマキナが空亡って古代の妖魔と対峙するために紡いだ大規模な結界空間だな」

「本当にお詳しいですね……それなら話が早いです」


 美琴は少し驚きつつも、小さく頷きながら続けた。」


「十六夜さんも知っての通り、初代神薙の巫女(カムナマキナ)であるマキナ様が創造し、観桜界は代々遠山家の関係者が管理をしてきました。でも……二ヶ月前、六代目だったお母さんが何者かに殺されて……」


 そこで美琴の声が微かに途切れた。唇を強く噛みしめ、膝の上で握りこまれた両手は白くなった皮膚に爪が少し食い込んでいる。


「それで霊力ももたないあたしが後任としてここに来ることになったんです」


 レイはゆっくりと息を吐き、石段から立ち上がった。


「なるほど、観桜界は結界空間だ。霊力が使えないなら維持も出来ない。この空間自体がいつ崩壊してもおかしくないってわけだ」


 そこでレイはある疑問に辿り着く。


「……待った。さっき母親が殺されたって言ってたよな?それじゃあさっき一緒にいた女性は……」

「……お父さんの再婚相手、継母です」

「あー……すまん」

「いえ、悪い人ではないので……ただすぐに再婚したお父さんのことは……」


 美琴が嫌悪感からか顔をしかめた。そんな彼女の様子にレイはやや焦りながら話題を切り替えた。


「と、とにかく君は母親の後任として観桜界に来たわけだ。……道理で俺がここに連れてこられた訳だよ」

「十六夜さんは結界の専門家だとユージンさんから聞いています」

「結界の専門家ねぇ……」


 レイが軽く指を鳴らし、何もない空中に手を伸ばした。空間がわずかに歪み、仄かに黄色い液体で満たされた小瓶が取り出される。


「んー、やっぱりまだ空隙(スキマ)への介入も安定しないか……今はまだ小物しか取り出せそうにないな」

「スキマ……それが十六夜さんの権能ですか?」

「ん? まぁ権能と言う程じゃないけど、能力の一種かな。異なる空間の境界結合したり、狭間に物を収納したりとか……」


 軽く説明しながら美琴に視線を向ける。目の前で見る不思議な現象にやや興奮気味のようだ。


「ところで美琴、戦闘経験とかってある?」

「ま、全く……ないです」


 先程までの興奮が一瞬で失われ、再び申し訳なさそうに目を伏せる美琴。


「まぁそうだよな……日本じゃ人族の信仰心が薄くなった影響で、神々や妖魔もどんどん力を失って姿を消してるもんな。昔みたいに妖魔討伐の稽古や修行なんてしてないか」

「はい……一応お祖母ちゃんから簡単な護身術は習っていたんですけど、妖魔相手には……」

「まぁ相手の妖力や質量にもよるけど、俺の見立てだと今の美琴は悪霊化した子どもの霊ですら命を落とすかもな」


 レイの言葉に美琴の表情が固くなる。


「だから俺がいる。安心しなよ、君のことは俺が必ず守る。結界の維持も俺がやる。君が霊力を使えない原因を探りながら、母親を殺した犯人……こいつも調べよう」


 小瓶の中身を一息で飲み干したレイが空になった小瓶を空隙に収納していると、ユージンが神社の跡地に戻って来た。


「十六夜、時間だ」

「お、ジャスト五分だな。将軍……ところで美琴の継母さんは?」

「現状の観桜界はかなり物騒だ、故に先に帰ってもらったのだ。それで、巫女見習いと話したことで何か得られたか?」


 ユージンは美琴に目を向けながら、レイに問いかけた。


「ん、ある程度の方針を固めることはできたし、とりあえず今日のところは寝床を確保した方が良いと思う。流石にここで野宿するわけにもいかないからな」

「うむ、それならば近くに集落がある。そこに向かうのが良かろう」

「それから美琴の着替えや食料も調達しておかないとな、俺には睡眠も食事も必要ないけど美琴はそうもいかないしな」


 レイは石段を降りながらひらひらと手を振った。


「そんじゃあ行きますか」

「待て、十六夜」

「なんだよ?」


 集落に向かうべく石段を下り始めたレイをユージンが呼び止めた。


「お前、金は持っているのか?」

「当たり前だろ、ちゃんと空隙に十万は隠し持って……」

「使えんぞ」

「……は?」

「今の観桜界で日本円は使えんぞ、二十年ほど前にセレジアの通貨(コルド)に統一したからな」


 レイはゆっくりと振り返りながら、おそるおそるユージンに話かけた。


「……あのさ将軍?」

「……どうした?」

「お金貸してくんないかな? ちゃんと働いて返すから」

「……致し方あるまい、私が立て替えよう」

「……お願い、します」


 ユージンに深々と頭を下げるレイの表情は強力な妖魔というよりも、やけに人間臭い一面だった。

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