天馬とソフィーヤ
夜、天馬は自動販売機のところまでやってきた。
コーヒーを一杯飲むためで、天馬はおカネを入れて缶コーヒーを拾う。
「天馬教官?」
「誰だ?」
「私です。ソフィーヤです」
ソフィーヤの影が闇の中から出てきた。
「なんだ、ソフィーヤか」
「天馬教官はどうしてここに?」
「ああ、俺はコーヒーを飲みに来たんだ」
「そうですか。私も同じです」
ソフィーヤはそう言うと、おカネを入れてコーヒーを買った。
そのコーヒーは微糖だった。
そして天馬の隣に座る。
ソフィーヤはフロ上がりなのか、ソフィーヤの体が艶やかなのを天馬は見えた。
ソフィーヤがはいているミニスカートから見える脚がなまめかしい。
「ところで、天馬教官?」
「どうした?」
天馬はソフィーヤが相談でもしてくるのだろうと思った。
「教官は胸の大きい女性と小さい女性のどちらが好きですか?」
「ブッ!?」
天馬は飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。
コーヒーが地面に落下する。
ソフィーヤの爆弾発言に天馬は動揺する。
「いったい、何を言うんだ、君は!?」
「いえ、気になったものですから」
ソフィーヤはいたずらっぽく舌を出した。
「で、どうなんです? 大きい方? 小さい方?」
「それは秘密にしておく!」
天馬はむきになった。
強引にこの話題を終わらせようとした。
「あらあら、そっけないことで」
「おまえはいったい何を聞きたいんだ!?」
天馬が立ち上がる。
「それでは、ミニスカートとロングスカートどちらが好みですか?」
「ブフウ!」
天馬はまたしてもコーヒーをはき出した。
ミニスカート派とロングスカート派……ある意味で永遠のテーマである。
「君はセクハラがしたいのか!?」
天馬がソフィーヤに抗議した。
「では最後の質問です。髪が長い人と、短い人どちらが好みですか?」
「も、黙秘する!」
天馬は赤面していた。
「あらまあ……そっけないですね。私は悲しいです。せっかく天馬教官の好みをしりたかったのに……」
「ソフィーヤ!」
「はい?」
ソフィーヤはからかうそぶりをやめない。
天馬は上官の権利を行使することにした。
「こういう話は二度とするな。これからは禁止する!」
ソフィーヤの顔がえー! と変化する。
ものすごく残念そうだ。
「あら、まあ、まあ。残念ですね。ところで教官?」
「何だ?」
天馬は不審の目をソフィーヤに送る。
天馬は警戒しているのだ。
天馬はソフィーヤを普通の人だと思っていたが、どうやらその認識を改める必要がありそうだ。
「教官はフローネさんが好きなんですか?」
「……どうしてそれを聞く?」
天馬は不機嫌そうに。
「だって、教官ってフローネさんを特に気づかっているではありませんか?」
「そう、見えたか?」
「『私には』そう見えましたけど」
天馬はため息を出した。
少しは自分の行動を改める必要がありそうだ。
「不公平だと言いたいのか?」
「いいえ、むしろその愛を応援したいくらいですよ。天馬教官とフローネさん、とってもお似合いだと思いますけど」
「俺は公私混同は嫌いな人間なんだ」
「でも『アヴェシュタ』では愛は認められていますよね? すくなくとも、教官が自分の気持ちを偽る必要はないと思いますが?」
「俺には『愛』というものがよくわからないんだよ。どう相手に接すればいいのか、わからなくなる時がある。そのあたり、どうなんだ、女性としては?」
天馬はソフィーヤに質問をぶつけた。
「そうですね。大切に扱われるとうれしいですね」
「大切に?」
天馬はさらに追及する。
ソフィーヤはそんな不器用な天馬の質問にも答えてくれる。
「それが愛の証だと思いますけど」
「『愛する』って何なんだろうな?」
「? 教官?」
天馬はベンチに腰かけた。
天馬は遠くを見つめる。
「俺の母は早く亡くなった。だから、俺は母の愛を知らない。知らないんだ。父さんは俺のことを愛してくれた。父さんは戦士でもあったが、宗教と歴史をよく知っていた。だから、俺は父さんの個人レッスンを受けた。教材は聖書や歴史書だった。愛することは知的にはわかるんだ。ただ、生の感情としてはわからないんだ」
そんな天馬の横顔をソフィーヤは見つめる。
「教官……わかりやすく言えば、愛することとは慈しむことですよ」
「慈しむ?」
「そうです。大切にされることです」
「難しいな」
天馬は難しい顔をした。
天馬は悩んでいた。
「きっと教官はお母さんから愛された記憶がないんですよ。それがあれば、他者を愛することができます」
「記憶がないのにどうしてそれができるって言うんだ?」
「そうですね。こうされたらどうですか?」
ソフィーヤは天馬の頭を自分の胸に押し付けた。
大きさは普通くらいだが、形の良いソフィーヤのバストが天馬の頭で変形する。
「ソ、ソフィーヤ!?」
天馬は赤くなって狼狽した。
「し、静かに。どうですか? これが愛するということですよ? さびしいと思う時抱きしめればいいんです」
どうやらソフィーヤは着やせするタイプらしい。
「ソ、ソフィーヤ……そろそろ……」
ソフィーヤは名残惜しそうに……。
「むう……仕方がありませんね。放してあげます」
ソフィーヤは天馬を解放した。
「今のは内緒にしてくれ」
「わかっていますよ。私と教官の秘密です」
ソフィーヤは人差し指を唇に当てた。
秘密という仕草だ。
「それにしても、教官が愛とか愛するとかが分からないなんて意外なことを聞きました。いつかフローネさんとの愛が実るといいですね。その時は優しくフローネさんを抱きしめてあげてくださいね? それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ソフィーヤはにこやかな笑顔を浮かべるとその場から去っていった。
天馬はまだ照れていた。
ソフィーヤに抱きしめられてバクバクしている。
天馬は幼少期に母親から愛された時、きっとこれと同じことがあったに違いないと思った。
天馬は今夜は眠れるだろうかと思った。
いや、目が覚めて眠れないに違いない。




