#001
「……ここも随分と変わったな」
観桜界-遠山神社跡地
十六夜レイは寂れた神社を見回しながら、記憶と全く違う風景に戸惑っていた。
「俺が封印された頃の面影は見る影もなしか」
雨の名残が水たまりになって点在している。その水面には、寂しげな夜空色の瞳と、濡れた闇色の髪が揺れて映っていた。
「久々の顕界はどうだ? 十六夜」
灰色の短髪と屈強な体躯が特徴の男がいつの間にかレイの隣に立ち、彼と同じように周囲を見回している。
「まぁ冥界よりは格段にいいよな」
「あれでも死人たちの居心地がよくなるようにはしているつもりだったのだがな」
「いや俺は死人じゃないからな? ただ肉体と魂を分離されて封印されてただけだからな?」
湿った土の匂いと微かな風が二人の肌を包むように撫でる。
「それにしても十六夜、まさかお前を解放する時が来ようとはな」
「いや、いきなりここに連れてこられた俺が一番驚いてるからな。将軍のおっさん」
男はレイの言葉に顔をしかめながら、苦言を呈した。
「その呼び方はやめろ。私はとっくの昔に軍を抜けルーネイト王国へ亡命をした身だ……それとおっさんと呼ばれるような年齢でもない」
レイがわざとらしく肩をすくめた。
「いやいや、数百年も生きてるんだからおっさんだろ……いやおっさん通り越して爺さんか? まぁ機械の体は老化することがないから、自覚しにくいってのは理解できるけどな」
「……十六夜、どうやら少し痛い目を見ないと分からないようだな」
「お、今ここでやるかい? いいね……でもユージン将軍、あんた一人で俺に勝てるのかい?」
ユージンと呼ばれた男は、不敵な笑みを浮かべながら挑発的な言動を繰り返すレイを軽く睨みつける。
「私とてこの数百年を無駄に過ごしていたわけではない。今ここで貴様の息の根を止めたうえで、冥府へと送り返してやっても良いのだぞ?」
風が止み、しばしの沈黙が降りた。
「……おーおー、相変わらず将軍様はおっかないお方なことで」
「十六夜、私にも我慢の限界はあるのだぞ」
「冗談だよ、少しからかいすぎた。俺が悪かったよユージン……久々の顕界で少し調子に乗りすぎた、俺だって実体を取り戻したばかりでまだ妖力が身体に馴染んでないし、流石に今のままであんたに勝てるとは思ってないよ」
「……どうだかな、昔からお前は手の内や実力を隠すことが多いからな」
「そりゃそうさ、俺みたいな弱小妖怪にとって情報は身を守るための最大の武器だからな」
「ふん、お前が弱小妖怪ならば酒呑童子や玉藻前、大嶽丸ですらも赤子同然であろうな」
「おいおい、そりゃ日本三大妖怪じゃねーか……つかあんた意外と詳しいのな」
ユージンの言葉に呆れたレイが苦笑を浮かべていると、背後から石段を登る足音が響いた。
「お、こんな寂れた神社に参拝客か?」
「いや、私の待ち合わせ相手だ」
「お待たせしました、冥界の賢者レオニダス様」
二人の背後に一人の女性が声をかけた。
「ユージンでいい。してその娘が次の巫女だな」
「はい、美琴ちゃんと挨拶しなさい」
女性は手を繋いでいた少女を二人の前に進ませた。
「は、初めまして。あたし遠山美琴と言います」
「……遠山?」
「そうだ。十六夜、お前も遠山マキナは知っているだろう」
「知ってるも何も俺を封印した巫女がマキナだからな」
封印という言葉に美琴の肩が小さく震えた。一度だけレイと目が合う……しかしすぐにその不安を押し込むように小さく息を吸い込んだ。妖魔が怖い訳ではない、しかし彼女が逃げることは許されないだろう。
「うむ、マキナはお前を封印した理の巫女であり、この観桜界の創造主。お前にとっては神薙の巫女と言った方が聞き馴染みがあるだろう」
「まぁな、あまりいい思い出はないけど」
「そのマキナの子孫が、今我々の目の前にいる少女だ」
レイの瞳から先程までの軽薄な色がすっと消え、剣呑な光を帯びた。
「……なんだって? すまないよく聞こえなかったからもう一度言ってもらっても?」
二人のやり取りの外で美琴はレイを見定めるかのように見つめていた。その瞳はどこか強い覚悟を秘めているようにも見える。やがて勇気を振り絞ったようにレイを見上げた。
「遠山美琴、この少女こそがお前を封印したマキナの子孫だ。そしてお前の雇用主であり護衛対象でもある」
「マキナの子孫……?」
今まで余裕げにしていたレイの表情が静かに無表情に変わる。そして……
「……このど腐れ将軍が! 今ここでスクラップにしてやる!! 始めからこれが狙いで俺を解放しやがったな!?」
レイが力任せに突き出した拳を無造作に受け止めながら、ユージンは冷ややかな笑みを浮かべた。
「当然だ、無条件でお前を解放するわけがなかろう。別に断っても構わないのだぞ? その時はお前を冥府へ強制送還するだけのことだ」
「……ぐぅ……い、いつの間にこんな汚い手を使えるようになったんだよ。あんたは……」
「十六夜、私はお前のことを信用はしていないが、お前の腕を信頼はしている。それにお前にとっても悪くはない話であろう? 私はお前という優秀な手駒を得ることができ、お前は私の監視下という制限ではあるがある程度の自由は保障される……お前の言い方を借りるのであれば……そう、ウィンウィンの関係というやつだ」
レイが諦めた様子でため息を吐きながら項垂れる。
「……分かったよ。ただし引き受けるにあたっていくつか条件がある」
「お前が条件を提示できる立場だとでも?」
「俺のメリットになる条件じゃない、彼女の安全を確保するための条件だよ……全く、昔からあんたの悪い癖だ。人の話は最後まで聞くものだぜ?」
「……ふむ、して条件とは?」
「マキナの子孫と二人だけで話がしたい」
「え、あたしとだけ……ですか?」
美琴の瞳が不安げに揺らぐ。
「よかろう、五分間だけ私はここから離れるとしよう」
「……随分あっさりと許可するんだな。あんたが目を離している隙にマキナの子孫を殺すかもしれないぜ?」
「十六夜、お前がそんなことをする奴ではないということは私がよく知っているつもりだ……ではな」
そう告げるとユージンは、美琴と一緒にいた女性を連れて石段を下り、遠山神社から離れ始めた。
「よし、それじゃあ早速話を始めようか……」
レイが一歩近づくと、美琴はびくりと肩を揺らし、思わず後ずさった。
押し寄せる妖力に圧されたのだろう。その様子にレイは苦笑しながら害意はないとでもいうように両手を上げる。
「そんなに怯えなくても取って食ったりしないって。こう見えても俺は無垢な動物と子どもに対しては人畜無害な妖魔なんだよ」
美琴はその言葉にきょとんとした表情で首を傾げた。
レイは「やっぱり俺って信用性ないのな」と肩をすくめて笑った。




