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(13話) 闘う理由

13話です。

楽しんでもらいたい‼


 ただの昔話だと思って聞けばいい。そんな前置きにもかかわらず、母親が殺されたという話を聞かされて結樹菜は息を呑んだ。



「『風切かざきり』って能力者の仕業よ。最強の能力者の一人って言われてる。当時の戦闘員二十人がたばになっても勝ち目なかったって。駅構内とか観光地とか人が集まる場所に出没しては殺しまくってて、犠牲者は三百人を超えてる。屑の中の屑ね。それでいて強いからたちが悪い」



 吐き捨てるような言い草だった。



「そ、そんな……………どうして、そんなこと?」



 風切りの行動は意味不明である。人を殺すことにどんな意味があるというのだろう。意味があったとしても理解したくもないが。



「さあね。風切りについてわかってることって少ないの。わかってるのは、たぶん肉体強化の『能力』かもしれないってことくらい? 一分間でちょうど六十人を斬り殺すのを繰り返してきた。一秒毎に一人殺すのにこだわりがあるのかもね」



 本当に意味がわからない。人の命をなんだと考えているのか。そんな常軌を逸したこだわりなどあってはならないはずなのに。



「風切りが出現したら六十人殺されるのが当たり前だった。でも一度だけ六十人殺さず撤退した。それを成し遂げたのがママだった。ママは研究員だったし、戦闘に向いてなかったから怖かったと思う。それでも、あたしを守って風切りを退けた。ママが風切りを止めることができたのは、ほぼ偶然だったんだけどね」


「…………ッ」


「でも、その時の映像が残ってて風切りの攻撃パターンに規則性があるってわかったの。それをもとに統局は風切り対策を考案できるようになった。ママが喰い止めた時から風切りは事件を起こしてないから有効かどうかはわかんないけどママのおかげで風切りの犠牲者は大幅に減った。風切り対策の件も被害が収まったことも統局にとっては画期的なことだった。それで、統局とうきょくの幹部連中でママの名前を知らない奴はいないんだって」



 月那が自慢げに笑う。その表情から母親への深い愛情が滲み出す。だからこその、疑問。ならば、なぜ統局に?



「あたしはママをとても誇りに思う。ママが助けてくれたんだから物騒な世界とは無縁な場所で幸せになろうとも思った。でも、あたしの場合はなにもできなかった自分への苛立ちのが強かったんだ。そんな自分が許せなかったし単純に風切りが憎かった。だから、差し違えてでも殺してやるって思った。幸いあたしは『能力』に目覚めたし素質もあった」


「それが理由ですか……?」


「統局に入ったきっかけはね」



 結樹菜は目を見開いた。



「まだ……理由があるんですか?」

「あとからママが妊娠してたってわかった。自分でも鈍かったって思うけど、ママのお腹はそんなに大きくなくて気づかなかった。ママはそのうち話すつもりだったのかも」

「……ッ!」



 月那がココアを飲もうとして、グラスがからっぽなことに気づいてテーブルに置く。

 


「お腹にいたのは妹だった。それを聞いてすごく戸惑った。ママが命懸けで守ってくれたことは嬉しかったけどママがあたしを見捨てればママと妹が助かった。そっちのが良かったかもって思ったこともある。でも、ママは逃げなかった。あたしだけ生き残ったけど、風切りっていう最強の糞野郎を相手にあたしだけでも守ってくれた。これって本当に凄いことなのよ」



 勿論である。娘を守るために圧倒的な強者に立ち向かったのだ。それを成し遂げられたのは愛の力だと思う。結樹菜は月那の母親に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。



「ママを誇りに思う気持ちは、それからも変わらなかった。でも、妹がいたって知ってから年齢が近い女の子を見ると、無性に助けてあげなきゃって思うようになった。もしも生きてたら今頃あなたくらい?」



 そう語る表情はどこか寂しげだった。



「どんな手段を使っても風切りを殺す。妹くらいの女の子を助ける。そんな気持ちで戦闘員を続けてたらいろんな屑を見つけた。子供を楽しそうに殴り殺す屑とか、笑いながら女の子を犯す屑とか、拉致った人間を痛ぶってから内蔵を売りさばく屑とかね。相馬もそんな屑の一人。そういう連中を見てたら風切りだけじゃなくて屑共は殺さなきゃ駄目なんだって思うようになった。屑は殺さなきゃ治らない。だったら、殺したほうがこの世のためだって」



 殺人は罪だ。紛れもない悪行だ。しかし、結樹菜は月那の主張を全否定できなかった。



「だけどね、拷問されたり酷い目に遭ったりしたのに前向きに生きようとする人たちとも関わるようになって、そういう人も助けなきゃ駄目だって思うようになった。それが当然なんだって。だって悪いことしてないのに傷つけられるなんておかしいでしょ?」


「はい……」


「だから、はじめは風切りを殺すことと妹くらいの女の子を助けるのが目的だったけど、そのうち屑を殺さなきゃ人を助けなきゃって思うようになった感じ? 風切りを相手にしたらあたしもただじゃ済まないだろうけど構わない。最悪、風切りさえ殺せれば死んだっていい。そんな気持ちで戦闘員をやってるね。そうならないように鍛えてはいるけど」


「…………ッ」



 結樹菜は言葉を見失った。これがただの昔話だと断言する月那の感覚はきっとおかしい。母親のかたきを殺すという気概きがいも命を投げ出しても構わないという人生観も共感はできない。生まれる前の妹を殺された痛みも理解できない。だが、月那が家族を愛していることだけは痛いほど伝わってきた。昨夜に恐ろしい形相で怒鳴ったのはそれも関係しているのだろう。



「あれ? 引いた?」



 月那がおどけた様子で肩をすくめた。

 


「い、いえ…………そうじゃ、なくて……ご、ごめんなさい」


「あなたが悪いの? 違うでしょ。あたしが自分の意思で話したんだから気にしないで。そんなの気にする暇があったら家族の無事を祈ってなさい」



 結樹菜は反応に困り、俯いた。



(家族が生きてるかもしれないのに迷った私を見て、本当に不愉快だったと思う。なのに、協力してくれるだけじゃなくて『家族の無事を祈ってなさい』って気遣ってくれるんだ)



 自分が逆の立場なら同じことを言えるだろうか。下を向いた結樹菜だったが額に鋭い衝撃を受けて、顔を上げる。



「痛っ……」

「そんな顔しないの。家族のことだけ考えな。またそんな顔してたらこれだからね」



 月那が悪戯っぽく笑いながらデコピンのモーションを繰り返した。



「は、はい……」



 額を両手で押さえつつ頷く。本気で額が割れたかと疑った。洒落で済まない威力のデコピンだった。しかし、不思議と文句は出てこない。



(今のも気遣ってくれた? たぶん、そうだ。だったら、月那さんてやっぱり優しい人だ)



 これまでの言動を振り返って、結樹菜はそう結論づけた。



「そういえば、これだけは信じてほしいかな」



 真剣な瞳が結樹菜に向けられた。



「理由はどうあれ、あたしはあなたの力になるって決めた。妹を重ねてるかもしれないけど代わりに助けようなんて思ってない。あなたを見捨てない。あたしはやるって決めたら絶対にやる。なにがなんでもやる。それにあなたみたいな素直でいい子は結構好きよ。必要ならこれからもあなたを守ってみせる」



 とても心強い言葉だった。家族に会えないのは寂しい。しかし、窮地を救ってもらっただけでなく月那のように頼りになる存在がいてくれることに心から感謝した。地下室に囚われたままだったらどうなっていたことか。自分は恵まれている。素直にそう思える。



「あたしはあたしのやるべきことをやる。あなたも自分のやるべきことだけ考えなさい」

「はいっ!」



 勢いよく頷いた。地下室に攫われた理由も相馬との因縁もわからず不安も多い。それでも力を貸してくれる人がいる。ならば、その気持ちに応じるためにも今の自分にできることに集中しよう。決意を改めた結樹菜は右手にアイスティーを掴むと一気に飲み干したのだった。




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