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フローネ

そこは夜の部屋だった。

テラの地球攻撃軍総司令官ミリアム将軍がほおづえをついてイスに腰かけていた。

ミリアムの前にはシャファンがいて、ひざまずいていた。

「ほう……おまえが失態を犯すとは珍しいこともあるものだな。そうであろう、シャファンよ?」

ミリアムが脚を組んだ。

ミリアムの脚は白く美しかった。

ミリアムは部下をなじりながらも、どこか楽しそうな表情をする。

「はっ……返す言葉もありません」

シャファンの静かだが、透き通った声が部屋一面に響く。

「フフフ……それにしても御使 天馬か……報告によれば面白い男のようだな」

ミリアムが自分の髪をいじる。

「はい……彼からは明らかに一般の地球人とは異なる力を感じました。彼は生まれた時から、おそらくエーテルに高い適性を示し、エーテルスーツとも親和性があったのでしょう。どこか、彼は我らにとって不気味な存在です」

「フフフ……」

「?」

シャファンが気になってミリアムを見た。

シャファンのあるじは笑っていた。

さらに再びほおづえをついている。

「私が何か面白いことでも言いましたか?」

「フフフ……そうだな。あの男がまるでエーテルに親和性があったなどど、興味深いね」

ミリアムは心から笑った。

ミリアムの立場は地球攻撃軍総司令官。

ミリアムは(しゅの意向を受けて地球攻撃を行うつもりだった。

だが今はまだ総攻撃の時期ではない。

地球と接触し、内通者や協力者、スパイを作らなければならない。

シャファンを派遣したのは地球の戦士たちの力量を測るためだ。

シャファンの報告では御使 天馬とは任務遂行中に出会い、戦闘に陥ったらしい。

「それにしても、地球とテラが相互にゲートでつながったとはいえ、これほどまで早くにエーテルに適応する者が現れるとは思わなんだぞ」

「そうでございますね」

「シャファンよ、おまえなら御使 天馬とどのように戦う?」

「そうですね。御使 天馬自身を相手にするより、彼の弱みを握る方がいいかと」

シャファンが不敵な笑みを浮かべた。

ミリアムは猛獣のような顔をする。

「御使 天馬は我々の計画を邪魔する存在になるやもしれん。ゆえにシャファンよ、おまえは何としてでも御使 天馬を殺せ!」

ミリアムは正式に天馬を殺害する命令を下した。

「はい、そのようにいたします」

シャファンは立ち上がると、部屋から退出していった。

「御使 天馬か……その名前であれば伝統的月州人、そしてミズラヒームの一人ということになる。しかし、エーテルを扱うことができるとなると、むしろ奴は我々に近いのではないか? フム……御使 天馬のことを調べる必要があるな。それにしても、御使 天馬……何者だ?」

ミリアムは窓から夜空を眺めてつぶやいた。


フローネは検査台に寝かされていた。

フローネはエーテル適性値を調べるために検査を受けていたのだ。

「フローネちゃーん! 体は大丈夫?」

サーシャが気の抜けるような声でフローネに尋ねる。

サーシャは軍人だが性格は天然というか、緩かった。

「はい、問題ありません」

フローネの体にはいくつもの検査キットがつけられていた。

ケーブルの類が多いようだ。

天馬もその場に臨席していた。

もっとも、ガラス越しに眺めるだけだったが……。

サーシャが検査を進める。

医療用ディスプレイにデータが示された。

それは驚きの値だった。

「あらあら、まあまあ……」

サーシャはいったん外に出て天馬と合流した。

「? どうかしたのか?」

「おもしろい事実が明らかになったわ。あの子、エーテル適性値が非常に高いの。普通の能力者よりもずっと優れた力を持っているわ」

「そう、か……」

天馬はうなだれた。

この検査結果はフローネにとって吉と出るか凶と出るか……。

フローネの能力はいずれ覚醒するだろう。

それがいつ、どのようにかはわからないのだが……。

果たしてそれはフローネにとって幸せなことなのか?

軍から協力の要請が為されることは間違いない。

その時フローネはどう答えるのか。

天馬はそれを気にした。

この検査結果だけで、フローネの日常は完全に終わりを告げた。

再び、サーシャが医療室に入ってフローネに検査結果を報告していく。


フローネは外に出た。

フローネはベンチに座っていた。

ここは軍の基地だ。

軍人とすれ違うのは別に珍しいことではない。

軍の基地には芝がはえていた。

フローネは何かを考えていた。

「ほれ」

そこにフローネのほおに冷たい缶が当てられた。

「きゃっ!?」

フローネは驚いてその人物を見る。

「わきに座っていいか?」

「……はい」

フローネに缶を当てたのは天馬だった。

手にフローネに当てられた缶コーヒーを持っている。

「これは俺のおごりだ。微糖のコーヒーだ」

「あ、ありがとうございます」

フローネはゆっくり缶を開ける。

「やっぱり今でも信じたくないか?」

天馬がフローネに尋ねてくる。

フローネはそれが自分に対する天馬からの気遣いに思えた。

「そう、ですね……世界の真実に、いえ、私はそれを知らないほうが幸せだったと思います」

フローネは視線を遠くに向けた。

「まあ、なんだ。君の友人たちも無事で何よりだよ」

「はい、そうですね」

力なくフローネが笑った。

「君は自分のこと、つまり能力者について聞いたか?」

「はい、聞きました」

「それで、何か言われたか?」

「はい、軍隊に入らないかと、言われました。あの、ユーリアさんって方からですけど……」

「そう、か……」

天馬がフローネを見つめてくる。

コーヒー独特のにがみがフローネの舌に広がる。

フローネには自分がどのような道を進むべきか、見えていなかった。

フローネは出来ることなら、日常に戻りたかった。

あの失われた日々がどれほど尊かったか、フローネは知った。

だが、かなわぬ夢……。

フローネは自身が能力者予備群だと聞かされた。

ということは遅かれ早かれフローネは特殊防衛隊に入らざるをえなかったということだ。

フローネが聞いたのは世界の真実だった。

それによると、地球と異世界で対立と抗争が行われているらしい。

異世界からの侵略……。

まるで、ゲームか小説のような話だ。

「今でも、日常に戻りたいと思っているか?」

天馬がフローネに尋ねた。

「そう、ですね……友達がいて、学校に通って、家族と話して、勉強にいそしんで……そう言った生活がいとおしいという感情は私にはあります。でも、もう後に戻れないことも知っています」

「今日は疲れただろう? いろいろなことがありすぎた。だから、今は部屋に戻ってゆっくり休むといい。時間が解決してくれることもある」

これは天馬にとって最大限の優しさなのだろう。

フローネのことを気づかっていることが伝わってくる。

「ありがとうございます。天馬さん、優しいんですね」

「いや、俺は……」

天馬は照れて顔をそらした。

「うふふふふ……」

そんな天馬をフローネはかわいいと思った。

これは年上の男性に対してふさわしい感情だろうか。

「それじゃあ、私は部屋に戻ります。もう、眠たくなってきましたから」

「ああ、俺もそろそろ部屋に戻る。おやすみ」

「おやすみなさい」

フローネと天馬はその場で別れた。

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