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フローネの家

学園祭の日の夜、フローネはベンチに座って星々を見ていた。

星はきれいだ。

星見市は空気が澄んでいるせいか星の輝きがよく見える。

あの一つ一つの星はすべて太陽と同じ恒星なのだ。

今日はいろんなことがあった。

フローネは幸せな気分に浸っていた。

今日は学園祭でメイド服を着てウエイトレスをやった。

それから天馬とユーリアをもてなして、天馬と二人でライブに行った。

その時、天馬からフローネの手を握られた。

フローネの胸キュンはマックスだった。

フローネは星を見ながら思う。

自分は天馬からどう思われているんだろう?

天馬には意中の相手がいるんだろうか?

それが一番気になるところだ。

例えば、軍医のサーシャとかは……。

あの二人が仲がいいことはフローネも知っている。

どういう関係なのだろう?

こんな想いは人生で初めてだった。

これが『愛』なのだ。

これが誰かを『愛する』ということなのだ。

フローネは静かに目を閉じる。

トクントクンと自分の胸の鼓動を感じ取る。

フローネのセミロングの髪――銀髪が風で揺れる。

私は天馬教官が好き。

それがフローネのいつわざる気持ちだった。

「フローネ?」

「あ……」

とそこに一人の男性がやって来た。

「教官……」

それは天馬だった。

「どうしたんだ、こんな夜に?」

「星を見たいなって思って、それで外に出たんです」

「そうか……となり、いいか?」

「え? は、はい……」

フローネは赤面した。

フローネの隣に天馬が腰を下ろす。

二人の距離感は何ともしがたい。

近くもあり、遠くもあるように感じる。

この距離はなんなんだろうか?

フローネはもっと天馬に近づきたかった。

なんとも言い難い雰囲気になる。

しばらく二人は無言だった。

何もしゃべらなかったが、心地よい沈黙だった。

「あ、あの、教官?」

「? どうした?」

「一度家に帰って、両親に事情を説明したいんですが……」

「そういえば、まだフローネの家族には事情を説明していなかったな。すまない、気づいてやれなくて」

天馬はそれを気にしたようだ。

こんなところも天馬は優しい。

「いいえ、教官のせいではありません。軍に入った以上、軍の規律に服す義務がありますから」

フローネは天馬を心配かけさせまいと言葉を紡ぐ。

「電話はしたのか?」

「はい、電話はしました。ただ、まだ納得しきれないところがあるようで……」

フローネは下を向いた。

「そうか……なら明日外出して家族に会って話をした方がいいな」

「い、いいんですか?」

フローネは恐る恐る聞いてみた。

「ああ、この機会に俺はフローネの家族と会っておきたい」

「え? いっしょに来てくれるんですか?」

フローネは驚きつつ天馬を見た。

「当たり前だろう。俺はフローネの教官なんだから。それに俺も個人的にフローネの家族に会っておきたい。いいか?」

フローネは明るい笑顔で。

「はい、よろしくお願いします!」

「明日、車を出すから、フローネは同乗してくれ」

「はい、ありがとうございます!」

フローネは心からこの誘いを喜んだ。

フローネの心が躍る。


後日――主日しゅじつにて。

月州には日曜日はなくて代わりに『主日』という。

この主日では軍事や医療など生命や防衛に関する仕事をのぞいて、原則仕事は休まねばならない。

天馬は車を回した。

車でフローネを出迎える。

「フローネ、さあ、乗ってくれ」

「はい!」

フローネは助手席に座る。

天馬は車を運転する。

隣に座っているフローネはどこかうれしそうだ。

天馬はそんなフローネを見てほほえむ。

天馬はフローネの行動から自分のことを好ましく思っていることは知っていた。

それに天馬にはフローネをいとおしく想う気持ちもあった。

天馬はフローネを愛しているのだろうか。

天馬自身はフローネの積極的なアプローチにどぎまぎすることはあるが、いまいち自分の気持ちに自信が持てないでいた。

天馬はフローネのことが好きかと問われれば、好きなのは確かだ。

天馬は隣のフローネを見た。

フローネはうきうきしているようだ。

なんというか、これはもう恋人ではないか。

「なあ、フローネ」

「なんですか?」

「フローネは学業と訓練、大変じゃないか?」

「そうですね。学校の勉強も訓練も楽しいですよ?」

「楽しい、か」

天馬は意外な感じがした。

それにフローネが努力しているのは天馬自身が指導してわかっていた。

「はい! 私はもっと勉強も訓練も打ち込みたいです」

「そうか。えらいな、フローネは」

「そうですか?」

「俺は勉強はあまり好きになれなかった」

天馬は自身の学生時代を振り返った。

なんというか、あの頃は若かったな、と。

「勉強が嫌いだったんですか?」

フローネは尋ねてくる。

「いや、勉強自体が嫌いだったわけじゃないんだ。ただ俺みたいな人間は自分の好きな分野だけを学ぼうとする傾向があったのさ」

「教官は何が好きだったんですか?」

天馬は苦笑した。

「俺は歴史が好きだった。俺の父さんが歴史家でね。幼いころから歴史を教えられたよ。教えられたのは古代オリエント史、古代ギリシア史、古代ローマ史の三つだった」

「そうなんですか……うらやましいです」

フローネは心からうらやましそうだった。

きっとフローネのような少女なら、親から教えられるとうれしがるだろう。

「うらやましい、か……。そうとも言えるな。俺は父さんの個人レッスンを受けながら育ったからな。その中には聖書も含まれていたよ。父さんは宗教も重要だと考えていたようだ」

天馬は父から教えられたことをよく覚えていた。

父親としては優れていたと思う。

「そろそろ、私の家につきます」

フローネは話題を変えた。

天馬も現実に戻ってくる。

「そうか……フローネの家に駐車スペースはあるか?」

「はい。車を二台置けるようなスペースがありますよ」

天馬とフローネは会話しているうちにフローネの家に到着した。

フローネの家は二階建ての一戸建てだった。

天馬は車を止めて、降りる。

ドアの前まで行ってインターホンを押す。

「はあい、今ただいま!」

家の中から女性の声がした。

「ただいま、お母さん!」

「あら、まあ、フローネ! ぜんぜん帰ってこないから心配したのよ! あら? こちらの男性は?」

女性が関心を天馬に向けた。

天馬は緊張気味にあいさつする。

「初めまして。御使 天馬と申します。フローネの教官を務めております」

「そうですか。初めまして。私は星名 ウタノと申します。よろしくお願いします」

ウタノが頭を下げた。

ウタノは黒髪の長い女性だった。

「おい、ウタノ、誰か来たのか?」

奥から男性の声がした。

「あ! お父さん! ただいま!」

「フローネか! よく帰ってきたな! ん? そこの彼は?」

フローネの父は天馬に気づいたようだ。

「初めまして。私は御使 天馬と申します。フローネさんの教官です」

「今日は教官が車で送ってくれたの」

フローネがうれしそうに語る。

「そうか。私は星名 タケルと申します。それでは御使さん、上がってください」

天馬とフローネは家にあがった。

天馬はリビングに通された。

リビングではイスに座ってテーブルに面と向かった。

フローネは天馬のためにお茶を入れた。

「一度、フローネさんの状況をご家族にお伝えしようと思ってこうして来訪したわけです」

フローネは二階の自室に戻っていた。

天馬はフローネが自分の意思で軍に入ったこと。

学校にはきちんと通えていることを伝えた。

「そうですか……あの子は楽しくやっておりますか……」

「ええ、本人がそう語っていました。ところで一つうかがってもよろしいでしょうか?」

天馬には気になることがあった。

「何でしょう?」

タケルが応じる。

「『フローネ』とはドイツ語的な名前ですが、彼女はドイツにゆかりがあるのですか?」

「そのことですか……実は私の姉がドイツ人の男性と結婚しまして、そのあいだに生まれたのがフローネなんです。あの子は幼いころに交通事故で両親を亡くしたので、幼いあの子をおじとおばの私たちが引き取ったんです」

そうウタノが語った。

「そうだったんですか……」

「ところで御使さん、私はあなたにどうしても聞きたいことがある」

タケルが真剣な表情で言った。

天馬は背筋を伸ばす。

真剣な質問が来ると思ったからだ。

「? なんでしょう?」

「フローネとはどこまでいっているのかね?」

「ブッ!?」

天馬はお茶をはき出しそうになった。

「ちょっと、あなた! いくら何でも……」

ウタノが静止する。

「おまえは気にならないのか? フローネが連れてきた男だぞ?」

「ちょっといくら何でも……確かに私も気になるけれど……」

「大切な娘を預けるんだ。いい加減な態度では困る。御使さん、答えてくれ」

「……フローネさんのことは大切に想っています。私はこの命をかけてフローネさんを守るつもりです」

天馬は真剣な表情で答えた。

これは天馬の本心だ。

「私はこう見えても武器の心得があってね。あなたを見れば、わかる。あなたは強い。これは私からのお願いです。フローネを守ってくだされ」

タケルは頭を下げた。

天馬は静かにうなずいた。

「わかっています。私はフローネさんを必ず守ってみせます」

その時、奥のドアが開く音がした。

「あっ、失礼、しました」

そこにはフローネがいた。

天馬が分かるほど赤面している。

どうやらさきほどの会話を聞かれたらしい。

天馬も顔を上気させる。

はっきり言っては恥ずかしい。

天馬は穴があったら入りたかった。

その後、天馬はフローネの家でお菓子をごちそうになった。


「それじゃあ、フローネ。体には気をつけるのよ?」

「うん、ありがとう、お母さん」

ウタノとフローネは抱きしめ合った。

タケルは真面目な顔つきで。

「フローネ、何かあったら何時でも家に帰ってきていいんだぞ?」

「うん、ありがとう、お父さん」

フローネがタケルにうなずく。

天馬が出発を告げる。

家族との再会もこれまでだ。

「それじゃあ、フローネ、行こうか」

「はい」

「御使さん、フローネをよろしく頼みます」

タケルとウタノが深々と頭を下げた。

「あ、頭を上げてください! 私は当然のことをしているだけですから!」

天馬が両手を上げた。

天馬は困惑した。

自分よりも年上の二人が頭を下げている。

その光景が天馬を困惑させた。

もっとも、それほどまでにフローネに愛情を持っているということなんだろうが。

天馬とフローネはタケルとウタノ見送られて軍の基地に帰った。


「いい両親だったな」

天馬が車を運転しつつ、フローネに同意を求めた。

「そうですね。どちらかといえば、いいひとすぎるかもしれません」

フローネが感慨深そうに言った。

フローネの視線は窓ガラスに向けられていた。

フローネは何を見ているのだろう。

フローネが両親も愛していることが分かる。

「そうか……」

二人は軍の基地に着くと、車から降りた。

「おや、フローネ、それは?」

「これですか? 本です」

フローネは手さげで本を持っていた。

中身は重そうだ。

「フローネ、それは俺が持つよ。貸してくれ」

「え?」

天馬は手さげ袋をフローネから取った。

「重たいだろう?  俺が部屋まで持っていくよ」

天馬はこれくらいフローネのためにしてあげたかった。

「ありがとうございます……実は手がしびれていて……」

「そういう時は言ってくれ。じゃあ、行こうか」

「はい……」

二人は共に隊舎に戻った。

二人のあいだの雰囲気は良かった。


天馬は後日ジョギングや筋力トレーニングを行った。

そのため汗をかいたのでシャワーを浴びることにした。

その後、フローネのことが気になって彼女の部屋を訪れた。

「フローネ、いるか?」

インターホンを押す。

しかし、反応がない。

「フローネはいないのか?」

天馬はドアのノブを回した。

なんと部屋は開いていた。

「フローネ、入るぞ?」

天馬はフローネの部屋に入った。

部屋の中はフローネの部屋らしく清潔感があった。

白いベッドにはクマのぬいぐるみが置かれていた。

物もきれいに整頓されている。

「フローネ?」

天馬は眠っているフローネを見つけた。

フローネはテーブルの上で、勉強用のノートを開いて眠っていた。

おそらく、勉強中に睡魔に襲われたのだろう。

「フローネ、眠っているのか……」

天馬はほほえむと、近くにあったタオルケットをフローネにかけて、フローネの部屋を後にした。

「おやすみ、フローネ」

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