コンクール
のちの土曜日。
アンジェリーナは歌のコンクールに出場することになった。
会場にて。
「やれやれ……天馬教官も甘いことですわね」
ツェツィーリアがあきれ気味に言った。
ツェツィーリアからすれば本意ではないのだろう。
とはいえ、彼女は文化や芸術についてはよく理解している。
こういうイベント自体が嫌いなわけではない。
「でも、それが教官のいいところだと思いますよ。教官は軍人なのに文化・芸術活動に理解がある人ですから……」
フローネが天馬を援護する。
実際フローネにも天馬がこうまでしてアンジェリーナのためを思っているのがよくわからない。
教官にはどこか育ちの良さがあるような気がする。
それとも、教官はアンジェリーナに惹かれているのだろうか?
だとしたら、フローネは心が苦しくなる。
「つまるところ、私たちの目的はアンジェリーナちゃんの保護というわけね。みんな、敵がどこから襲ってくるかもわからないから気をつけましょう」
ソフィーヤが注意を促した。
ソフィーヤもこういう芸術的な活動は好きだ。
アンジェリーナの保護を忘れないようにしなければならない。
一方天馬は。
「アンジェリーナ、緊張しているか?」
アンジェリーナは黄色いドレスを着て、胸にブローチをつけていた。
「それは緊張してますよお。でも、これは毎回のことですからね。これはある意味でいい緊張なんです。緊張がよく働くと最大の成果が出せるんですよ?」
アンジェリーナはにこっとほほえんだ。
天馬はアンジェリーナの歌を事前に聞かせてもらったが、それはすばらしかった。
プロとまではいかないにせよ、セミプロのレベルにはあったと思う。
聞いたところによると、イタリア語の歌なのだそうだ。
イタリア語では歌は『カンツォーネ』だ。
アンジェリーナは家族ではイタリア語で会話しているらしい。
彼女の母語はイタリア語だ。
月州語は第一外国語だそうだ。
「その笑顔があるなら大丈夫だな。がんばってくれ。いい歌を聞かせてくれよな」
「はい!」
歌手たちは舞台に上がると次々と歌を披露していく。
天馬は歌のレベルはかなり高いと思った。
このコンクールはアマチュアの大会だったが、歌手のレベルはプロクラスの人物たちで占められていた。
そうこうしているうちにアンジェリーナの出番がやって来た。
「番号25番、アンジェリーナ・デッラ・キエーザさん。登壇してください!」
拍手が巻き起こった。
アンジェリーナが舞台に上がる。
アンジェリーナはほおを上気させていた。
やがてマイクを持ったアンジェリーナが歌い出す。
歌はアンジェリーナの母語のイタリア語だった。
アンジェリーナは歌った。
彼女のイタリア語は音楽的だった。
いや、もともとイタリア語は音楽的なのだ。
それがアンジェリーナが歌うとさらにその輝きを増した。
イタリア語は美とハーモニーを持つ言語だ。
天馬は歌詞の意味は分からなかったが、それが音楽的で美しいことはわかった。
「すごいな。これがイタリア語の歌……Brava!」
やがてアンジェリーナの歌が終わった。
聴衆はアンジェリーナの歌に拍手と歓呼で迎えた。
盛大な拍手が巻き起こった。
とそこに一人の闖入者が現れた。
「美しいな。だが残念だ。それを取り除かなければならないとはな!」
「!? あなたは!?」
アンジェリーナは身構えた。
そこにはメルキゼデクが舞台上に現れた。
突然のできごとに観客が混乱する。
「ククク、娘よ。わしを覚えているか?」
「あなたは……メルキゼデク!」
アンジェリーナが気丈な瞳でメルキゼデクを見つめる。
「そうじゃ。さて、かつては邪魔されたがその命、このわしのものとさせてもらおう」
メルキゼデクが陰険な顔をする。
まるで獲物を狙う猛獣だ。
しかし、メルキゼデクの思うようにはいかなかった。
「そうはいかない!」
「む!?」
「アンジェリーナは俺が守る!」
天馬はいつの間にかエーテルプロテクターを装着していた。
刀を構えて、アンジェリーナとメルキゼデクの間に入る。
「ククク、無駄なことよ。きさまら二人ともこのわしがあの世に送ってくれるわ」
その時、アンジェリーナが床に座り込んだ。
体をおさまえている。
アンジェリーナの顔は熱を帯びていた。
「アンジェリーナ? どうした?」
「ううう……熱い……」
「アンジェリーナ……能力が目覚めつつあるのか!?」
アンジェリーナの前に光が現れて、それはしだいに形を取り弓となった。
「これ、は?」
アンジェリーナが呆然と弓を見つめる。
「アンジェリーナ、それが君の能力だ。君の力は弓……すなわち、射る能力だ!」
「「「天馬教官!」」」
三人の声がする。
フローネたちだ。
「フッフッフ! 我らの邪魔はさせん。ナオミ、ツォファル、エルバアル! 奴らの相手をしてやれ!」
三人のダエモノイドはフローネたちを別の空間『亜空間』へと連れ去っていく。
かくして、地球側の勢力と、テラ側の勢力で戦いが行われることになった。
ソフィーヤ対エルバアル。
ソフィーヤの前に現れたのは二メートルはあろうかという長身で筋肉ムキムキな男。
ステージは火炎の谷。
「クックック、この俺の相手は小娘か。だが、美しい。決めたぞ、俺はおまえを犯す!」
「……」
ソフィーヤはそれを聞いて目を細める。
そして、絶対零度の冷たさで応じた。
ソフィーヤは静かに槍を出す。
「ほう、この俺にたてつこうというのか? だがそれも無駄な悪あがきよ!」
エルバアルが斧を出した。
片手用の斧だ。
それは黒い輝きを放っていた。
ソフィーヤの首など軽くはねられそうだ。
しかし、ソフィーヤは動じなかった。
エルバアルは自信があるのか斧を構える。
「フフフ……これが俺様の獲物だ。さあ、この俺の力の前に、打ちくだけろ!」
エルバアルが斧を振るってくる。
ソフィーヤは斧の直撃を避けつつ、斧を受け流す。
ソフィーヤはさらに同時に反撃する。
ソフィーヤの槍はエルバアルの斧で防がれた。
エルバアルは不敵な笑みを浮かべて槍を遮る。
「フハハハハハハ! 無駄だ! おまえの非力な槍では俺には届かん!」
ソフィーヤはエルバアルの脚を狙って槍撃を繰り出した。
ソフィーヤの突きは鋭い。
彼女は体格では不利になると自覚していた。
そのため、ソフィーヤは一撃一撃の鋭さに力を入れていた。
エルバアルの体は大きい。
したがって、それを支える脚を傷つけられたら戦闘は困難になる。
それがソフィーヤの狙いだった。
細身のソフィーヤと巨体のエルバアルの攻防が逆転する。
「くっ! この! 小娘が!」
ソフィーヤは執拗にエルバアルの脚を狙って攻めた。
ソフィーヤの狙いの有効性が確かめられた。
「くそったれ!」
エルバアルが悪態をつく。
ソフィーヤは無表情でエルバアルを追いつめる。
エルバアルは事態を強引に打開しようとした。
斧に炎をこめる。
「くらいやがれ! 火炎斧!」
炎の斧がソフィーヤに迫る。
「くっ!?」
ソフィーヤが槍の柄で火炎斧をガードする。
ソフィーヤの顔が苦悶に歪む。
エルバアルは調子に乗った。
「クハハハハハハ! どうよ! この俺様の攻撃が簡単にしのげると思うなよ!」
「……私は寒い国の出身なんです」
ソフィーヤが冷たい声で放つ。
それは氷を連想させた。
しかし、エルバアルは調子に乗って気づかない。
「ああ? それがどうかしたかよ?」
エルバアルは斧に炎を込めた。
炎が斧から湧きあがる。
斧から炎が飛ばされた。
ソフィーヤはそれを見据える。
ソフィーヤの槍から青白い輝きが起こった。
すると、ソフィーヤの槍が氷雪をまとった。
「氷雪槍!」
ソフィーヤの槍が白くきらめく。
美しい氷の槍は飛んできた炎を一撃で粉砕した。
「何だと!?」
驚愕するエルバアル。
この展開はエルバアルが予想していなかったに違いない。
ソフィーヤはさらに接近してエルバアルに氷の槍を叩き込む。
氷の槍はエルバアルの炎をかき消して、エルバアル自身に迫った。
「ぐおおおおおおお!? くそが!」
エルバアルが追いつめられていく。
それはまるでダビデとゴリアテ。小柄で細身なソフィーヤが大柄で巨体なエルバアルを追いつめていく。
戦いのペースは完全にソフィーヤが握った。
ソフィーヤの突きがエルバアルを貫いて傷つけていく。
ソフィーヤはエルバアルの脚を氷の槍で貫いた。
「ぐぎゃああああああああ!?」
大絶叫を上げるエルバアル。
その隙をソフィーヤは逃さなかった。
ソフィーヤはエルバアルの胴に氷が咲き乱れる槍を叩き込んだ。
これはソフィーヤの技『氷花槍』であった。
彼女の秘密の技である。
ソフィーヤの一撃はエルバアルを絶命させる。
「ぐごはっ!? な、なんだと……!?」
エルバアルがドシーンと倒れる。
「気づきませんでしたか? 私は冷たい女なんですよ?」
ソフィーヤは氷のようなほほえみでエルバアルが消えるのを見つめていた。




