薔薇乙女は愛を知る。〜無能だと蔑まれていましたが、どうやら私が本物のムジカの使い手だったようです〜
「パシュミナ、君との婚約を破棄する」
なんでもない夜の舞踏会での出来事です。私の婚約者だった、第一王子殿下の隣で勝ち誇った表情をしているのは、妹のナエマ。
「そしてナエマを、僕の婚約者に迎え入れる」
ええ、わかっていました。
周囲の騒めきは聞こえるけれど、混乱はない。父も、突然の事で驚いた様子でした。でも、すぐに納得したようです。
「かしこまりました」
私は今にも泣きそうな気持を抑えながら深々と冷静に頭を下げました。そして、惨めにその舞踏会から逃げ出したのです。
殿下を愛していたわけではありません。産まれたその時から決められていた許嫁。私の人生はずっと、殿下の為にありました。彼に相応しい女性にと。
妹と仲が良かったのも存じ上げております。きっと私はお飾りの花嫁になるのだろう。でもそれは、決められた事。お互いに了承し、受け入れる運命なのだと。
ずっと、この方と添い遂げて生きていく。そう思っていました。
つい、数日前までは。
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由緒正しい貴族の家。産まれたのは双子でした。私パシュミナと妹のナエマ。その後、長女を第一王子殿下の婚約者に、と……。
ナエマは運動神経も良くて利発な子です。周りとうまく打ち解けるのが上手でした。派手好きで、華やかな社交界に早い段階から足を運んでいました。私とは大違い。
私はといえば、木陰の下で一人、本を読む。静かに過ごすのが好きだったのです。たまに薔薇園のお手伝いなどもしました。園芸は私の性に合っていたようです。
そして、私もナエマも、歌う事が好きでした。
先に産まれたのは私。だから殿下の婚約者も私。ですが、明るく楽しいナエマに、殿下が惹かれている事などお見通しでした。でも、黙っていた。お互いにです。
私の家、薔薇の文様を掲げたグローレンス侯爵家は代々、女性の歌声に魔法が宿るとされています。神託の日が来ると、魔法の力が解放される。
祖母の魔法は知識を分け与える力。祖母は先王に大変可愛がられ、愛する人との結婚を許されたそうです。その娘である私の母の結婚もまた、祖母の力で守られた。
ですが祖母が亡くなってしばらくしてからの母の妊娠、そして出産後すぐ母は亡くなりました。その能力を、魔法を国に欲しいと言われ、父によって決められた婚約だったのです。
神託の日。私と妹が15歳の誕生日を迎えた日でした。
妹が高らかに歌うと、その美声は遠くまで届きました。彼女の魔法は、牛や豚といった動物への支配の力でした。妹は器用に馬を服従させる事ができたのです。
そして次は私。ええ、そうです。
由緒正しいグローレンス家。偉大な祖母の血を引き継ぐ私には、魔法が無かったのです。
その時から、大好きな歌を一切禁止され、沢山泣きました。
みるみる父の態度が急変していくのもわかりました。妹からは蔑まれ、使用人達からもひそひそと噂話をされる。
私はそれが嫌で、一度逃げ出した事があります。と、いっても広大な侯爵家の敷地の中に、ですが。きれいなせせらぎのそばにあるガゼボで、日が沈むまで過ごしたのです。誰も迎えに来てはくれませんでした。ただ一人を除いては。
「お嬢さん、もうかなり遅いですよ」
少し見たことがある、程度の方でした。父の所へよくやってくる男性で少し怖そうです。貴族にしては珍しい焼けた肌、とても筋肉質で健康そう。爽やかなアプリコットの髪の色をされていて、緑の瞳が印象的でした。
「わたくしは、もう必要がないのです」
「どうして」
「魔法が無いからです……」
恥ずかしい。この方も父と知り合いだから、魔法の事は知っているでしょう。無能の令嬢なのです。
「そんなもので、人の価値は決まりませんよ」
「でも、わたくしはその為に産まれました」
その後の事は、よく覚えておりません。わーっと大きな声で泣き、妹のほうが愛されている。私はいらない人間。誰からも愛されない、必要とされない。誰かを愛した事もない。なとど言っていたように思います。
そのアプリコットの髪の男性は、白い歯を見せて笑って、そして……そう、彼は歌ってくれたのです。愛の歌でした。優しい音色に、どこか懐かしさも感じました。
「お嬢さん、俺と来るかい?」
そう聞いてくれた、その人の誘いを……もちろん断りました。その方はとんでもなく驚いた表情をしていました。私が即決で行くと答えると思っていたようです。
私は頭を下げ、家に戻ったのです。多少なりとも私の事を探してたであろう使用人達に出迎えられました。
そして、妹とすれ違った時にこう、言われました。
「庭に咲くパシュミナは、香りが一つもありませんこと。わたくしの名前と同じ薔薇のナエマは、長い枝の先にそれは大きな花が沢山咲きますの。そして素晴らしく良い香りがするのよ。まるで、わたくし達のようね、お姉様。一本、選ばれる薔薇はどちらかしら」
敷地に咲く、名前が同じ薔薇に例えて。私は顔を手で覆いながら、自室まで逃げたのを覚えています。
婚約をしているのは、先に産まれた私。でも、それは魔法があってこその、婚約。
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第一王子殿下と結婚するのは妹のナエマと正式に決まり、父の面子もある意味守られたようです。そして私は、とんでもなくいらない物。処分に困った道具を、皆さんならどうされるのでしょうか。
そのあたりに捨てられるのでしょうか、それとも無かった事にされるのでしょうか。
憂う時間は短く、父に呼び出された私は、とある方に預けられる事となりました。筋肉質で焼けた肌、アプリコットの髪、緑の瞳の名前も存じ上げない少し怖そうな彼です。優しい愛の歌を歌ってくださった紳士は、暗い顔をした私を連れて屋敷を出ました。
彼が誰なのか、どこに行くのか、私はどうなるのか。何もわかりません。
馬車に揺られ、しばらくして彼が話しかけてくれました。
「結局、俺と一緒に来ることになったね、お嬢さん」
「えっと……よろしく、お願い申し上げます。あの……」
「ああ、俺はジュード。ただの、ジュードだ」
「ただの、ジュード様……」
筋肉質で男らしいジュード様の、とても優しそうな笑顔に安心しました。
ジュード様は国境沿いにある大きなお屋敷を別荘とされているようで、私をそこに置いて頂けるそうです。下女かと思ったのですが、客人扱いとの事。とても見晴らしがいい素敵なお部屋を頂き、自由に動き回る事ができます。
「よろしいのでしょうか」
「俺はお嬢さんの歌が結構気に入ってたんだ。魔法の神託の日から歌ってないだろう。俺の専属の歌い手になってくれればそれでいい」
「そんな。他に何かお困りごとはないのですか」
無能の私には贅沢すぎる。そう思い、ジュード様の腕にすがると、彼は困った表情を見せました。
「そうだな。グローレンス家は薔薇園が有名だっただろう。俺の屋敷にも株分けで頂いた薔薇があるんだが、どうにもうまく育てる事ができない」
「薔薇のお世話なら多少心得がございます。ジュード様の為に、毎年美しい薔薇を咲かせてみせます!」
父から依頼されたとはいえ、このような私を預かってくださるジュード様の為に、精一杯できる事はしよう。私はそう心に誓いました。
ジュード様は月に数日この屋敷で過ごされると、どこかに行ってしまわれるのです。何をされているのか聞いたのですが、しがない商人みたいなものだとしかお答え頂けませんでした。
お屋敷の使用人の方々は皆優しく、何も不自由なく過ごしました。
お庭の薔薇はたしかにひどい状態でした。花をつける体力もなく、寒くなって葉がかなり落ちております。残った葉にも白い粉や黒い点がつき病気になっているようです。これらを放置するよりはいいと考えて、すべて根のギリギリまでカットしてしまいました。ジュード様は驚かれて「薔薇を処分するのか?」と聞かれました。
「いいえ、これは強剪定といいます。大丈夫です、春にはとても元気な新芽が沢山飛び出してきますよ」
「ほぉお。俺は園芸には無頓着で、使用人も詳しいものを雇ってもなくてな。ほとんど荒れ野原だ。たまにしか来ないしな」
確かに、お庭はとても掃除が行き届いておりますが、何かを咲かせる為に植えている感じではありませんでした。よい言い方をすれば、森の中にひっそりとある草地に少し花が咲いているような状態です。
「わたくしが、素敵なお庭にしてみせます」
「無理はしなくていい。君は……ここに来た時に、出迎えてくれればそれでいい」
何もしてやれなくてすまないとジュード様は頭を下げました。私なんかに何故そこまでして頂けるのか、わかりません。申し訳なくて慌ててしまいました。
「頭を上げてください。私なんて、なんの能力もない……」
「パシュミナ、君は無能なんかじゃない。俺が証明してみせる、少し時間が欲しい。必ず国に戻れるようにしてあげる」
「そのお言葉だけで、十分です」
魔法のない私には、なんの価値もない。私を気遣ってくださるジュード様の優しさが、心に沁みました。
「少し、歌って欲しい。俺も歌うから」
そう言って、ジュード様が手を差し出してくださいます。先ほどまで土仕事をしていたので、汚れた手を重ねていいか戸惑いました。すると彼から強く、握って引き寄せてくださったのです。
私が小さな声で歌うと、軽く背を叩かれました。もっと大きな声で歌え、という意図を感じて、神託の日から禁止されていた歌を。
少し私の歌に耳を傾けてくださっていたジュード様が、ゆっくりと私に合わせて歌ってくれました。
「ジュード様は本当に、歌がお上手ですね」
「ありがとう。俺も、歌うのはとても好きだ。でも……俺も禁止されていてね、君と一緒だ」
「どうして、禁止されているのですか?」
素朴な疑問に、彼は無言の微笑で答えました。言えないご事情があるのでしょう。私は回答を濁す彼の為に、もう一度歌いました。今度はそれを、彼は眺めるだけです。
「やはり、君の歌声はとても美しい。好きだ」
そう言われて、私は顔が赤くなるのを感じました。好きだ、だなんて男性に言われたのは、初めてだったからです。
「俺が歌ったのは、ここだけの内緒だ。誰にも、使用人にも内緒。怒られてしまうから」
「はい、わたくしは誰にも言いません」
ジュード様と私の、二人だけの秘密です。
月日はあっという間に流れました。
私がこの屋敷にきたとき、もうすぐ冬の訪れといった季節が、もうすぐ春です。強剪定をした薔薇の株からは、元気な新芽が現れました。それがすくすくと育っていくのを眺めるのは幸せな時間でした。
屋敷にやってきたジュード様にその報告をし、薔薇の新芽を愛でながら、一緒に内緒の歌を歌う。最初の頃、国に戻りたいかと何度か聞いてくださっていたのですが、私は次第にその回答を濁すようになっていました。
ここで、ジュード様と歌いながら草木を愛でる事に、幸せを感じていたからです。
「見てくださいジュード様、沢山の蕾が」
「ああ、えっと名前は……」
「パシュミナです」
「違う。君の名前を忘れるわけないだろう。この薔薇の名前を」
「薔薇の名前が、パシュミナです」
そう言うと、ジュード様はとても驚かれた様子でした。
「なるほど、君の花か。どんな花をつけるのか、とても楽しみだ」
「ジュード様が滞在中に、きっと咲きますよ」
それからというもの、ジュード様は毎日毎日、パシュミナの蕾を確認しに行かれました。日に日に大きく膨らんでいく様を、とても嬉しそうに眺めていらっしゃいます。私も、なんだか心が温かくなるのを感じました。
ジュード様は朝は寝坊をされたいそうで朝食はいつも一人です。その時でした。
「パシュミナ! 見てくれ! 咲いたぞ!!」
まだ寝室で休まれていると思ったジュード様が、嬉しそうにお部屋に入ってこられました。食事中の私の腕を掴み、庭まで。そしてその先に、小さなカップ咲で、ふりふりの花弁が美しい花が枝先に沢山咲いていました。中央はピンク、外に向かって白から緑になっていく薔薇。
「美しい」
「でも……香りがあまり、ございません」
薔薇の気高く高貴な香り。それがパシュミナにはない。まるで私のような薔薇です。
「なるほど、隣の薔薇はよく香っているようだな」
ジュード様が枝をつまんだのは。伸びた枝先に、パシュミナより一回り大きなピンクの花が房先きです。そして極上の薔薇の香りを強く放つ。ナエマ。私の妹の薔薇です。
「しかし、枝が長いな」
ジュード様は笑いながらナエマの枝を掴みます。長い枝の先に花をつけるため、樹高は高めです。
「うまく育てないと、枝ばかり伸びて大変なんです。これでも、かなり低い位置に咲かせる事ができました」
「なるほど。パシュミナは行儀よく咲く美しい薔薇だな」
薔薇によってこんなに性格の違いがあるものかと、ジュード様は楽しそうにしておられます。でも、やはり薔薇は香りがあってこそ。
「ナエマのほうが、素敵でしょう……」
ぽろっと、そんな事を漏らしてしまいました。
「いや……パシュミナ、君の方が素敵だ」
そう言ったジュード様は、私を真剣な目で見られて、そして。
「すまない、ちょっと、変な言い方だったな。薔薇の、パシュミナのほうが好みだ」
と、顔を赤らめながらそう申されました。
「あの、その……はい……」
私も、なんとお答えしていいかわからず。ドギマギしました。
「歌って欲しい、パシュミナ。せっかく花が咲いている。一緒に」
「はい、ジュード様」
二人で手をとって、咲いた薔薇の花たちを愛でながら。朝の少し冷たい風に負けない声を、高らかに。目を閉じて、つないだ手の温かさを噛みしめました。いま、ここにある小さな幸せを。そして私の中にあるジュード様への思い。
「ジュード様、わたくし……お慕い申しております」
そうつぶやくと、ジュード様は顔を赤らめながら嬉しそうに笑った。
「俺が先に、言おうかと思っていたのに」
私の屋敷で、小さなころから私の歌を聞いていたというジュード様。ずっとその頃から、気にかけてくださってたと。恥ずかしそうに言うジュード様の手を、私は取りました。
「もう少し待ってほしい。正式に、俺から言わせてくれ。パシュミナ、待っててくれるね?」
「はい、お待ちしております」
この先を、この人と歩めるのなら、なんて幸せな事だろう。私はそう思いました。
急用との事で、ジュード様はその後慌ててどこかへ出ていかれてしまい、私はまたジュード様のいない数日を過ごす事となる、はずでした。
ジュード様がお出かけになってすぐ、血相を変えた執事が私の手を取ります。
「先ほど、歌ってらっしゃったのですか?」
「え、ええ……」
「ジュード様も、ご一緒でしたよね!?」
おそらく執事は見たのでしょう。歌ってませんでした、とは言いにくい剣幕でした。二人だけの秘密。でも、知られてしまったのなら仕方がない。
「はい、そのでも……」
「何が体調に問題はございませんか!?」
「え??」
執事は私の体を必死に触り、私の額に手をあてている。
「あの、歌う事の何か……問題がありましたでしょうか」
禁止されている。と、ジュード様はおっしゃっていた。でもその理由を、私は知らない。
「大問題です。パシュミナ様、すぐにお眠りになったほうがいい。数時間で効果は切れます」
「あの、どういう……」
「ジュード様の歌声には、愛される魔法が宿っているのです」
「愛される魔法……?」
衝撃で、私は一瞬目の前が真っ白になりました。
執事が言うには、ジュード様も15歳の時に神託を受け、愛される魔法の能力を開花させたそうです。ですがその魔法は強力で、歌を聞いたものを数時間、相手の為なら命を犠牲にしてもいいほどに愛してしまうとの事。危険と判断され、それ以降歌う事を禁止されたそうです。
「ジュード様は小さなころから歌う事がお好きでしたから、大変可哀そうな……」
執事の声が通り過ぎていった。つまり、それは。
「わたくし……」
ジュード様への想い。それは全部、嘘だった。ジュード様から植え付けられたもの、私の意思ではない。そう言われている気がしたのでした。
わかりませんでした。私は心から、違うと思っているのに。誰も魔法の力にには逆らえない。今のこの状態も、愛される魔法のせいかもしれない。
「顔色が……お部屋で、すぐに薬湯をお持ちします。さぁ……」
執事に促され、私は部屋へ戻りました。もう二度と、ジュード様と歌ってはいけませんと、念を押されて。
私はかなり長く眠ってしまったようです。日はかなり傾きつつありました。扉の向こうで、人の声が聞こえます。
「彼女に言ったのか、俺の事を」
「申し訳ございません。ですがジュード様の歌には……」
「くっ、もういい!」
そして扉がゆっくりと、開きました。私は起き上がり、ベッドの端に座りながらジュード様を見上げます。とても困惑した表情をされていました。
「すまないパシュミナ、違うんだ……俺は君を……」
「それで、ジュード様はわたくしの心を、かどわかしたのですか? その歌声で、魔法で!」
ジュード様は苦い顔をされて無言で下を向きました。嘘でも、違うと言って欲しかった。私は泣く事しかできませんでした。
「……今は、どうしても話せない事がある。すまない。今晩、君をどうしても連れてこいと、君の父上から連絡があった。それが終わったら、パシュミナの自由にしていい」
急用とは、私の父からの呼び出しだったようです。いまさら父が私に何の用事があるかわかりません。ですが、私は預けられた荷物。返せと言われたら、差し出す他ないのでしょう。
「わかりました」
暗く絶望した表情をしていた事でしょう。
ジュード様と共に自国へ帰る馬車の中、無言の私。隣に座るジュード様は遠くを眺めていらっしゃいました。
「パシュミナ、最後になると思うから。だから、君の歌声をもう一度だけ、聞かせて欲しい。俺は歌わないから」
私は返事もせず、震える声で歌いました。切なく優しい旋律を、夜になりつつある地平線の向こうへ向けて。ジュード様は一度たりとも、私のほうを見てはくださいませんでした。
向かった先は城の謁見の間でした。第一王子殿下と共にいるナエマが玉座に座っているのです。その姿が衝撃的でした。
「わたくしが呼んだの、お姉さま」
「ナエマ、どうして玉座に。屋敷で十分でしょう?」
「十分じゃありませんわ。わたくしがこの国の支配者になるのですから」
そう言うと、妹は突然歌い始めました。ナエマに宿るのは動物への支配の魔法です。馬だけではなく、牛、鹿、龍をも自在に操る事ができる。人間には効かないはずなのです。
「みんな簡単に騙されてくれたんですもの。嬉しいですわ。わたくしの魔法は支配。すべての生き物を支配する力ですわ。でも困ったことに、お姉さまには効かないの」
ナエマはずっと自分の力を偽ってきたことを話しました。そしてその力の操作を学んでいく中で、私だけには魔法が効かない事に気が付いたとの事。
「お姉さまに生きてられたら困るの。でもお父様ったらすぐお姉さまを屋敷から追い出すんですもの。わたくしもこの王子の支配に忙しくて、やっとお父様から居場所を聞いたのよ。さぁ、お姉さまを殺してください」
ナエマがそう言うと、第一王子殿下が剣で切りかかってきたのです。私は咄嗟の事で逃げれず、頭を抱えてかかがみました。殺される。その時でした。
「どうして!! 魔法にかかってない!?」
剣をはじき返す金属音が聞こえたのです。私が顔を上げると、ジュード様が立ちはだかっていました。
「パシュミナ、歌うんだ!」
「で、でも。わたくしには何の魔法も……」
「いいから、早く!」
ジュード様に叫ばれ、私は戸惑いました。なんの能力もない私が、今ここで歌っても意味がない。なのに、どうしてでしょう。
目の前では支配された第一王子殿下がジュード様と戦っています。このままではどちらかが怪我をしてしまう。わたくしは意を決して、立ち上がりました。
なるべく大きな声で、遠くに届くように。何の力もない私の魔法。ジュード様が望むのなら。
すると、第一王子殿下が頭を抱えて膝から崩れ落ちました。周りに立っていた兵士や貴族達も急に我に返ったと言わんばかりに頭を抱えたのです。
「どうして……」
戸惑う私。ナエマは悔しそうな顔をして、再び歌い始めました。
「さぁ! 今度こそパシュミナを殺すのよ!」
「……ナエマ、これは一体どういう事だ」
剣を持たない方の手で頭を抱えている殿下は、ナエマの指示に従う事もなく。玉座の上で仁王立ちをしているナエマを見て驚いていました。周りにいた兵士も貴族も、全員が見ています。
「なんだか悪い夢でも見ていたようだ」
「あなたは支配の魔法にかかっていたんです」
「なんだと、それは本当かジュード王太子」
「ええ、アーリージャ王国第一王子のこの、ジュードが証言します。そしてここにいる、パシュミナの無効にする魔法で、支配から解放されたのです」
どっとざわめきがおきました。言い逃れはできないでしょう。玉座の上に仁王立ちをしているナエマ。混乱する記憶に頭を抱える者達も、みな納得したようです。ジュード様の……証言も、強い追い風でしょう。
「ナエマを捕らえろ!」
第一王子殿下が叫ぶと、兵士達が一斉に玉座へ向かいました。どうしてなの!! と叫ぶナエマは何度か歌いますが、誰にも効果は出ません。長く伸び切った枝の先につく薔薇の花は、途中でばっさり切り落されてしまったのです。
私はその現状をぼーっと眺めていました。いま一度にして多くの事がおき、理解がおいついてなかったのです。ナエマの反逆、私の魔法、ですが私はそんな事よりも、何よりも。
「……隣国の、第一王子……だったの……」
隣に戻って来たジュード様の袖の服をひっぱりながら、私は顔をやや膨らませて言いました。内緒事が、多すぎるのです。
「ごめんパシュミナ。全部終わったら、言うつもりだった」
ジュード様は、ナエマのせいで私の母国が不穏な動きをしている事を察知していたようです。私はまったく、知りもしませんでした。
「俺の魔法は愛される力だ。それは嘘じゃない。ずっと君が好きだった、でも……君の心を支配するのが怖かった」
ガゼボで歌って下さったのは、辛そうな私を連れ出したい、助けたいと思ったからとの事でした。しかし、私は断った。ジュード様はとても驚いた事でしょう。
「……大丈夫です、ジュード様。わたくしには、魔法は効かない……のでしょう?」
「……ああ、そうだ。だから……言わせてほしい。俺は君を、愛している」
目の前で、照れくさそうに笑ってるジュード様。あの時思った事は、嘘ではなかった。私は心から、この人の事を愛しているのだ。
「……はい、わたくしもです。ジュード様」
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また春がやってきました。株分けされた沢山の薔薇が、屋敷の庭に咲いています。香りがある薔薇と、そうでない薔薇。形もサイズも様々です。私はそれを愛でながら、ジュード様と一緒に秘密の歌を。
「パシュミナ、そういえば忘れていたよ」
ジュード様がわたくしに大きな苗を渡してくれます。
「俺の名前と同じ、ジュードという薔薇らしい。さっき苗をもらった。一緒に植えないか、君の隣に」
「はい!」
私は慣れた手つきでスコップを持ち、ジュード様が指示する箇所を掘りました。そこから今度は小さな箱が出てきます。なんだろうと思い、中を開けるとそこには。
「パシュミナ、結婚してほしい」
かがんでいる私の後ろで、恥ずかしそうな声。きっと顔を真っ赤にして言っているのでしょう。見る事はできませんでした。だって、私も顔を真っ赤にしているのですから。
end
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